5・オネエの方が蟲より怖い
慶の言葉を聞いた馬上の人物は頷いた。ついて来いという事なんだろう。
「その鉄牛の腹に筒を掛けると良い」
そう言うと馬を前へと進ませていく。
俺たちもそれに従って筒を言われた鉄牛の腹に掛け、仲間の亡骸から弾を拝借していく。弔いは全てが終ってからになるだろう。もう、誰が誰の亡骸かなんてわかりはしないが。
俺たちが鉄牛に付き従って進んでいくと、すでに前方では戦いが始まっているらしかった。
鉄牛には俺らの筒以外にも三つ、筒が掛けられており、周りにはその使い手だろう人たちが囲んでいる。背に載せているのは先ほどの筒を四つ束ねた化け物だ。
「あらぁ~、源吉組にも綺麗な娘が居たのねぇって、男の娘?」
一目で正体を見破り、いきなり声がドスの利いた野太いものになったコイツはなんだ?コレが化け物の射手とか大丈夫なのかよと思いはしたが、声には出さないでおいた。慶も会釈するに止めた。的確な判断だと思う。
そんな一幕はあったが、俺たちは村へと歩を進める。あたりの警戒も怠っていないのは、さすが白石衆だ。
「林ん中に一匹居るね」
頭上からドスの効いた声が聞こえて周りも筒をもって散開していく。俺たちもそれに付き従った。
「いい動きだね。好きだよ、素直な子は」
すこしオゾマしい誉め言葉を受けながら配置についた。
まず撃ち出したのは散開した筒だった。鉄牛の筒はまだ発砲しない。
「慶、アレだ、見えるな?」
俺が指した方を見て慶が頷いた。
二丁ほど発砲したところでアオムシに動きがあり、そこを逃すことなく慶が引き金を引く。
「やるじゃなぁ~い」
裏声が鉄牛上から響いてあおからアオムシの姿が浮き上がった。
ドドドン
頭上から音が響くとアオムシの四肢がちぎれ飛んだ。
「一丁上がりね」
見た目は妙齢なアレが鉄牛からそう声をあげた。俺と遼は目で「アレより慶だな」と二人で納得したのは仕方がないと思う。
そこからまた警戒しながら村へと進むが、倒れたアオムシや食いちぎられた牛、人の亡骸が散乱する異常な光景が広がりだした。アオムシすら食いちぎられた跡がある亡骸もあることを見れば、その凶暴性は言うまでもないだろう。
「これは卵がありそうね。必要なくなったオスを食い荒らして追い散らして、自分達も新たな産卵場所を目指して散ろうとしてたんでしょう。まるで私みたい」
こっち見て言うな。どうやら、周りは既に慣れているらしい。冗談を飛ばしながらもその目は真剣に辺りを警戒している。呆気にとられた俺たちは気を緩めてしまっていたが。
「源吉組!」
そう言われてハッとあたりを見ると、幼子の背丈ほどのアオムシがとびかかってくるところだった。
俺はそれを手にした担ぎ棒で叩いた。
「チッ、卵どころか孵化してやがるだと?話が違うじゃねぇか」
鉄牛上の妙齢なアレがドスの効いた声でそう吐き捨てた。
「お前らもそこの獲物を持ちな、そうだ、小さいだけで扱いは蟲筒と一緒だ」
そう言って火縄銃にしては火縄が無く、蟲筒と同じ取っ手を回す構造の筒を鉄牛の腹から持ち出す。使い方は分からなくはない。
「で、弾は?」
「ああ?十発はその中だ。予備は腹の箱ン中だ」
そう、ドスの効いた声で指示が飛んだ。
タンタンタン
言い終わるが早いか、茂みに向かっていきなり撃ち出すアレ。俺も目を凝らして小さなアオムシを探す。
居た。
取っ手を回して多分これで良いはず。狙いを定めて引き金を引いた。タン。あまり反動もなく扱いやすい。
「やるじゃな~い」
目はあたりを警戒しながら、声だけは機嫌良さそうに掛けてくる。どうやら、辺りの白石衆も火縄なし銃を持って居る者が多いらしく、軽い音があちこちで響いてくる。中には槍を振り回す者もいる様だ。
その後も小物をいくつか仕留めながら前進すると、村跡と言える瓦礫の中にデッカイ帆か何かが見えてきた。
馬に乗る先ほどの人物が声を張り上げて何か叫んでいた。
「火を射かけろ、コイツを燃やすんだ!」
先へ進んでいた鉄牛の腹から桶の様なものを取り出し、なぜか伸びた紐の先から火が帆へと伸びる。何じゃあれは。
それを唖然と見ている間にも周りに残った小物が居ないかを捜索している。
どうやら、アレがアオムシの卵らしい。
その後も山にも分け入って探索を行い、新たに卵をひとつ見つけて焼却した。
アオムシに限らずクロムシやキイムシも同じように卵を産むそうだが、必ず産んだ卵がすべて巨大な蟲になる訳ではないという。幼子程度の小物に留まる場合も多く、そうした小物ならば、アオムシ以外は全く恐れなくても良い。作物を食い荒らす場合も、普通に棒や弓で追い立てれば済む程度なんだそうだ。
「アオムシ以外で里まで下りてくる蟲ってのは、群を抜け出したはみ出し者かよほど食い物が無い場合だけね。アオムシの場合は、おいしい獲物を求めてなんだけど」
どこ見てんだ、怖いよ。俺、そんな気無いからな?あ、さっきのはノリだから。