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魔王とこれから魔物食

「おかげで助かりました。これで資金に困らずに済みます。それだけじゃなく、資材までも分けてくれるなんて……至れり尽せりでどう感謝すればいいのか」


 家の裏に無造作に積み上げられた、どう加工しても食べられない部分を引き取って貰っただけなのですが、ネラさんにとっては嬉しいことこの上ないでしょう。

 なんせ、鱗や甲殻一つにしろ高値がつくのです。

 更には、死後魔物の体内で魔力が結晶化したもの、すなわち魔石となればその価値は破格しれません。

 希少な上、魔術を保存する機能があるとなれば重宝されますからね。

 一度だけとはいえ、魔力を消費せず魔術を発動出来ると考えれば充分過ぎる代物です。

 魔物の強さや魔石の質にもよりますが、国を作れる程の価値がつくものも過去にはあったそうです。

 ですがこれも今回だけです。

 あまり与え過ぎては、来る機会が減ってしまいますからね。

 博士のためにも、それだけは譲れません。

 資材についてはわたしの魔術で解決です。

 ここは未開拓の森ですから、資源はその辺に腐るほど落ちています。

 搬送する手間も転移で済ませました。

 ネラさんにとってはほぼ全てを賄ってもらったのと同義でしょう。

 これは、何を要求しても許されるのではないでしょうか?


「感謝されているのでしたら、わたしのお願いを聞いて貰っても構いませんよね?」


「は、はい。なんでも。あ、でもあんまり拘束されないものがいいんですけど……あ、いえ、すみません」


「いえ、わかっています。ネラさんの孤児に対する想いは理解しています。博士が目指すものも同じようなものですしね。さて、わたしからのお願いは一つです。ここに、魔王を名乗るあの子を連れて来てください」


「あ、あの子って……。で、でもどうして魔王を?」


「博士が待ち望んでいるからですよ。もうすでに、ネラさんと魔王はセットだと思っているようですしね」


「そんなめちゃくちゃな……ん?でも魔王と繋がりがあることなんて知らないんじゃ?」


「魔力が微量ながらついているそうですよ。残り香みたいに」


「あの人、魔力ないですよね?なのにそんなことまでわかるんですか?それはちょっと……怖いですね。いや、それはそうと魔王を連れてきたとして、どうするんですか?」


「魔物食を堪能して欲しいというのが一番でしょうけど、次の後継者を決めたいとも仰っていましたので、恐らくそれもあるのでしょうね」


「魔王を後継者って……まあ、わかりました。それぐらいならお易い御用です。少し、痛い目を見るかもしれませんが」


「それくらい我慢してください。それとも全部没収した方が」


「精一杯頑張らせていただきます!」


「ありがとうございます。では、転移で向こうまで送るので、くれぐれもよろしくお願いしますね?」


 少し威圧感を込めて言うと、ネラさんは酷く青い顔をして見せます。

 ですが、それは必ず成功させなければならないと思わせた証拠でもあります。

 これで一先ず大丈夫でしょう。

 後はゆっくり待つことにします。

 それから十分もしない内にドアがノックされます。

 軽く返事をして扉を開けると、そこには全身アザだらけのネラさんが。

 しかし、お願い事はきちんとこなしてくれたようです。


「はよ行かんかっ」


「ぐえっ」


 ミシッ、という嫌な音と共に背後より蹴り飛ばされるネラさん。

 流石にその勢いのまま壁にぶつかればただでは済まないので、魔術を行使し風のクッションを作り受け止めます。

 そのままゆっくりと床に下ろすと、慌てたように精霊が飛び出し治癒魔術を掛けていました。

 そしてその様子に興味あり気な眼差しを送る魔王に歩を進めます。

 いつまでも玄関口に立たせておくわけにはいきませんからね。


「長いこと立っていると疲れると思いますよ。ほら、こっちの席に座って下さい」


「………………ふん」


 魔王は指示されるのが気に入らなかったのか、それとも何を言われようとも言い返せないことが悔しいのか定かではありませんが、不機嫌そうに渋々と言った様子で引いた椅子に座りました。

