再会
ネリーが兄様と呼んだセディという人は、サラから見るとちょっと怖い印象だ。背の高さはクリスと同じくらいなのだが、なにしろ筋肉質で横にも大きく、そんな人が苛立ちを表に出していると近くに寄りたくない。
「なぜネフェルがここにいる。しかもこの小生意気な薬師を連れて」
小生意気な薬師と言われたとき、クリスの口の端が微妙にひきつった気がしたが、サラの見間違いかもしれない。
「ですからセディ兄さま、招かれ人の後見をお願いしたい、近いうちにハイドレンジアに訪れますゆえと手紙にしたためたではありませんか」
「しかしその後見すべき招かれ人がおらず、しかも道連れが三人とは聞いていないぞ。しかもこいつだ!」
ぴしっと指をクリスに突き付けるセディに、サラは思わずアレンと顔を見合わせた。
クリスのことは仕方がないと思う。ローザを出るときにいきなり同行が決まったからだ。だが、サラとアレンの情報が全く伝わっていないとはどういうことだ。
もっとも、サラのことだけなら予想はついた。
「招かれ人は華奢で風にも折れそうな寄る辺ない美しい少女だと書いていたが、その子はいったいどこに置いてきた。まさか旅にも耐えないひ弱さなのか?」
「ぐっ」
変な声を出して思わずアレンがうつむいているが、サラは逆に天を仰いだ。予想通りだよねとあきれながら。
「兄さまの目は節穴ですか。そこにいるでしょう」
「そこに? どこにだ」
セディの目はサラの上を素通りし、また戻って来た。
「まさか」
サラはてへっと微笑んでぴょこりと頭を下げた。うちのネリーがすみませんという思いを込めて。ちょっとばかり、保護者馬鹿なんです。
「なんだと。このてきぱきとした健康優良児がか。いや、すまない」
セディは急に真面目な顔に戻ると、サラに謝罪した。失礼なことを言っていると思ったのだろう。
「風に折れそうではないが、美しい少女だな、確かに」
「そうでしょう。私のサラですから」
ネリーが自慢そうである。
「だが、まだ疑問は解決していない。招かれ人の名前は、イチノーク・ラサーラサではないのか」
その設定、まだ生きてたんだなとサラは遠い目をし、改めて自己紹介した。
「あ、私、一ノ蔵、更紗です。略してサラと呼ばれています。魔の山に落とされてから、ずっとネリーのお世話になっていました」
「サラサ。そんな名前だったのか……」
ずっと一緒にいたアレンが驚いているのも今更ではある。だが、この世界ではあまり家名を使っているのを聞いたことがなかったので、わざわざ聞き出したりすることもない。現に身分の高そうなテッドやローザのギルド長の家名もサラは知らなかった。
そこまで考えてサラははっと気がついた。そもそも自分はネリーの家名すら知らないではないか。
「これはご丁寧に。私はセディアス・ウルヴァリエ。そこのネフェルタリの兄だ。このあたりのハンターギルドの統括をしている」
ウルヴァリエ。サラはちょっとくらりとした。初めてネリーの姓を知ったのだ。そしてこの人がネリーのお兄さん。いずれ会うはずの人だが、まだ心の準備ができていなかった。
家名くらい聞いておこうよ、私。のんきすぎる。さすがのサラも自分のうかつさに歯噛みする思いである。その時クリスもずいと前に出てきた。
「私はクリスティアン・デルトモント。デルトモント伯爵家の三男だ。サラサ、改めて、君の師匠の名前だ」
クリスはいったい何に対抗意識を出しているのかと思うが、その自己紹介にも驚いた。やっぱり貴族だったんだと。
「サラでいいですよ、別に」
驚きすぎてそこに突っ込むしかなかった。
サラにとってみれば混沌の状況の中で、アレンもずずいっと前に出てきた。
「俺はハンターのアレン。ネリーは俺の師匠で、サラは俺のハンター仲間で友だち、クリスは旅の仲間だ」
胸を張って自己紹介している。なかなか堂々としていてよいが、サラのことをハンター仲間と言ういうのはやめてほしい。セディはアレンとサラを交互に見た。
「君たちの言うネリーとはネフェル、つまり妹のことか?」
「そうだぞ」
アレンは素直に答え、サラは首を縦に振った。
「そして君、アレンは、ネフェルの弟子だと?」
「ああ」
アレンはさらに胸を張った。サラは嫌な予感がした。
「では表へ出ろ。実力を見てやる」
ほら、そうなるに決まっている。いきなり剣を振り下ろさなかったのは、ここが室内だからという理由だけだろう。サラはネリーの兄だという人のやりそうなことが予想できる気がした。
「ああ」
不敵な顔をしたアレンはセディの後をついてスタスタと外に向かった。
「それ、今、大事なことかなあ」
サラは思わずつぶやいてしまう。だが聞こえなかったのか聞く気がなかったのか、結局皆ぞろぞろと町長の家の外に出ることになった。
「君は見るからに身体強化型だな。なら私のこぶしに耐えられるかどうか見てやる」
少なくともネリーのようにいきなり殴りかかったり切りかかったりするわけではないようだ。
「ああ、いいぜ」
アレンが腰を落として構えると、セディもすっと腰を落とした。
その先はサラにはよくわからなかった。目の前で何か色のついたかたまりが行きかい、シュッとかパーンとか空気をかすめるような音がしたと思ったら、アレンもセディも元の場所に戻っていた。
セディが目をすがめ、アレンを問い詰めた。
「君のそれはなんだ」
「簡単には教えてやるかよ」
アレンも不敵に答える。
「ほう。では」
さすがにサラもあきれはてて、大きく手を叩いた。
「はい、おしまいです。はい、アレンはこっち。セディさんはそっち」
めんどくさいので二人の間にバリアを伸ばし、両側にぐいぐいと引き離した。
「な、なんだこれは」
「なんだこれはではありません」
サラは腰に両手を当ててセディのほうをにらんだ。
「今大事なのは、キノコとアゲハをどうするかという話です。それに、アレンがネリーの弟子としてどうなのかではなく、まずネリーと再会して嬉しいって話でしょ」
ネリーも感動の再会というより戸惑っていたように思うが、この兄の態度もよくない。ネリーが大切だからこそ、ネリーの周りにいる人が気にかかるのだろうが、それより前にすることがあるはずだ。
ネリーが少し顔を背けながら、小さい声を出した。
「兄様。お久しぶりです。その、会えて嬉しい」
「おお、ネフェル」
アレンと引き離したセディは声が震えているが、おそらく感動しているのだろう。かと思うと一瞬後にはネリーの前にいて、ネリーをぎゅっと抱きしめた。
「お前が強いのはわかっているが、いじめられたりしなかったか。ずっと兄様たちのそばにいれば守ってやれたのに」
「強い強い。兄様。つぶれてしまいます。私はどこでも一人で大丈夫ですよ」
ネリーがつぶれるなんてどんな力かと思うサラであったが、久しぶりに会って照れくさかっただけで、仲が悪いわけではなさそうな様子にほっと胸をなでおろした。
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