4・危機に現れたのは頸ナシ
見えてしまった。蠢く影が。クロムシやキイムシではありえないソレ。
「どうするよ。もうアレ、無いんだろ?」
「そもそも、鏃があっても無理だよ。一匹殺るにも時間が足りないのに」
遼と慶が悲壮感をもってそんな事を言う。
俺だって何にも思い浮かびはしない。さっきの惨劇が俺たちにも降りかかる事しかわかりゃしない。
そんな時だった。
後方、来た方角から騒がしくポンポンとかドンドンとか、そんな感じの音が聞こえてきた。まるで聞いたことが無い音だ。太鼓や囃子って感じじゃない音だ。
「おい、後ろからもなんか来やがったぞ。新手の蟲じゃないだろうな」
遼が怯えたようにそう言った。
俺にも慶にも分からない。一体後方から何が来てんだ?
目の前の蟲共は未だ五町は離れてる。で、後ろも見えないところを見ると山の陰、四町はあるだろう。それなのに騒がしいって、何が来てんだ?甲冑って訳でもないだろうに。
蟲共が跳んだのが分かった。空色には溶け込めない巨体がヒイフウミイ・・・・・・
「さすがに五匹はねぇだろ。こちらが皆生きてても無理だって、これ」
遼が肩を落とす。
「なあ、俺さ、男でも良い気がするんだ」
遼がそう言いだしたから、俺もそれに付きあった。
「俺も、慶ならアリだな」
「待って、二人とも。ねえ、待って」
慶が後ずさるのが分かった。俺は遼の言葉に付き合ってはいるが、目は蟲から離してはいない。一跳ねで二町は詰めてきやがった。また跳ぶようだ。
跳び上がったアオムシのうち二匹が体を分離しながら墜ちた。一匹も着地したがあおに溶け込めていない。
パパパパーン
そう思っていると後方から音が響いて来た。それに驚いて振り向いたところにはおかしな馬が居る。
「何、アレ」
遼に迫られていた慶がそれを見てそう零した。俺だってそう思う。甲冑みたいなものをぶら下げた馬に人がまたがり、その背には筒が据えられているのが見えた。
「おい、頸がねぇぞあの馬。俺たちもう薙ぎ払われて黄泉にでも居るのか?」
慶に迫っていた遼も現実から乖離したその光景にあ然としている。馬は今もポンポンだかドンドンだか鳴いている?一時的に弱まったその鳴き声が高まったかと思うと動き出した。
パパパパパパパパン
馬は二頭しか居ない。背で撃たれた筒は一丁のハズ。何だあれ?もう、アオムシどころじゃない。唖然とその頸ナシに見入ってしまう。
そして、動きを止めていたもう一頭の背からも発砲があったが、こちらは普通に一発だった。
何かが真後ろで跳ね飛んだ気がして振り向いてみると、頸のないアオムシの胴がそこに転がっていた。
それを見て思考停止しているとどうやら馬が近付いてきたようだ。が、ポンポンだかドンドンではなく、普通に蹄の音らしかった。
「お前ら、源吉組の者か」
振り向けば馬に跨った人が見えた。その後ろにはやはり頸ナシが二頭居る。
「そうだが・・・・・・」
そう答えたのは遼だった。
「間に合わなかったんだな」
その人物はあたりの惨状を見てそう言っている。確かにそうだろう。頸や胴が転がり、筒も打ち捨てられているんだ。これを見て間に合ったとは言わないよな。
「我らの物見も帰ってきていない。どうやら村はアオムシの巣にでもされたんだろう」
馬に跨った人物がそう付け加えてきた。
そうする間にも騒音は近付き、馬の後ろに頸ナシが二頭並んだ。
俺たちがソレを唖然と見ている事に気が付いた人物が説明をしてくれた。
「そうだった。これは白石衆の荷駄だ」
普通、駄馬や牛を使うモンだが、これは一体?と思っているとトンデモな説明を受けることになった。
「ハットに触れない荷車?」
ハットってのがまず俺と遼には分かっていなかったが、慶は何か納得している。
「御公儀の法度でしょ。法被の仲間じゃないからね」
何だ違うのかと遼と笑いあったが、まあ、それはどうでも良い。公儀の御法では、江戸や難波などの狭い範囲を除いてゴマを持つ物を使ってはならないことになっている。
「白石衆ってのは奇天烈だな。ゴマがゴハットだからって、鉄の牛を作るって普通は考えねぇよ」
そう言うと、馬に乗る人物も笑っている。
「確かにな。ワシも初めて見た時は驚いたもんさ」
そう言ってる間にも新たな鉄の牛が現れた。一体何頭いるんだ?
「さて、組がこの状態だ、お前らはどうする?」
どうやらこれが噂の白石衆らしい。持ってるもんがまるで違う。確かにいつもアオムシを相手取ってる連中だけの事はある。
鉄牛の背にある筒を四つ束ねたアレがさっき連発してた奴だろうか。五貫くらいあるんじゃないか?もう片方も俺たちが使ってる五分筒じゃないな、一寸くらいあるんじゃないのか?アレだって三貫はあるだろう。担いで走り回れるもんじゃない。
と思っていたが、後続の連中が一寸ありそうな大筒を神輿みたいな通し棒で担いで走っていきやがった。連中、只者じゃねぇ。
「付いていきます!」
慶が声を張り上げてそう言う。俺たちも同意見だった。