 わたしはきちんと座ったのを確認すると、いつもの席に座ります。

 その時、魔王が徐に口を開きます。


「ここにはそこにおるボロ雑巾から最強がおると聞いた。貴様でない、というのが恐ろしいところじゃが、本当にそんな奴がおるのであれば無視などできん。いつか我の方から出向くつもりだったのじゃが、そのゴミに縋りつかれての。しつこいのでボコボコにしてしまったのじゃが、我は予定のない招待に応じてやったのじゃ。何の咎も問われる道理はないじゃろ?」


「ええ、全くその通りですね」


 そう言うとか細い声で、酷いです、と聞こえましたが今回ばかりは仕方ありません。

 これもわたしに恩を返すためと割り切って下さい。


「さて、いきなりではあるが我がここに呼ばれた理由を聞かせてもらってよいか?得意でもなんでもない転移魔術を使って疲れておるのじゃ。手短に話してもらってもよいか?」 


「では手短に。早速ですが、魔物食を堪能してもらいたいのです」


「ちょ、ちょっと待つのじゃ。確かに我は手短にとは言うたが、それだけではあれじゃ。その、意味がわからんというか何というか……」


 はい、可愛いです。

 威厳ある態度で堂々と言い切った手前、それを撤回するのが恥ずかしく必死に言い訳を探すその姿。

 まさしく癒やしですね。


「大丈夫ですよ。知らないのも無理はないと思いますから。これはわたしと博士の共同で研究しているテーマです。駆除した魔物を最大限利用できないかと思いたったのが始まりです。でも一番は、貧しい子供たちにも食が行き届くようにするためです。穀物や肉、魚などの主流の食材は度重なる戦により減少し、親のいない孤児などは満足な食事が得られず餓死する傾向が強くなっています。それを重く見た博士が、餓えに苦しむ子供たちの為にと思い始めたのですが、これが中々曲者なのですよ。万人に受け入れられるように、美味しい料理を模索中なのです。そして今回、特に美味しいと感じたものを食べてもらって評価して欲しいのですよ」


「それで、その魔物食とやらを新たに作る中立国で試したいと、そういうことじゃな?」


「話が早くて助かります……いえ、何か違いますね。やっぱり、偉いですね、が正解でしょうか」


「どう考えても不正解じゃろうがっ!!言い直す必要あったか!?さっきまでの真面目な空気はどこ行ったのじゃ!!これではふと感銘を受けてしまった我が馬鹿みたいではないか!!」


