キノコの里
「あれらのうち何羽が毒を持っているか。狩る義理はないが、ハイドレンジアまでにもう一つ町がなかったか」
「すぐ向こうの丘のふもとだ。町と言える大きさではなかったが、宿があれば今晩の宿泊場所にと思っていたところだ。ではやるか」
ネリーは迷いなく草原に向かった。おそらく近くの村の人に被害が及ばないようにだろう。そこまで言わなくても通じ合え、しかもすぐに実行できる大人がいることがどんなに心強いか。サラはこの旅の間に、クリスのこともネリーのこともだいぶ見直していた。
「くしゅん」
「アレン!」
感心している場合ではなかった。ぬるま湯とはいえ、季節は秋である。
「大丈夫。体は動くから。俺、着替えるよ」
少しふらつきながらも立ちあがったアレンは、その場で勢いよく着替え始めたのでサラは慌てて後ろを向いた。
「レディの前だぞ」
「ごめん。すぐ済むからさ」
そんなクリスとアレンの会話をくすぐったいような気持ちで背中で聞くと、サラは魔法について考え始めた。魔法は想い描く通りに使えると教本にはあるが、実は想い描くのはとても難しい。今も本当はアレンの服を、着たままで乾かしてあげたいと思うのだが、熱して蒸発は想い描けても、服からどう水分を抜いて乾燥させるかが想い描けないのでできないということになる。
「魔法って万能じゃないんだよね」
「なんだ? サラ」
「なんでもない。麻痺は取れた?」
「ああ。この通り。にしても間抜けだったぜ」
自分で自分のことをちゃんと分析できるのがアレンのいいところだ。着替え終わったアレンは、試しに体を動かしつつも情けなさそうな声だ。
「せっかくサラのバリアの応用ができたと思ったのになあ。できてたよな、俺」
「ああ。触れずに倒していたぞ。その後思いっきり触れたからこのざまだがな」
クリスの言葉に肩を落とすアレンだったが、手を触れずに倒せるというのは、身体強化型のハンターにとっては本当にすごいことなのだと思う。
「でもさ、あれは反則みたいなもので、ひらひら飛んでいる魔物にもきちんとこぶしを当てられないと一人前ではないってネリーは言うんだ。当てる前に一瞬ためを作るって言うんだけど、それがなかなか難しい」
確かにニジイロアゲハを狩っているネリーを見ると、まるでこぶしで触っているだけに見える軽い動きでアゲハを倒している。先ほどの、離れたところに当てるやり方は単にこういうやり方もあるという見本だったらしい。
「基礎が大切だって言うんだけど、その基礎の教え方もネリーはへたくそなんだよ」
「師匠なのに弟子からの評価が厳しいよね」
だがある意味サラもネリーの弟子なので、アレンの言うことはとてもよくわかった。
それでも目に見える範囲のニジイロアゲハを狩って戻ってきたネリーのことを、アレンもサラもちゃんと尊敬している。
「では次の町に移動しながら、アゲハを見たら狩るということでいいか」
「ああ。確か次の町は……」
「ストックだな。この季節、ナッツ類やキノコで有名な町だ」
「キノコ。まずいな」
キノコの産地なら、間違えて毒キノコを食べたりするはずがない。だが毒性を持たないはずのニジイロアゲハも麻痺毒を持っていた。
「急ぐか」
「ああ」
こうして少し早めに狩りを切り上げると、サラたちは足早に次の街ストックに向かったのだった。
街道はいつの間にか草原を抜け小高い山と川に挟まれており、紅葉が目に鮮やかだ。魔の山の紅葉もきれいだったが、このあたりも美しいと思いながら歩いていると、すこし拓けた場所にストックの町が見えてきた。オレンジの屋根に白い壁の家が立ち並び、とてもきれいな町並みだ。
だが町に入ってみると、本来なら商品が並んでいるはずの道沿いの店は閉まっており、ただ慌ただしく人が行き来している。
「これは……」
何があったのか聞く間もなく、
「わああ!」
という声と共に町の奥の方から数人の人たちが走って来た。その後ろをふわりふわりと追いかけるように飛んでいるのはニジイロアゲハだ。
「人は襲わないはずだから、迷い込んだか」
飛び去ろうにも、建物が邪魔になって道沿いをうろうろしているらしい。屋根を越えればすぐ町の外に出られるのだが、魔物にそこまでの判断力を求めるのもおかしな話だ。
「大きい魔物だから逃げるのもわからないでもないが、町の人がここまで恐慌状態になるということは、やはりこのあたりのニジイロアゲハには麻痺毒があるということか」
的確な分析がかっこよくてサラはほれぼれとネリーを眺めた。
「一流のハンターはさすがだね」
「いや、そんなことはないぞ。普通だ普通」
照れているネリーもかっこいいと思うサラだが、そんな一行に町の人が大きな声で叫ぶ。
「旅人か! 逃げろ! 毒のアゲハが来るぞ!」
なかなか親切な町である。だがネリーは逃げる人の間を縫うようにスタスタと前に出ると、ふらふらと飛んでいるニジイロアゲハを平然とした態度でひゅんと叩き落とした。
「いったい何者だ……」
人々の動きが止まり、そんな声があちこちで聞かれたが、ネリーは鱗粉を振るい落とすかのように軽くこぶしを振っているだけだ。そんなネリーの隣にクリスが大股で歩みよると、すっと片手を上げた。
「私は旅の薬師だ。なにか困っていることはないか」
一瞬の間の後、クリスの元には人々が押しかけた。結局は草原でのクリスとネリーの予想が当たったことになる。
集まって来た人たちの話を総合すると、数日前から手足の震えや麻痺の症状が出る者が現れて、調べてみるとキノコを採ってきて食べた人たちだったという。
「だがこの町ではキノコを自分たちで採って食べるのは当たり前のことだ。毒キノコはみんな知ってるから、毒キノコを食べるものもいない。なにが原因かわからないし、ポーションを飲んでも治らないんだ。ハイポーションなんてそうそう売ってないし」
ポーションを飲んだらたいていのことはなんとかなると思っているのはネリーだけではないようだ。
「その頃からあんな化け物アゲハがうろうろして、棒で追い払おうとした人もなにか粉みたいなものを吸い込んで動けなくなるし。あれが原因なのか。なあ」
代表して話してくれた人はネリーの足元に落ちているニジイロアゲハをこわごわと指さした。
「あのきれいな人は大丈夫なのか。ふらふらしたりしてないか?」
ネリーが気がついて大丈夫だというように片手を上げて見せた。サラはその姿がかっこよくて思わずほうっと息を吐いたくらいだ。
静かに話を聞いていたクリスはもう一度片手を上げた。ざわざわしていた人たちが静かになっていく。
「おそらく原因はシロツキヨタケ。症状は麻痺。ポーションもハイポーションも効果がない。必要なのは解麻痺薬で、それは私が持っている。ニジイロアゲハは、羽から落ちる粉を吸わなければ問題ない。ひたすら避ければよい」
一つ一つ、簡潔に話された内容は周りにいる人に染みこむようだった。さすがである。
ここからしばらく、水曜日と土曜日の更新の予定です。
また、「転生幼女はあきらめない」のほうも月曜日更新予定です。
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