薬師のたまご
転生少女はまず一歩からはじめたいコミックス1巻
転生幼女はあきらめないコミックス3巻
昨日発売日でした。
オオカミがたくさん、ほんとにたくさん出てきます!
よかったらどうぞ!
「重症者の元には私が行こう。少しでも動けるものは一か所に集めてほしい。人がたくさん集まれるようなところはあるか」
「町長の家だ」
この町は小さいからか、ローザに比べると町長は気安い人のようだ。
「動くのがつらい者は私が運ぼう」
ネリーの声に、アレンも胸を張って隣に並んだ。
町の人たちは女性と子供の組み合わせに不審な顔をするばかりだったので、ネリーはつかつかとクリスの元にやってくると、片手をクリスの腰に回しそのままスイッと持ち上げた。クリスは平然とした顔をしている。
か弱そうな女性が片手で男性をかるがると抱えている姿も、抱えられている男性が当たり前のような顔をしているのも、とにかくかっこよかった。しかも美男美女だ。
サラは感動して二人の姿を心に焼き付けようとしていたが、そんな油断している場合ではなかった。いつの間にかサラの隣にはアレンが来ており、抵抗する間もなく片手を腰に回されそのままグイッと持ち上げられた。
「いっ」
サラにも自分が何を言いたかったのかわからないが、ここで騒ぎ立ててはネリーとアレンの努力が無駄になると思い、なるべく平然とした顔をしようとした。だが結局微妙な表情になったのも仕方ないと思ってほしい。
「この二人は身体強化型のハンターだ。遠慮なく助力してもらうといい」
クリスがそう言うと納得の声が上がる。この少しの間で、あっという間に人々の心をつかんでいる。テッドのような信者が出るわけだとサラは感慨深く思った。
「ネフに抱き上げられるとはなんと幸運な日だ」
そしてクリスがつぶやいたことは聞かなかったことにする。ちなみにサラは抱き上げられても特に嬉しくはなく、ただ気恥ずかしいだけである。
「じゃあ私は、町長の屋敷に行って準備の手伝いをしてきます」
「うむ。そうしてくれるか」
サラはまだ薬師ではないけれど、クリスやテッドが解毒の治療をしているところは見ていたから、すこしは準備についてはわかるつもりだ。
「今回は外側から毒や麻痺薬を浴びたのではないから、外側の洗浄は気にしなくていいからな」
「はい」
ということは、洗い流す水などはいらないということだ。麻痺の軽い人もいるだろうから、座る場所と寝かせる場所だけ確保しておけばいいだろう。
「では、それぞれ案内を頼む」
クリスの声と共にサラたちはそれぞれが必要とされる場所へと移動を始めたが、サラの行くはずの町長の屋敷はすぐそばにあった。
サラを連れた町の人がドアを叩こうとする前に町長の家のドアが開き、誰かが出てきた。
「おや。モルガンじゃないか。外が騒がしいからと気になって出てきてみたんだが」
サラを連れてきてくれた人はモルガンというらしい。
「ええ、町中にデカいアゲハが出てきたと思ったら、旅の薬師一行がちょうど通りかかって、アゲハを倒してくれたんですよ。それに」
モルガンはサラの方を手で指し示した。自分たちが旅の薬師一行と呼ばれることが可笑しくてならないサラである。
「このところの具合の悪い人たちをまとめてみてくれるそうで、そのために広い場所がいるんだとか。町長のところの広間を貸してもらえませんか」
「その小さい人が薬師か」
町長があり得ないという顔をしたので、サラは慌てて自己紹介をした。
「私はサラと言います。薬師見習いです」
本当は薬師見習いではないのだが、サラの今の身分を示すものと言えばハンターの許可証だけである。旅の薬師一行だし、そう言っておけば間違いはないとのとっさの判断だった。
「薬師は私の師匠で、クリスと言います。この間までローザの薬師ギルド長をやっていました」
ここは子どもとして、大人のクリスの威を借るしかない。
「ローザのクリス様。御高名は聞いたことがある」
「ローザ。クリスだと」
町長の後ろから急に低い男性の声が聞こえてきてサラは驚いた。目立たないところで話を聞いていたらしい男はすっと町長の後ろから姿を現した。サラはぽかんと口を開けた。
「ネリー?」
ネリーと同じ豊かな赤毛を首の後ろの低いところで一つにまとめているこの男は、やっぱりネリーと同じような緑の瞳をしていた。年のころはローザのギルド長と同じくらいだろうか。
「ネリー? いや、私はセディアスという。このあたりのハンターギルドをまとめている者だ」
ギルド長と言わなかったのが気になったが、とりあえずそれどころではない。
「よろしくお願いします。ところで場所はお借りできますか?」
気にはなったが、患者を運ぶ場所の手配が先だ。
「ああ。ではこちらに。セディアスはどうするね」
「このままデカいアゲハとやらを検分に行く」
さすがハンター関係だけあって、興味は魔物にあるようだ。
「あ、そこの通りに一羽落ちてます。鱗粉に麻痺毒があるから気をつけてください」
赤毛のセディアスという人は眉を上げたが、何も言わずに頷くとさっと通りに歩いて行った。だがのんきに見送っている場合ではない。サラは急いで確認をした。
「具合の悪い人はどのくらいいるんでしょう。できれば寝かせて治療をしたいので、人数が多ければ床を広く使いたいです」
「おそらく数十人はいる。広間の家具を端によけたほうがいいだろうか」
「そうしてくれると助かります」
サラはローザでの騎士の治療や、カメリアの薬師ギルドでのハンターの治療を思い出していた。
それより人数が多くなる可能性があるなら、クリスが効率よく見られるように、症状の重い人と軽い人を分けたほうがいいだろう。
「こちら側には椅子やソファなど座れる場所を、こちらの広いほうは寝かせられるように何か敷物などあるといいのですが」
サラが指示し、てきぱきと広間が片付いていく。そうしているうちに次々と麻痺の症状がある人たちが運び込まれてきた。ネリーやアレンが背負って運んできた人もいたが、多くは人に支えられながらもゆっくり歩いてきていた。お年寄りでない人がそうしているのはやはりおかしな光景なので、これは異常事態と言えるのだろう。
わざわざ来させたのに床に寝転がってもらうのは気が引けたが、非常事態だ。症状の軽い者は椅子に、症状の重い者は床にと、症状順に分けていく。
起き上がれないほど麻痺が出ていた人はあまりいなかったのか、クリスもすぐに戻って来た。
広間を一目見ると大きく頷き、まず一人一人、症状を確認していく。
一度全員を見ると、クリスはまずサラに指示を出した。
「椅子に座っている一〇人は、解麻痺薬はごく少量でよい。サラ、カップを借りて一瓶を一〇個に分け、それを一人ずつに飲ませよ。飲ませるところまでサラが立ち会え」
「わ、私? でも」
サラは自分の仕事は終わったと思っていたので、不安になって椅子に座っている人たちのほうを見たが、当然ながら椅子に座っている人たちのほうがもっと不安そうにサラを見ていた。
ここからしばらく、水曜日と土曜日の更新の予定です。
また、「転生幼女はあきらめない」のほうも月曜日更新予定です。