ニジイロアゲハ
今年もよろしくお願いいたします!
サラが目で確認する前に、隣のアレンの体に緊張が走る。かと思うとサラの手をそっと離して、数歩前に出た。
「サラ、ここにいて、できれば皆にバリアをかけといてくれ」
「う、うん」
サラはそもそも常に自分にかけているバリアをふわんとふくらませて、自分のそばの人も覆った。
「うわっ」
思わず声を上げたのは町長である。
見上げるとふわりふわりと光が幻想的に舞っていて、思わず手を伸ばしそうになる。
「ニジイロアゲハだ。羽がうっすら光っているよ」
どうやら麻痺毒のある鱗粉が光っているらしい。
「ばかな。念のためにネフにも出てもらったが、本来夜に活動する魔物ではないはずなのに」
クリスも驚いたようだが、その場からは動かなかった。
それはアレンがいるからだ。
「任せてくれ」
アレンはまた数歩前に出ると、気負うでもなくニジイロアゲハを目で追っている。そして高いところを飛んでいたアゲハが手の届くところに降りてきたとたん、ひゅっとこぶしを振りぬいたかと思うと、光の塊はドスリと地面に落ちていた。
「きれい」
アレンは鱗粉を振り払うように手を振るとすぐに後ろに下がって来たので、サラはそのままバリアの中に招き入れたが、アゲハの落ちたところから、もやりと燐光が広がり、静かに落ちていく様子が観察できた。
「胴体を打ち抜いたから、鱗粉は付いていないと思う」
確かにアレンの手は光ってはいない。
「手は出しちゃったけど、向こうからやってきたものだから問題ないよな」
ネリーに手は出さないと約束したことを思い出したのか、アレンがちょっと不安そうである。
「小さくても、さすがはハンターだな」
町長が感心しているが、サラも誇らしい。ところが、クリスは違うようだ。
「私は感心しない」
アゲハを狩るのを止めなかったくせに、今になってそういうことを言うのはよくないと思うサラである。
「覚えたばかりの攻撃を使いたい気持ちはわかるが、ここはネフと訓練している草原ではない。ハンターとしてここに立っているのならば、最適解はなんだ」
「……鱗粉が広がらず後始末も楽なように、サラがやるような高温の炎で撃ち落としてから焼き尽くす」
「その通りだ。アレンは身体強化型ではあっても、魔法も使える。今回のように選ぶ時間がある時は、魔法も選択肢に入れておいたほうがいい」
「はい」
アレンは素直だ。自分なら拗ねて返事をしないかもしれないとサラは思う。
「やれやれ、ウルヴァリエの仲間は自分にも身内にも厳しい。だからこそ一族そろって実力派揃いなのでしょうな」
町長があきれた声を出したが、そんな一族ならネリーが強いのも当たり前かもしれない。
「あの脳筋一族とひとまとめにしないでくれ。私は単にネフを崇拝しているだけの男で断じてウルヴァリエの一族ではない」
珍しくクリスがまじめにそんなことを言うから、サラはおかしくなって笑い出してしまった。
「クリスはネリーとは小さい頃からの知り合いなんですか?」
「残念ながら、幼い頃のネフは知らない。あれは私が既に薬師としての頭角を現し、騎士隊に派遣されていた15歳の頃のことだった」
これはちょっと長くなりそうだぞと思いながらも、サラはわくわくして続きを待つ。
だが、思いのほかキノコに見入っていたようで、戻って来たらしいキノコ狩りの人のざわざわする声が聞こえ始め、その先を聞くことはできなかった。残念だがキノコ見学の時間は終わりだ。明かりをつけるよう合図しながら、町長が誰にともなくつぶやいた。
「集めたキノコはどうしたものかなあ」
麻痺毒のあるキノコが発生して、魔物が来るという事態などそうはない。今までの経験などあるわけもなく、キノコの町の町長とはいえ頭を抱える問題なのだろう。
「集めたキノコをひとまとめにして、それに集まって来たニジイロアゲハを狩ったらどうですか。最後は燃やすんですよね」
先ほどクリスが炎の魔法を使えとアレンに言っていたのを思い出し、サラは提案してみた。
町長はぽかんとした後、力強く頷いた。
「採用」
サラはにこりと笑みを浮かべた。話をちゃんと聞いてもらえるというのはいいものだ。
「私も後でセディアスと相談してみる。これだけの規模だ。シロツキヨタケが生え切るまでまだ日数もかかるだろうし、ハイドレンジアのハンターギルドと薬師ギルドにちゃんと人員を派遣してもらった方がいい」
クリスがより長期的な提案をしている。こういうところを見ると、やっぱりずっと薬師ギルド長をやっていただけのことはあると思うのだ。
帰るのが遅くならないようにと、最初に山から戻ってきた町の人たちと一緒に山道を下りながら、サラは満足感でいっぱいだった。
麻痺毒の発生というよくない出来事ではあったが、光るキノコに光る大きなアゲハという美しいものを見ることができた。しかも夜のお出かけである。この世界に来る前は、残業で遅くなり、帰り道が暗いということはあっても、わざわざ夜に楽しいことのために外出するなどめったになかった。
「この世界では毎日、何か楽しいことがある」
町の人には大変なことだから声には出さなかったけれど、サラは心の中でそっとつぶやいた。その日はネリーの帰りを待つことなく、疲れて寝てしまったサラである。
次の日の朝、セディはいなくなっていた。
「一度ハイドレンジアに戻り、ハンターと薬師の手配をして来るそうだ。また戻ってくるまでここでクリスと共にキノコ狩りの監督をしてくれと頼まれた」
不思議に思うサラにネリーが説明してくれた。
「兄様の足なら、今日の昼までには余裕でついていることだろう。そこから手配して、戻ってくるのに二、三日というところか。もう少しこの町にいることになるが、大丈夫か」
「うん。できれば夜は毎日キノコを見にいきたい。時間があるなら昼はね、お菓子とキノコとナッツを買いあさる予定」
「昼は私と麻痺草を探しに行かないか。今のうちに採取しておくと助かるが」
薬草採取が好きなサラにはクリスの提案も魅力的である。
結局朝はクリスと薬草採取、昼にまとめて麻痺毒の人の具合を見て、午後はゆっくり買い物と散策ということになった。
キノコは町中ではなく、草原の街道から少し外れたところに集められた。それならサラたちも薬草を採取しながら見張っておける。どこからともなくふらりと現れるニジイロアゲハは、アレンが魔法で倒した。
最初魔法の火力が弱かった時は、焼かれながら飛びまわるアゲハに逃げまどったりもしたが、何よりそんなかわいそうな狩りはよくない。
「魔法だって得意になってやる」
アレンが気合をいれてキノコの見張りをするのを、ネリーが少し離れたところから見守っていた。そしてそれをサラとクリスが麻痺草を採取しながら眺めているというわけである。
「それにしても、意識してみるとずいぶん生えているな、ここは」
「だから麻痺毒をもつ植物がいるのかもしれないですね」
キノコは植物だったかと頭をひねりながらサラは答えた。
「薬師ギルドももちろん知っているだろうが、今度来た薬師に報告しておいてもらおう」
地面に目を落としすぐに麻痺草を探すクリスの言葉は、完全に他人ごとである。
そんな日々を三日ほど過ごし、四日目にようやっと引継ぎがやって来た。
しばらく水、土曜の更新の予定です。
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