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大鎌切

「博士、それは何を食べているのですか?」


「ん?ああ、これ大鎌切」


 パリパリという音を立てながら咀嚼する様子に、助手であるルールーことわたしは、気になって問いかけたものの、返答が返答なだけに固まってしまいます。


「いやあ、でもこれ結構美味しいわ。身は引き締まっていて噛みごたえもあるし、味もかなり濃厚。肉食うぐらいだったらこっちでいいんじゃね?って思うくらい。腹の部分は柔らかくて食感虫してるけど一番美味しい。なんか甘いんだよな。デザートに持ってこいって感じ。鎌はちょっとなあ、食うには食えるけど味ないし硬い。まあ、総合的に見れば食材としては合格だな」


 いつもより幾分か饒舌なその様子から、嘘偽りなくそれが美味しいものであるというのは理解しました。

 しかし、あの恐ろしい大鎌切が人の手によって仕留められたのに加え、それを食する人間がいるということに恐怖を覚えます。

 ですが、博士という人はそういう人ですよね。


「ルールーも食うか?」


「え?」


「なんか物欲しそうな顔をしていたから」


 してません!とは強く言えませんね。

 恐らく、これも実験の一環でしょう。

 一人だけの味覚に頼っては偏ったものになる、そういうことでしょうか。

 万人に受け入れられるためには多くの意見が必要になるものです。

 良いところは取り入れ、悪いところは改良し、そうしてより良いものを作るのです。

 そのためにもまず、手始めにわたしに味の感想を求めたのでしょうね。

 心なしか、気持ちを共有したいがための勧めのように聞こえましたが、ただの気のせいだと思いたいですね。


「えっと、ちなみに今はどの辺を食べてますか?」


「ん?ああ、これは羽だな」


 わたしは羽、と聞いてすぐに元の姿を思い出す。

 威嚇するために、そして空を滑空するための羽。

 しかしそれは遠目からでもわかるほどに透き通っていた。

 つまるところ、薄い。

 最早そこには旨味などはなく、ただ食感があるだけなのではと思ってしまった。

 実に美味しそうに食べていますが、実際のところ魔物しか食べない偏食家である博士。

 そんな博士に、美味しいの基準を理解できているとは考えにくいところ。

 だからこそ怖い。

 果たしてそれは美味しいのか、食べても大丈夫なのかと。


「どうした?」


「あ、いえ。体調は大丈夫ですか?」


「体調?まあ、大丈夫かな。ていうか、別に毒ってわけじゃないんだし、そこまで気にする必要ないぞ」


 それがあるのですよ、わたしの為に。

 博士の胃袋は鍛えに鍛えられているために何を食べても平気。

 それこそ、多少の毒なら問題ない。

 本人も全く気づいていないのでしょうが、消化機能に関してはすでに人間を辞めています。

 というか、全てにおいて人外です。


「まあまあ、とりあえず一つどうよ。抵抗感あるのも最初だけだって」


 そう言って博士はパリパリと手で羽をちぎっては差し出してくる。

 違います、そうじゃありません。

 抵抗感がどうとかそう言う話じゃなくて、こっちは生死に関わってくるのです。

 しかし腐ってもわたしは博士の助手。

 解毒魔法なら手慣れたものです。

 毒に耐性があるかと言われればないので、即効性の毒でないことを祈るしかありませんが。


「……はい。じゃあ、いただきます」


 恐る恐る危険物を触るように摘み上げると、ゆっくりと自分の口元へと近づける。

 博士が今か今かとわくわくした様子でわたしを凝視してきますが、それが返って食べ辛い状況を生み出していることに博士は気づいていないご様子。

 普通に恥ずかしいというのもありますが、嫌な顔をしたら心に傷を負わせてしまうのではないかと不安です。

 でも食べないと、博士の研究の為にも。

 そう自分に言い聞かせながら一思いにパリッと齧り付く。

 前の姿を想像しないように、無を意識しながら咀嚼する。

 そして気づいた。


「あれ、美味しいです」


「だろ!?」


 博士が身を乗り出して迫る。

 嬉しいというのはわかりますが、それでも急に近づいて来られるというのは心臓に悪いです。

 ただでさえ博士は一挙一動が読めないのですから、もう少し落ち着いて欲しいものですね。

 とは言え、博士の心情もわからないわけではありません。

 自分だけでなく、わたしという他人に認めて貰えた。

 研究がまた一歩進んだのです。

 魔物という人間と魔人共通の敵を、ただ殺すだけでなく次に繋げるこの試み。

 飢え無き未来を作る、博士が目指す最終目標のために。


「いやあ〜、これは実用化できそうだな。そうと決まれば次は調理法の確立だ!素材の味は申し分ない。ならば次はもっと美味しく食べられる方法を探すのだ!」


「はい。あ、でも博士」


「ん?どうした?パリパリパリ」


「その、ちょっと言いにくいのですが」


「なんだ?遠慮せずどんとこい!」


「さっき食べられたので全部です」


「え……」


 食べてしまったものは元には戻らない。

 美味しさのあまりつい食べ過ぎてしまった博士然り、自分のことで一杯一杯だったわたし然り。

 大鎌切は滅多に遭遇できない高位の魔物。

 次に出会えるのはいつになるのだろうかと肩を落としたのだった。



大鎌切:身長の倍近くある鎌状の腕が特徴的な魔物。

全体的に細く長い体に、長時間食事を摂らなくても活動できるよう発達したお腹。

限りなく透明で体にピッタリと密着する羽。

姿だけでなく音や気配、影まで消す特殊な黒い煙を発する。

気づく間もなく命を刈り取る様から死神の異名を持つ。

黒い霧が現れ始めたら逃げることを余儀なくされる天災級の魔物。

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