6・ところで、こんろぶすの卵っておいしいの?
結局その日は蟲の探索と卵の焼却で日が暮れてしまい、村や組の皆の弔いをやったのは翌日の事だった。
そう言えば、気が付いたら鉄牛の騒音も気にならなくなったが、それそのものに疑問が無いわけではない。
法度のためにゴマではなく脚で動くカラクリを作ったというが、そんな奇天烈な事が簡単にできるのかは謎だった。
だが、そこを疑問に思う俺と違い、遼は楽天的にカラクリに興味を持ったらしい。
「姐さん、これ、どうやって動いてんの?」
さすがだ、オッサンと言わない配慮をしている。
「あらあら、これはねぇ、酒で動いてんのよ」
おい、さすがにそりゃあアンタじゃねぇのか?カラクリだろうが牛や馬だろうが、酒で動くとか冗談も大概だ。酒で動くのはごく一部の酒飲みだけだろう。
「うわ、何だこれ」
鉄牛の腹にある樽の蓋を開けて匂いを嗅がせる妙齢なアレ。それを嗅いで飛び退く遼。いや、見ようによっちゃあ違うもんを想像しちまう光景だぞ。
「これはねぇ、そのまま呑むにはキツイ酒なのよ。何年か寝かせて、水で割ったり、他の酒に混ぜるのが正しい飲み方・・・・・・って、そうじゃなくて、これをアッチの『主機』で燃やして動かすのよ」
「酒器?酒でカラクリが動くって、考え付きもしねぇな、普通は」
俺もそう思う。そもそも、カラクリって何で動かすんだろうな。後ろでひもを引っ張る人がいる人形なら知ってるが、勝手に動くカラクリなんて話で聞いた事しかない。
「そりゃあね。これを考えたのは元能さまと栄左衛門さまだからね」
その名を聞いて納得した。稀代の奇天烈といわれる白石元能さまと天才と誉れ高い久米栄左衛門さまと言えば、白石衆のお頭さまだ。二人が蟲筒を創り出して、いまの様な蟲狩りが生業となったのだから。それまではアオムシと言えば妖怪怪物祟りの類でしかなかった。狩った張ったなんてできるもんじゃない。それこそ千の足軽集めてなぎ倒されて食い散らかされるのが常だったと聞いている。
「蟲筒が全国に広まったからね。特に蟲害の多い名東道でアオムシ狩るために造られたのよ、コレが」
妙齢なアレが誇らしげに解説してくれた。
「因みに、あの筒は?」
という慶の質問にも快く応じてくれている。
「ああ、これね。ガトリングと言うらしいわ」
「がとりんぐ?」
俺たちは聞き慣れない奇天烈な名前に首を傾げた。
「そうよねぇ。私も良く分からないの。なんでもコレを考えた南蛮人の名前らしいんだけど」
まさか、コレが舶来品とは思わなかったよ。
「でも、未だ南蛮にはないらしいのよ。意味が分からないけどね」
考えた南蛮人のがとりんぐ氏、しかし、彼が考えたはずの武器は未だ南蛮には存在しない。何を言ってるのかさっぱりわかりゃしねぇ。
「分かっているのは、あの二人の会話は言葉としてさっぱり意味をなさない事ね。疑問に思ったら聞いてみなさいな、ちゃんと答えてくれるけど、サムライや坊主の話以上に要領を得ないから」
どうやら説明自体は諦めたらしい。
そのがとりんぐとやらは胴の横に付いている手回しを回すことで束にした筒が回転し、箱に詰めた弾が一発づつ筒元に落ちていくことで連発が可能になるんだそうだ。カラクリ自体は何という事はない、言われてみれば簡単だが、作れと言われて作れるかと言うと、それは別の話だろう。
「こういうのをね、コンロブスの卵って言うらしいのよ」
こんろぶすって鳥はすげぇ卵を産むんだな。勉強になった。
更に、もう一頭に積まれた寸筒の説明もしてもらったが、理解の範疇外だったのでどうにもならん。バネがどうした栓が何だと意味が分からないが、勝手に栓が開いて殻を吐き出して、弾を突っ込めば勝手に栓が出来るってぇのは便利だと思った。重さが三貫もあるんじゃあ、担ぎ手二人じゃ足りないし、弾だって一発二百五十匁もあるってんだから、弾を射手に背負わせるってのも楽じゃない。白石衆では五人で一組になってるらしい。五分筒の俺らとはエライ違いだよ。
威力も格段に違って、その気になれば五町先からアオムシの頸を正確に刎ねるってんだから、比較する方がどうかしてるのかもしれん。
「それで、どうすんの?もう、組は無いんだし、あなた達だけで新たに蟲狩り始める気?」
最後に核心的な事を聞かれてしまった。確かにどうしたもんかとは思ってる。村が壊滅して、源吉さんに拾ってもらってここまでやってきたが、独り立ちできるのかと言うと、それもどうかと思う。
蟲狩りは筒や弾の費用に多くの金子を使うし、物見役を雇う必要もある。番所に名前だけ届け出て呼ばれるのを待ってたって仕事は来ない。それに、人手が居なけりゃ、蟲を狩るのも容易じゃない。かといって、身寄りなのない俺たちが蟲狩りを辞めたからって手に技も無いんじゃあ、やっていける仕事もない。
ニヤニヤしている妙齢なアレの目が怖い。
「取って食やしないよ。慶ちゃんの腕なら私みたいに鉄牛の筒を任されてもおかしくない。辰ちゃんの目なら、組の頭にだってなれるだろうね。遼ちゃんは・・・・・・、そうね、私に食べられちゃう?」
それを聞いた遼は血の気が引いていた。