キノコの前に腹ごしらえ
サラが密かに決意を新たにするかたわらで、ネリーが話をそらそうとしていた。
「ま、まあ、それはそれとして。努力してみると、案外できるものです。おかげでサラと買い物にも行けるし、食べ歩きもできるし」
ネリーはサラと目を合わせてにこりと笑ったので、サラもにこりと返した。
「ではハイドレンジアに来たら、私ともケルシーとも食事をしにいこうな」
新情報だ。どうやらネリーの兄は結婚しているらしい。
「義姉様とですか。甥っ子たちは?」
「とっくに自立しているよ。離れているからと、少し疎遠になりすぎたな、私たちは」
ネリーの家族が次々と明らかになり、サラは新事実に興奮を隠せなかった。しかもセディという人を見る限り、なかなかよさそうな人たちだ。
「では廊下でじりじりとしているあの小僧とまずは夕食か」
サラは思わず部屋のドアを見た。クリスが待っているのだ。
「兄様もここに宿泊ですか?」
「ああ。食事も一緒にできるよう交渉してきたぞ」
クリスについてネリーがまったく気にしていないのも相変わらずで面白い。
すっかりセディとの夕食の話にずれてしまったが、サラは夜に光るキノコを見に出かけられるので満足だった。
家族の話ばかりでアレンが気にしていないかなと隣を見ると、話が終わるのを待っているだけで何も気にしていないようだった。そしてサラの視線に気づくと、ニヤリとする。
「サラに言われるまで気がつかなかったけど、光るキノコ、俺も楽しみになってきた。そもそも夜に出かけるのがわくわくするよな」
サラと同じことを考えていたようだ。
「うん。一人だと怖いけどね」
「それはそうだ」
答えたアレンの顔は真顔に戻っていた。
「ローザで一人で頑張った俺は偉かったけど、サラに会う前の状況には二度と戻りたくない」
あの当時、アレンも魔力の圧が強くてあまり親しい人がいなかったのだ。
「俺だって魔力の調整ができるようになったけど、それでも今は魔力の強い人が周りにいっぱいいるから、気を使わなくてよくて全然疲れないんだ。ほんとありがたいよ」
それから廊下でじりじりと待つクリスと合流し、宿の食堂で揃って地元の料理に舌鼓を打った。
麻痺毒のあるキノコのせいでキノコ料理は出ないかもと不安だったが、結論としてキノコ料理は出た。
「要はヒラタケに似ている奴は全部避ければいいわけで、この時期、他にもキノコはたくさんあるからね」
旅館の女将さんの説明によるとそういうことである。サラはキノコのクリーム煮が一番おいしくてお代わりまでしたのだが、そのことにちょっと後悔した。まだデザートが残っていたのだ。
「さあ、デザートはナッツのタルトだよ」
「タルト!」
固めのタルト生地は香ばしくて、その上に焦がした砂糖で絡められたナッツがぎっしりと乗っており、一口ごとに口の中に幸せが広がるようだった。だが、いかんせん重い。
「ひと切れしか食べられない」
悲しそうにお腹をさするサラに、
「日持ちがするから残ったやつは持って行っていいよ」
と言ってくれた女将さんはまさに女神である。とはいえ、残りそうもない勢いでタルトがなくなっていくのを悲しい目で見たサラは、
「ちゃんと買うので、明日いくつか売っていただけませんか」
と頼み込むのを忘れなかった。稼ぎはちゃんとあるのだ。もっとも、食費としてネリーから多めにお金を預かっているのでちゃっかりそれを使うつもりである。
「明日は町の菓子屋さんを回ろう」
この町での新たな楽しみが増えることになった。
食事の後は、キノコ狩りだ。
「いいか、麻痺毒の出たキノコを採って始末しに行くんだ。お遊びじゃないんだぞ」
セディからそんな小言が飛んでくるくらいサラとアレンの目はキラキラしていたと思う。
ちなみにネリーは小言を言う前に、そんなサラがかわいくて仕方がないという目をしていたし、クリスに至ってはそんなネリーがかわいくて仕方がないという顔をしており、注意する人がセディしかいなかったというわけなのである。
その後は町長の家の前に集合し、アゲハが飛んできた方向に向かうことになった。人海戦術ということで、すでにかなりの人数が集まっている。ネリーはセディと列の先頭に、クリスとサラとアレンは後方について歩き始めた。ぽつぽつと街灯の灯る町並みは幻想的だが、小さい町なのですぐに山の入口に着いた。山は町の共有財産のようなものなので、その山道から、町の人たちは思い思いに木々の間に入って食べる分のキノコを採取するのだそうだ。
明かりをつけて、ほんの10分ほど山道を登ったところに、休憩所を兼ねた小さい広場があった。たくさんの人たちが入ったはずなのだが、広場にはほとんど人がいなかった。もちろん、ネリーとセディもいない。
「ここから数人ずつに分かれてもうキノコ狩りに向かった。私たちは連絡要員、かつキノコ見学隊だな」
町長が笑ってサラとアレンを手招きしてくれた。クリスもここで待機だ。
「どうやって見学させようか悩んだが、その心配はなかったよ。さて、山に入ったばかりですぐに問題が起こるということもあるまい。明かりをいったん消してくれ」
一人ずつ明かりを消していくと、明かりに追いやられていた闇が少しずつ近づいてくる。最後の一つが消えると光に慣れていた目には何も見えず、真っ暗な闇が重くのしかかってくるような気がした。なんとなく不安になってアレンの近くに寄ると、手をぎゅっと握ってくれたのでちょっと安心したサラである。都会育ちには暗闇は怖いのだ。
だが次第に目が闇に慣れてくると、まず隣のアレンの輪郭が浮き上がって見えた。それから森と空の境目がわかるようになり、木々と広間の闇の質量が軽くなったような気がした。
「さあ、木の根元を見てごらん」
町長の声に導かれて目を下にやると、ぼうっと何か白いものが浮かび上がって見えた。
「わあ」
ぼう、ぼうっとまるで一つずつ合図をするかのように、青白いキノコが浮かび上がって見える。セディが抱えてきたような大きいものから、こぶしくらいの小さなものまでさまざまだ。よく見ると歩いてきた道と、これから山に入っていく道をたどるかのように生えている。
「普段はもう少し寒い季節、下生えも枯れたころに生えてくるキノコだから、もっと幻想的だよ。だが季節が早いせいかいつもより大きい。そして残念なことに」
町長は少し沈んだ声を出した。
「ずいぶんたくさんあるなあ。これは間違えて採ってきても仕方あるまい」
昼の光の中では、小さいものは他のキノコと区別がつかないだろうと言う。
その心配はもっともだったけれども、サラはやはりその幻想的な光景に目を奪われた。しばらく無言のまま皆で静かな時間を楽しんでいると、ふと目の端に光がちらついた気がした。
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