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02号室 適応の賢者


「参った、いやはや参った」


 異世界からの転移者、賢者パラケルススとの遭遇からはや5日が経過した。


「はぁ、さぁて参った。どうしたもんか」


「何が参ったんだい?」


「うおぉお!?」


 不意に後ろからかけられた声に思わず突飛な声が出てしまった。

 振り向くと、悩みの張本人たるヴァン・ホーエンハイム・パラケルススその人が覗き込んでいた。服装は出会った時のだぼだぼのローブ姿から、俺がユニ〇ロで買ってきたシャツにパーカーという現代的かつラフな服装に代わっている。


「……キョージュ、突然後ろから話しかけないでくださいよ」


 因みに、俺はあれから親しみを込めてキョージュと呼ばせてもらっている。実名もペンネームも長いんだもの。


「いやいや、僕ぁちゃんと声掛けして部屋に入ったよ?集中すると周りが見えなくなるの、改善した方がいいよぉ?」


「はいさーせん」


 流石は賢者と言うべきか、キョージュは俺が渡した和訳辞典と国語辞書をさらっと流し読みして、僅か一日足らずで日本語をマスターしてしまった。今ではアゾット剣の翻訳機能をオフにしてかなりネイティブに会話ができている。


「で?何をそんなに参っているんだい?」


「ああ、金だよカネカネ。野郎二人で同居となると、俺の貯金だけじゃどうにもね」


もともと俺だけの時点で貯金が心もとなくなってたところだったのだ。おまけにこの賢者、細身のくせにまあよく食うこと食うこと。


「ああ、成程。日がな一日漫画に噛り付いている所得の欠片もない無職の貯蓄では5日が限界か」


「その無職に養われている身のオノレが言えた口か?なあ?」


ほんっと一々一言余計なんだよこの人はっっ!!


「まあまあまあ、ごめんごめんて。んじゃ、取り敢えず十分ほど待っていたまえ」


「はい?」


 そう言ってキョージュは管理人室を後にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「お待たせ~。とりあえず、こんなものでいいかな」


 そう言い、キョージュはちゃぶ台に金色の棒状のブツを三本並べた。


「………、これは?」


「ん?見ての通り、延べ棒(インゴット)だよ。とりあえず一本一キロもあればいいかな」


 キョトンと何でもないように言い放つキョージュ。……ていうか、


「……金の錬成って違法なんじゃないの?」


「ありゃ?なんだ知ってたの」


「なんだじゃねーっよ!!やっぱりかよ!!?」


 某漫画でも言ってたからね!普通に貨幣価値が混乱するし。


「大丈夫大丈夫、社会科の教科書を拝見したけど、“金を錬成してはいけない”なんて日本の法律にはなかったからね。これくらいなら大丈夫だろ」


「おい賢者」


 この人、先の辞書はじめ俺が資料に置いている本を勝手に漁って、あっという間に読みつくしてしまったのだ。昨日なんかどっから引きずり出したか、PCの説明書勝手に読んでたし……留まることを知らない賢者の探求心に恐怖すら覚える。


「はぁ、しゃーない。背に腹は代えられん」


 俺はそこそこに重みのある延べ棒を持ち上げ、ふと思い留まりまたちゃぶ台に置く。


「なあ、これもちっと細かくできないの?」


「ん?出来るといえば出来るけど……何故に?」


「細かく分けて複数個所で換金するんだよ。何の変哲もない()()()()()が、んな延べ棒をポーンと持ち歩いてたら不自然以外の何ものでもないでしょ」


「あ、成程了解。んじゃま」


 キョージュはアゾット剣を取り出すと、延べ棒をサクサクと薄切りにしていく。


「パウンドケーキかっっ!!!!」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



sideパラケルスス


「それじゃ換金してくるから、部屋で大人しく待っててくださいよ?

