夜のお出かけ
そうして二人で立っていると、赤毛も緑の瞳もそっくりで、家族だという感じがした。サラも久しぶりに自分の兄のことを思い出してちょっと切なくなった。心配性の兄と自分はちっとも似ていないと思ったが、外から見たらこんなふうに似ていたのかもしれないなあと思う。だが離れていても、きっと元気でうまくやっているに違いない。
「それに、一人じゃなかった。ローザにはクリスがいて、魔の山にはサラがいたから」
ぽそりと告げられた言葉に感動したのはクリスだ。
「ネフ!」
「こんなヒョロヒョロなど、そばにいても何の役にも立たん」
「私がヒョロヒョロかどうか試してみるか」
「やるのか」
「はいはいはい、もう一度同じ説明をしなければなりませんかね」
一人くらい筋肉ではなく頭で考える人がいなくてはならないと、また手をパンパンと叩きながらサラは思う。もっともクリスはもっと冷静な人だと思っていたから、サラは驚いてもいた。しかし驚いていても、感動の再会があっても、今後の予定は決めなければならない。
「ネリー、クリス。私たちがとどまるのは、麻痺毒の人が落ち着くまでの三日間くらいでいいの?」
「そのくらいあれば、今日うっかりシロツキヨタケを食べてしまった人でも見ることができるだろうな」
「私もそれでかまわない。今日のようにできることは手伝おう」
クリスもネリーもそれでいいようだ。
ネリーがこの町に滞在することを確認し満足したように頷くと、セディは町長のほうを向いた。
「目につくアゲハを狩ることはできるが、キノコはどうする」
「これから特徴を周知して、採ったり食べたりしないようにするが、今あるキノコは採るべきかどうか……」
今採ったとしても、キノコは次々と生えてくる。無駄ではないのかと悩んでいるのだろう。
「ニジイロアゲハを麻痺毒化させないためにも、キノコを大きくしないことが肝要ではないか。数日はキノコ狩りをしたほうがいいと思うが」
クリスのアドバイスにより、その日の夜からキノコ狩りが行われることになった。
クリスは薬師として、ネリーはハンターとして参加するという。
それを知って、宿のサラとネリーの部屋にアレンが押しかけてきた。
「俺も行く」
そう主張してネリーに却下されている。
「夜の狩りまでは教えていない。何も起きないとは思うが、守るべき者がいると気が散る」
とにべもない。
「俺は守られる必要なんてないのに」
悔しそうなアレンだが、サラも同じである。
「私も行く」
「駄目だ。薬師はクリスだけで十分だ。なぜサラが行く必要がある」
「だって」
行く必要があるかといえば、それはない。なにか果たすべき役割があるわけでもない。だがサラには行きたい理由があった。
「だって、光るキノコが見てみたいんだもの」
それだけだが、とても大切な理由だった。
「見てみたいって……」
ネリーはあきれているが、そもそも魔の山にもキノコは生えていたのだと思う。だが、食べられるものという認識がなかったサラは、キノコが生えているかどうかすら気にかけたことはない。まして光るかもしれないなどとは思いもしなかった。
もっと言えば、なかなか遠出のできなかったサラは、日本でだってキノコを採りに行ったこともなければ、生えているのを見たことさえないのだ。
「キノコだよ? 光るんだよ? それは絶対見てみたいでしょ。ね、アレン」
「あ、ああ」
アレンは別にキノコに興味はないようだ。だが、せっかくサラが渡したバトンをきちんと活用してほしい。サラが肘でつつくと、やっとサラがアレンの手助けしていることに気がついたようだ。
「俺、別に危ないことをしたいわけじゃない。ただ、夜の狩りや護衛の時、ハンターは何をしたらいいのか勉強したかっただけなんだ」
アレンはネリーの説得を始めた。
「だからキノコ狩りの様子を見るだけでもいいんだ。サラがキノコを見に行きたいなら、サラから離れずに守るから。一緒に連れていってくれよ」
サラだってキノコを見たいのだし、サラを口実にしてアレンが付いていけるのならそれでいい。サラは頷いてアレンの後押しをするように隣に並んだ。
鼻息を荒くし二人で並んでネリーを見上げると、ネリーは厳しい顔を続けていられないようで、口元が緩んでいるのが見えた。
「夜ははぐれるのが一番危険だ。ふらふらしてはぐれないこと。余計なことはせず、手も出さずに見ているだけ。それならいい」
「やったぜ!」
「ありがとう! ネリー」
サラがぎゅむっと抱き着くとネリーが背中をポンポンと叩いてくれる。
「でへへ」
サラも嬉しいし、ネリーもたぶん嬉しい。
その一連の様子を、ネリーの兄が部屋の壁にもたれながらあきれたように眺めていたが、ふと何かに気がついたようで体を起こした。
「そういえばネフェル。招かれ人は魔力量が多いと聞くが、その弟子もそうなのか。もちろん、弟子になるくらいだから魔力量が多いのはわかるが、二人ともネフェルの圧をまったく気にしていないように見える。いや、待て」
セディはこめかみに手を当て、何かを思い出そうとしている。
「そもそもネフェルは町長の屋敷にいたではないか。それなのに誰一人としてネフェルを避けてはいなかった。私としたことが、なぜかわいい妹に気がつかなかったと反省していたが、もしかして」
セディははっと顔を上げた。
「魔力の圧が、なくなっている?」
「わかりますか」
ネリーが照れたようにニコッと笑うと、セディは慌ててネリーの側に寄ってきて、悲痛な顔で上から下まで両手でパンパンと叩いてみている。
「魔力を失ったのか? それでローザを?」
「違いますよ」
ネリーは苦笑いだ。
「最近、魔力の圧が調節できるようになったんです。ほら」
ネリーが気を抜いてふっと魔力の圧を解放すると、さすがのアレンも一歩後ろに下がった。ということはかなり強い圧だということだろう。だがセディはそのままだ。さすがネリーの家族だとサラは感心しきりだった。
「そう、これだ。これがネフェルなんだ」
ネリーはすっと魔力の圧を引っ込めた。
「クリスを始めとして、魔力の圧を調整できる人はいる。面倒だからとさぼってはいけないとサラに諭されたので、努力しているところです」
「そこはあの小僧ではなく、兄様をはじめとしてと言うべきだろう。うちの家族は家では魔力は垂れ流しだからあまり意識しなかったかもしれないが、全員魔力の圧の調整はできていたぞ」
ネリーはそっと目をそらした。もともと人と話すのはそんなに得意ではないのに、面倒くさがって人を遠ざけて、それで結局自分から孤立してしまっていたのではないかなとサラは予想している。
だからといって、ネリーを遠ざけていた周りの人を許しているわけでもない。ネリーが魔の山で一人で頑張っていることを当たり前のように思い、ネリーを魔の山から離れにくくさせていた人たち。そして、ネリーの力を自由に使っていいと勘違いしていた王都の騎士団。
サラが近くにいる限り、ネリーが都合よく利用されるのは、今後絶対に阻止するつもりだ。
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