 ああ、これですよこれ。

 こうして見ると、やっぱり子供なのだと認識できます。

 正直に言うのは傷つくと思いますので内心に留めますが、偉そうに玉座にふんぞり返っている姿は可愛くありません。

 子供は子供らしく、元気にしていて欲しいのです。

 まあ、わたしはただ愛でたいだけですけどね。


「へいお待ちぃ!」


「何も頼んどらんわい!ってこれはなんじゃ!?」


 博士が騒ぐ魔王を差し置いて机の上に皿を置きました。

 その上には衣を纏った謎の物体がありました。

 全体的にぷっくりと膨らんでいる部分には、黄色と黒の段々模様が衣の隙間から見え、魔王の食欲を著しく下げます。

 更に衣でも覆い隠せていない羽は否応でも元の姿を想像させます。

 わたしはもうそれだけで駄目でしたが、今では慣れたものです。

 魔王もその正体を知っていたようですが、反応が違いました。

 猫が全身の毛を逆立てるように警戒心を剥き出しにしたのです。

 少なくともそれだけで、目の前のものを料理ではなく敵と認識したのでしょう。

 ですが、その認識もすぐに誤りであると思い知らされます。

 魔王の視線が向かったのは、ガラス玉のように光る何かでした。

 ただし、その光は生の輝きではなく日の光を反射しているだけに過ぎませんでした。

 それを理解したところで、魔王は魔物食という言葉を思い出しました。

 魔王は懇願するように言いました。


「…………これを、食べるのか?」


 その声はやめてくださいと言っているようにも聞こえました。

 正直、可愛いと思ってしまいました。

 上目遣いに僅かに潤んだ瞳。

 凍らせて永久保存したいくらいです。

 ですがここは心を鬼にします。

 見た目に抵抗があるのは最初だけだというのは実証済みなのですから。


「じゃあ、わたしが最初に頂きますね」


 そう言って真っ先に手を伸ばしたのは透き通った羽です。

 熱を通していることもあってか、簡単に毟り取れます。

 そしてそれを菓子感覚で口の中に放り込みます。

 パリパリという軽快な音と共に一気に独特な香りが広がります。

 薄い塩味の後に遅れて甘さがやってくるのですが、これが中々癖になるのですよ。

 あっさりとした味わいから僅かな甘さの余韻が面白く、ついつい食べ過ぎてしまいます。

 でもいくら食べたからと言っても過剰摂取にならないのも良いですね。

 というわけで早速、絶句している魔王にも食べてもらおうと小さく千切って差し出してみます。


「ち、近づけるでないわ!そんなもの、食べられるわけないじゃろうっ!!」


「大丈夫大丈夫。ほら、危なくないですよ〜」


「我を子供扱いするでないわ!」


「子供じゃないのか?」


「違うわ!っていきなりなんじゃ貴様!!」


「貴様?」


「あ、これ覚えてるのじゃ。この後我、頭をいだだだだだ割れる!!頭が割れるのじゃあああああっ!!」


「前にも行ったよなあ?年長者に貴様とはなんだと。そんなに時間が経っているわけじゃないと思うんだがなあ?んんっ?」


「我の方が年上……痛い!痛いのじゃあ!!ごめんなさい!!ごめんなさいなのじゃああああっ!!だから、だからあああああっ!!」


「博士」


「はあ、仕方ねえなあ」


 博士はまだ叱り足りないといった様子でしたが、あれ以上は流石に可哀想です。

 解放された魔王は、締め上げられた痛みを和らげようと頭を懸命にさすり、床を転げ回っていました。

 それだけで痛みの程は十分に理解できます。

 博士の握力の前では岩なんてただの紙同然ですから。

 そんな強力過ぎる握力に晒されて尚、痛みを覚える程度で済んでいるのは流石と言えばいいのでしょうか。


「博士、それでどうしたのですか?」


「ん?ああ、一通りいろいろ作り終えたからな。昼食もまだだったし、一緒に混じろうかと思ってな。魔物食の真髄を、その細胞一つ一つに教え込まねばならないしなっと」


 そう言って博士は転がる魔王の首根っこを掴み上げると、強制的に着席させます。

 ポカンと惚けた表情をしながらも頭をさすっていますが、それがなんとも子供らしく愛らしいです。

 しかし、魔王はすぐに状況を理解しました。

 このままでは、得体の知れないものを食べさせられることに。


「す、すまんのう。我、さっきのでちょっと目眩がするのじゃ。おお、なんかふらふらするのじゃ……。これは早急に帰って休養をとらねば」


「であれば魔物食だろ!」


「……こういうのは、横になってこそ休められるものなんじゃと思うのじゃが」


「いや、横になるぐらいだったら魔物食だろ!」


「薬を……」


「魔物食には栄養満タン!目眩なんてすぐに吹っ飛ぶさ!!」


「でも」