お昼は冷蔵庫に入れてるので、手頃な時間に食べといてね。

部屋の漫画なら好きなだけ読んでいいですから。ただし、ちゃんと元の位置に戻すこと。

それから、間違っても電子機器を解体しようとしないこと。一昨日の電子レンジはともかく、パソコンと冷蔵庫だけは何があろうと絶対に」

「わかったわかったから。お母さんかね君は僕の」


「頼みますよホントに」 そう言って僕の錬成したインゴットの入ったカバンを抱え、彼は部屋を後にしていった。


「……さて、と」


 僕は伸びをして、彼の居なくなった部屋を一人見回す。部屋の片面を追おう本棚に隙間なく敷き詰められた本本本、そのほとんどが漫画(コミック)と呼ぶらしい区切られた絵で構成された蔵書だ。先日ちらりと見た内容は低俗な以下にも民衆受けしそうな英雄詩であったが、驚くべきはその印刷技術。本をこれだけコンパクトかつ安価に一般へ行き渡らせる技術は驚くべきものだ。

 そして、けれのデスクに備え付けられた、パソコンというらしい黒曜色の板、あの中には本数億冊にも勝る膨大な情報が引き出せるのだという。それを聞いたときは我ながら開いた口がふさがらなかった。


「……異世界。そう、ここはまさに異世界だ」


 化学文明、彼はそう言っていたな。

 錬金術式学が存在せず、化学技術のみが推進した、情報の溢れかえった世界。

 その中で、(錬金術師)という存在はあまりにも異質。あまりにも理から外れた、存在しえない異物。


「そして、そんな得体の知れない僕をアッサリ受け入れてしまった彼は、相当な奇人なんだろうね」


 家永真人、この集合簡易住宅(アパート)のオーナーにして、僕の命の恩人。

 そして、僕の目から見ても優れた観察力と度の過ぎた柔軟性を持ちながら、この漫画などという雑書に情熱を注ぐ相当な変人。


 そして何より、賢者の石の誘惑をアッサリ跳ね退けた………

いや、まるで興味の欠片も起こさなかった、相当の変人だ。


『いらねよそんなもん。古今東西の物語、不老不死を追い求めるやつも至ったやつも碌なもんじゃない』


 そう、古今東西、人間は追い求め至ろうとしてきた。

 大学の連中もそう。僕を校舎に縛り付け、賢者の石の在処と製法を聞き出そうとシャカリキになっていた。

ま、こうして逃げ出してやっている訳なんだが。


『人間は分相応にしか生きられねえよ。少なくとも永遠の命なんざ俺には不相応だ。間違いなく心が腐っちまう。だからイラネ』


 まるで老人のような達観した物言いを思い出して笑みがこぼれる。

 思考と経験が釣り合わない、あまりにも素っ頓狂な思考回路。

 いや、そのような思想に彼のような若造が至るほどに、この世界は情報が溢れているということか。


「いやはや、じつにもってこの世界は興味深い」


 そういえば、部屋の漫画は好きに呼んでもいいとのことだったな。前読んだものは低俗なものであったが、なにかしら興味の魅かれるものがあるかもしれない。それに、彼の思考回路の一端が紐解けるかもしれないしね。


 そう思い、本棚に並ぶ本の仲から、適当なシリーズを引き出す。


「ほう、錬金術師が題材なのか。どれ、タイトルが………」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




side真人


「は、はは……やべえ、やべえよ……」


 声帯が緊張で震える。何なら全身震えている。動悸が物凄い。

 両手に抱え込んだカバンの、行き以上の重みを感じる中身に震えが止まらない。


「一本分の合計が600飛んで12万……は、はは。やべえ、やべえよ。あいつなんちゅうもん渡しとんのじゃ」


 正直、一本分だけで思い留まったのは我ながらファインプレーだと思います。

 恐らく普通に生きててまず触らない金額の精神的重みに冷や汗が物凄い。


「い、胃が、胃がキリキリする。はやくウチに帰らないと……!」


 某ヒャッハー蔓延る世紀末漫画の水を運ぶ難民は、まさしくこんな気分だったのじゃなかろうか。

 そんなことを考えながら、俺は無我夢中でイエナガ莊へと急ぎ、やっとの思いでたどり着いた。


 「ぜえ、ぜえ……はぁ~~~~~~っっっ。生きた心地がしねえよマヂで………てか、キョージュはちゃんと大人しくしてるのだろうか。それもそれでものすごく心配……」


 そうして、俺はやっとの思いで管理人室のドアノブに手を掛けた。


「ただいま~~。キョージュ、あんた渡すにしたって限度ってもんがうおお!!?」


「ふぐっ……ぐすっ……!」


 家に帰ったらキョージュが漫画開いて号泣していた。

 え、なにこれ?どういう状況?

 つか、一体何読んで…………あ


「ふぐぅ!!………荒川 弘すげぇ……っっ!!」


「……読んだか、ハガレン」



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