3・そんな事になるんならと言っても、終ったよ・・・
宿場を出て二日ほど行った先の山間、そこに件の村はあるという。
俺たちはそこを目指して進むが、二日目になると路に人は疎らだ。これが普段の事なのか、蟲が出たからかは分からない。
「なんかおかしい」
遼が先ほどからそう言いだした。何がおかしいのかよく分からん。周囲にもこれと言って怪しいものはなく、蟲の気配もない。
遼が次第に周辺をキョロキョロし出すが、いたって平穏で特に何もないことに変わりはない。他の誰も何の気配も感じている様子はなかった。
「相手がアオムシだからってビビってんのか?」
仲間からそんなカラカイの声も上がるが、それは遼に限った話ではなく、全員ではないだろうか。いつも豪快な頭さえ、口数が少ない。
俺がその異変に気が付いたのは、遼がキョロキョロし出してずいぶん経ってからだった。
「確かにおかしい」
俺が止まって辺りを見回す。
それはただ何となく、遼や慶から苦情が出るのすら聞き流しながら辺りを見回したときの事だった。
一見、まるで何の変哲も無い山間の風景だった。川が流れ、それによって形作られたのであろうなだらかな地形。
人が入り込んで薪を拾い、炭を焼くことで疎らとなり、深い森であったかもしれない山肌は疎らな木々を残してその地面には笹や草が生い茂る状態に変わっている。それすらも刈り払われた川岸には田んぼが広がっている。
そんな、何の変哲もない景色なのだが、そよそよと吹いた風にたなびく笹や草。にもかかわらず、なぜか動かない風景がそこに見えた気がした。
そしてもう一度、よく見ようとした。
「辰、皆から遅れてる」
慶の言葉に促されて歩み出しながら違和感をもう一度探す。
それは自然に、そして、そうある物だと言わんばかりにそこにあり、そして、まるで輪郭がハッキリとはしない。いや、その様に見えているだけで、本当はハッキリと姿かたちがあるのだろう。そうでなければオカシイ。
ゆっくり歩きだしながら、違和感を観察してみる。一歩、いや、二歩。動きはしなかったか?
一歩とか二歩という表現が正しいのかは分からない。ただ、ソレが動いたのは間違いなかった。
また風が吹いた。
「アオムシだ!!」
ハッキリと輪郭が見えた。間違いなくアオムシだった。疎らな林に生える木々と草。そうとしか見えはしないが、間違いはない。
皆が俺を見、そして指さす方を見た。
「おいおい、冗談はよせよ」
一番近くに居た仲間がそう冗談を飛ばす。他の皆も相手にしていない。
しかし、遼はそれを信じたらしい。筒を降ろす体制を作る。そして、俺に従ってその筒先の向きを促してきた。
俺はそれを見てどう降ろすか合図を送り、蟲筒を降ろした。
「まずは普通の弾で良いよね?」
慶もそれに従って筒に弾を込める。
「アレだ、風が吹けばわかるからしっかり見てろ」
俺がそう言って場所を示す。他の面々はやれやれと言った雰囲気でそれを眺めるばかりだ。
風が吹いて笹が揺れる。
ドン
その一拍後には慶が引き金を引いていた。
「ア、アオムシ」
どうやら他の何人かが付いたらしいが、もう遅い。
俺たちはすぐさま筒を担いで移動した。アオムシの野郎が羽を広げて飛び上がりやがったからだ。だから、皆にも見えた。どうやらあお色には溶け込めても空色には溶け込めるわけではないらしい。
蟲は虫と違ってそのまま飛び続けることはできない。多分、体が重すぎるんだろうと言われている。虫は大きくとも匁で重さを量れば事足りるが、蟲はそうじゃない、一貫では足りない。アオムシに至っては何貫あるのか想像もつかない。そもそも、高さが十尺で足りてるのかも怪しい。もっとあるんじゃねぇの?
そいつが飛ぶというか跳んで接近してきやがった。
「糞、いきなり出やがって!」
皆が慌てて筒の準備を始めるが、それを待ってくれる訳もなく襲い掛かってきた。先頭に居た頭と筒組が薙ぎ払われた。
「まだ食い気ってより、俺らを始末するのが先らしいな」
それを見て遼がそう言った。俺も頷く。
少し移動して筒を降ろす。
「次はあの鏃で行く」
慶がそう言って弾を込めた。あんなものをいきなり使って大丈夫かとは思ったが、反論が思いつかない。
ドン
慶が引き金を引くとそう間を置かずにアオムシの脚が跳ねたが、一本動かなくなっても意に返さずに暴れ回ってやがる。
自慢の鎌を振るって仲間の胴や頸が刎ねまわるのを見てしまった。
「おい、辰!」
そうだ、まるで村での惨劇だ、これは。
ドン
だが、慶は冷静に二発目を撃ち込んだ。左の鎌がドスンと落ちたが、奴はそれすら怒りに代えて暴れ回る気らしい。
とうとう他の面子は一発も撃てずに刎ね飛ばされて終ったらしい。誰も動く者は居なくなった。
ドン
目の前に迫ったアオムシが威嚇するように首?胴?を起こしたところを狙いすまして細い節に弾が入って両断していった。頸が目の前に墜ち、体がその向こうで崩れ落ちるのが見えた。
「終わった」
慶がそう言ったが、俺には見えた。まだ少し遠いが、他にも居やがるのが見えた。
「終わってねぇぞ、これ」