1・蟲狩り
「クロムシが出たぞ!」
村に鐘が響き渡る。そして、カサカサと嫌な音が響き渡っていた。
「行くぞ、お前ら」
そう言われて俺たちは不快音を目指して走り出す。俺と遼は荷物を担いで、更に慶が背負子を背負って付き従っている。
適当なところで各人が配置についていく。俺たちも荷物を降ろし、慶が取り付いてさっさと準備を済ます。
「四番筒、いけます!」
慶が声を張り上げた。
未だ不快音の主は姿を現さずにカサカサと辺りに音だけを響かせている。
そしてとうとうクロムシが姿を現す。
「速い」
慶がそうこぼしながら狙いを定めている。
パンパンパン
周囲から発砲音がするが、慶は引き金を引かない。どうやらどれも命中せずにクロムシの前後に土煙をあげただけに終わっているらしい。
ドン
遠くの音は非常に軽く聞かれたが、目の前で鳴るとまるで違って聴こえた。
「辰、遼、移動!」
慶の言葉で俺たちはまたその重たい物体を担ぎ上げて移動する。
クロムシは攻撃を意に返すことなく走り抜けているように見える。
パンと誰かが発砲した弾がクロムシに命中したらしい。が、金属音を響かせただけで止まる気配がない。硬い甲殻に弾かれてしまったんだろう。
「ここで良い」
慶の言葉で荷物を降ろし、筒先を修正した。
ガチャガチャと慶が操作し、狙いを定めている。
ドン
発射の音の数拍後にはクロムシの動きが止まった。
「おい!油だ!油をかけて燃やせ!!」
手隙の者たちがクロムシに桶をもって駆け寄り、バシャバシャと液体をかけていく。一人が懐から火種を取り出して燐寸で火をつける。
しばらくは他にクロムシが居ないかを警戒していたが、死骸が焼け落ちる頃には残党無しと判断されて警戒が解かれていった。
「いやぁ、ありがとうございました」
庄屋が頭に礼を言って金を渡していた。
「最近はこの辺りにも蟲が出ているようだが、しばらくは気を付けられよ。アレ一匹とは限らんでな」
頭がそう言って金を受け取る。
蟲が湧いてきたのは何時からだろう。気づいた頃には既に居た気がする。
ただ、若い俺たちの感覚など当てにならないだろうな。今、手にしている蟲筒だって、作られたのは何年も前で、俺たちが初めて扱ってるわけじゃない。
「クロムシで良かったな。キイムシやアオムシだったら大変だ」
「確かにな」
遼の意見に俺も同意だ。なんせ、俺たちの村はアオムシに潰されたんだから。
「そいつらもコレがあれば大丈夫でしょ」
慶がそう断言した。
確かにそれはそうだろう。仕組みはイマイチよく分からないが、筒から火薬や弾を入れずに根元を弄れば弾込め出来る上に、火種も必要ない。引き金退いたらドカンだもんな。デカくて重いのが癪だが。
「そりゃ間違いない。サムライが槍や刀振り回して敵わなかった相手をドカンで終わりだもんな。アイツら、未だに飛び道具は卑怯とか頭おかしいんじゃねぇ?」
遼が言う通りだと思う。サムライは未だに蟲筒を持とうとせず、俺たちばかり蟲狩りやってるなんて、なんだかおかしい気がする。
「お前らの言う事はもっともだ。だがな、考えても見ろ。コレが人に向いたらどうなる?弓だって普通は一町も先の相手は仕留めらんねぇ。蟲筒は相手が蟲だから一町がやっとなんだぜ?こいつをうまく使えば、人なら七町、馬でも五町先から叩っ殺せる。んなモノをサムライが持ってみろ、戦が根本から変わっちまわぁ。連中もそれが分かってるから持たねぇんだよ。まあ、高いってのもあるがな」
頭がそう言って笑う。確かに、これ一丁でサムライ、それも結構偉い人の俸禄並だって散々言われてるもんな。俺らじゃあ一生かかっても無理なんだろう。
蟲なんてどこに沸くかわからない。昔話に出てくるヤマタノオロチ?がそうだったとかいうけど、それから千数百年出て来なかったんだそうだ。それがこの百年くらいはそこらで見るようになった。本当に嫌な時代になったもんだよ。
そんな事を言いながら、ぞろぞろと宿場へと向かう。物見役を出しているからまたすぐに次の蟲が見つかるんだろうが、出来れば何日か休みが欲しいな。ここ最近、毎日のようにこの辺りを転々としている。