どこに行っても魔物がいっぱい
更新再開です。
【これまでのあらすじ】
招かれ人が魔の山の管理人を代わってくれたのをこれ幸いと、ローザから旅立ったサラとネリーとアレンだが、行った先のカメリアでも魔物の問題の大発生に巻き込まれる。薬師のクリスとテッドと共に解決に尽力したが、陰の人に徹し、静かにカメリアの町を立ち去るのだった。
向かうはハイドレンジア。ネリーの父がいる町だ。今度こそゆっくり過ごすと意気込むサラにどんな日々が待っているのか。
季節は秋だ。もう少しでサラが転生してから三年になる。さらに言うと、カメリアの町を出てから一カ月になるところだ。サラは街道からはずれたところで薬草を摘みながら、今回はずいぶんとゆっくりとした旅だったなと思う。
「仕事がないというのは素晴らしい」
現在どこの薬師ギルドにも所属していない薬師のクリスが、サラから少し離れたところでうーんと伸びをした。そうしてまたしゃがみこむと、せっせと薬草を採取している。
「それ、仕事だし」
思わず突っ込みを入れるサラも薬草採取の手を止めて立ち上がると、腰に手を当てて草原のほうを眺めた。遠くにネリーとアレンが小さく見える。アレンがネリーを見上げて何か話をし、ネリーが手を大きく動かしている。
二人が見ているほうを眺めると、何かひらひらした黒いものが空を舞っていた。サラはなんだろうと首を傾げた。蝶のように見えるが、遠くからでも見えるということはかなり大きい。
「コウモリかな」
魔の山の低いところで見たことがある。
「ああ、あれはニジイロアゲハだな。草原に出るとは珍しい。きれいなだけで魔石を取る以外何の役にも立たない魔物だ」
クリスも同じ方向を見ていたのか、サラの疑問に答えてくれた。
「アゲハ? 魔物?」
「そうだ。もしかしてサラのいたところではアゲハは小さいのか? 確かヌマガエルの時ももっと小さいと言っていたな」
「そうなんです。大きいものでも片手より小さいくらいで」
かざしたサラの手は大人より少し小さいけれど、確かにそのくらいだったと思う。
「それはまた小さいな」
驚いたようなクリスの様子に、聞いておいてよかったとサラはほっとした。近くに行ってから驚かされる体験などカエルだけで十分である。
ひらひらと空を舞うアゲハには身体強化は相性が悪いようで、アレンのこぶしはさっきから空を切ってばかりいる。さすがにイライラしているようすだ。
「それならまず、師匠が倒して見せてくれよ、ってアレンが言ってるような気がする」
「それもそうか、とネフが返しているな。本当なら最初から気づくべきなのだが、ネフだからなあ」
遠くからでも二人のやり取りが手に取るようにわかる。サラは大きく頷いた。
「ネリーですもんね」
そのネリーは何気なくこぶしを構えると、すっと腰を落とし、ひゅんとそのこぶしを振りぬいた。
少し離れたところにいたはずのニジイロアゲハは、何かに叩かれたかのように吹き飛ぶと、そのまま地面に落ちてしまった。
「風圧で倒すとはな。いや、いくら身体強化が得意とはいえ、あれほど離れたところに風圧?」
クリスの疑問ももっともである。
「あれはバリアの応用ですね。身体強化を伸ばすというか、そんなふうに言ってた気がします」
サラはネリーに一度見せてもらったことがあるからわかるのだ。
「それではアレンにはまだ真似できまいな。ネフももっと簡単なところから始めてやればいいのに」
気の毒そうにアレンを眺めるクリスに、人って自分のことは見えないよねと、サラは思わず遠い目をした。クリスだってサラに、いきなり解毒薬の味見をさせたりしたではないか。一滴だけだから大丈夫だと言っていたが、あれは絶対初心者にやらせるべきことではない。
「いや待て。なんとまあ」
あきれたようなクリスの視線の先では、アレンにやられたと思われるアゲハがどさりと地面に落ちるのが見えた。軽そうに見えて案外重いんだなという感想である。
「あのアゲハはアレンのすぐ近くを飛んでいたから、こぶしが直接当たったのかもしれない。だが、わずかに離れていたように見えたぞ。まさかもう体得したのか」
アレンは落ちたアゲハをそのまま抱え上げると、一目散にサラの方に走ってきた。魔石を取る間も惜しかったのだろう。
「サラ! 俺、できた!」
「わああ、アゲハが大きすぎる!」
黒い羽根に虹色の模様が入ったアゲハは、まるでクジャクを抱えているかのように見えた。
「身体強化を少し伸ばすようなイメージなんだ。俺、サラの側でバリアをよく観察してたからさ。あ、あれ」
アレンはアゲハを抱えたままふらりとよろめいた。
「まさか。アレン、アゲハを地面に落とせ」
その言葉と同時にサラの体にクリスの手が回り、グイッと持ち上げられたかと思うと数歩後ろに移動させられた。
アレンが素直にアゲハから手を離すと、アゲハはさっきのようにどすりと地面に落ち、その拍子にキラキラと鱗粉が宙に舞うのが見えた。と同時にアレンもすとんと座り込んでしまった。
「キレイ」
「キレイなどと言っている場合ではない。麻痺毒だ」
麻痺毒という言葉の意味がサラの頭に入ってくる前に、クリスはサラをその場にそっと下ろすと、今度はアレンを後ろから抱えてニジイロアゲハのところからずるずると引き離した。
「サラ、ぬるま湯でアレンから鱗粉を洗い流してくれないか」
「は、はい」
サラはやっと事態が呑み込めたので、ニジイロアゲハを大きく避けると、クリスとアレンの元に急いだ。
アレンの手にも体にもキラキラとした鱗粉がたくさんついている。
「ぬるま湯を、シャワーみたいにして、と」
手のひらから勢いよく水を流しつつ、バリア越しに鱗粉をごしごしとこすり落とす。
「サラ! 直に触るな!」
「大丈夫です。バリアがあるから、手袋をしているみたいなものです」
「む。そうだったな」
叱られても、サラのことを心配してくれたのがわかったのでなんとなく嬉しい。
鱗粉の落ちたアレンにクリスが解麻痺薬をほんの少しだけ飲ませて様子を見る。
ぼんやりしていたアレンだが、すぐ元気を取り戻した。
いつの間にかネリーも心配そうに近くに来ている。
「ネリーは? 大丈夫だった?」
ネリーもアゲハを叩いていたはずだ。サラは心配して声をかける。
「いや、鱗粉にやられるような間抜けなことはないから」
若干アレンがかわいそうに感じる一言だったが、サラの不安は消え去った。
「そうだぞ。ネフなら大丈夫だ」
ネリーのこととなると目の色を変えるクリスだが、お互いの実力に関しての信頼は厚く、それはとても気持ちのいいものだった。
「だが、ダンジョンにいる個体ならともかく、草原にいるこいつらが麻痺毒を持っているなんて聞いたことがない。わかっていたらアレンにはやらせなかった」
ネリーの言葉にクリスは頷いた。
「そうだろうな。だが私は聞いたことがある。確か、ツキヨタケのなかでも毒性を持つ、シロツキヨタケの蜜を吸うとアゲハの鱗粉が麻痺毒化すると。だが、シロツキヨタケの季節は冬に近いはず。いったいなぜだ」
クリスが目をやるほうを見ると、優雅に空を舞うアゲハがまだ何頭も飛んでいた。どうやらここでも魔物とは縁が切れないような気がするサラである。
ここからしばらく、水曜日と土曜日の更新の予定です。
また、「転生幼女はあきらめない」のほうも月曜日更新予定です。
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