「魔物は美味いんだぜ!」


「我……」


「魔物食は最高だぜ!」


「しつこいわ!ええいっ、このままではらちがあかん!我はなんと言われようと食べんぞ!!」


 そう言って魔王は、魔王が魔王と呼ばれる最強の魔術を行使します。

 それは黒い炎。

 ありとあらゆるものを深淵へと飲み込む闇の炎。

 その魔術の前には抵抗することは許されない。

 この世に存在する守りを否定する絶対的魔術。

 そんなものは回避する以外選択肢はありません。

 ですが、それは博士に限り適応されませんでした。

 博士はあろうことか、迫り来るそれを手で握り潰したのです。

 最早握力がどうだという話ではありません。

 わたしも驚きましたが、当の魔王の驚き様はわたしの比ではありませんでした。

 簡潔に言うと、灰になりました。

 しかし博士はそんな魔王のことなどいざ知らず、腰に手を当て怒り心頭といった様子でした。


「こらっ!危ないだろうがっ!!家が燃えたらどうするんだ!」


 身の心配などしていないその態度に、魔王はすっかり意気消沈。

 自分の最強が届かなかった現実を前に、魔王は思い知らされました。

 この世での最強が魔王でも大賢者でもない。

 目の前の博士だということに。


「最強とは、なんなのじゃろうな……」


 それはわたしも聞きたいところです。

 ですが、それは鍛錬を積む以外にないのでしょう。

 誰もが簡単に強くなれるわけではないのですから。


「ふぅ、まあ結果燃えなかったからいいか。そんなことより、はい」


「そんなことで片付けられるのは心外じゃが、いくら我の前に出しても食べんからの。誰がそんなもの食べられると思うのじゃ」


「美味いから。食べれば世界が変わるから」


「と言ってものう……」


「食べろ」


「いや、だから」


「食べないと…………怒るよ?」


「…………………わかったのじゃ」


 博士の静かな怒気に当てられて、魔王は本能的に首を縦に振りました。

 今度はどんな痛い目に遭うかわからないのでしょうからね。

 博士も別に虐めたいとか、暴力が好きなわけではありません。

 ですが、魔王はその力故にこれまで意見されることはあれど、最終的には独裁とも言える行動を行なってきました。

 博士もそれを理解していて、敢えて力で抑えているのでしょう。

 間接的に、魔王の部下がどのような心境でいるのかを理解させるために。

 まあ、少なくとも博士は魔王を本当の魔王だとは思っていないようですが。

 ガキ大将のようなものだと認識していそうです。


「ううっ、やっぱり気持ち悪いのじゃ……」


 不快感を露わに、魔王は千切られた羽を手に取ります。

 そして一度ちらとわたしと博士を見ますが、わたしも博士も止めには入りません。

 むしろ早く食べてと催促するだけです。

 魔王は諦めのため息と共に、目を瞑り、意識を無に勢いよく口の中に放り込みました。

 魔王は実に嫌そうにその食感と味を吟味していましたが、ごくりという飲み込む音が聞こえると、魔王はゆっくり目を開きぽつりと呟きます。


「お、美味しい……」


 その言葉を聞き、わたしと博士は嬉しさのあまり破顔しました。

 その様に魔王は顔を真っ赤にさせますが、それでも魔物食が美味しいということを理解してくれました。

 博士は次々と料理を運んできます。

 それを魔王は少しの抵抗はあれど口にと運びます。

 やがて一通り魔物食を堪能した頃には、魔王は程度の差はあれど美味しそうに食べるようになりました。

 実用化に向けて一歩進んだと、そう思えた時間でした。


「我は魔物食を支持する。見た目は兎も角、この味ならば受け入れられよう。じゃが、誰も殺した魔物を食べようだなどとは思ったこともないからのう。浸透するまではかなりの時間と手間を労するじゃろうが……」


「それはわたしたちも理解していますよ。でも他でもない、魔王が食べたということが大事なのです。わたしたちも魔物食を広げると共に、研究をもっと進めたいと思っています。だから、魔王ちゃんも頑張ってくださいね」


「魔王ちゃん!?ちゃん、ちゃんじゃと!?」


「ザインちゃん?う〜ん、なんか響きが可愛くないですね」


「ヘルンでいいんじゃないか?ヘルンちゃん。ほら」


「何がほらじゃ!!」


「ヘルンちゃん、いいですね」


「よくないわっ!!」


 こうして騒がしくはあれど、魔王改めヘルンちゃんは魔物食を楽しんでくれました。

 また少し、目標に近づいた良い日になりました。

 わたしも、今後の研究にもっと精を出さないといけませんね。



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