たとえ誰にも知られなくても
3巻発売中です!
それでも進んだ何匹かは、まるで線が引いてあって、そこから先は進めないというように停まるとやがて完全に動けなくなった。
動けないカエルで地面が埋まると、その上を元気なカエルが跳ねていくが、やはり先頭のカエルのところで何かにぶつかって跳ね返った。サラのバリアだ。
「な、何が起こっているんだ」
ハンターたちのざわめきが聞こえるが、サラは二つの魔法を操っており、答える余裕などない。
「そろそろ行くか」
「サラのバリアは、俺たちなら通れるはずだ」
ネリーとアレンがヌマガエルに向かってすたすたと歩いていく。そしてバリアの前で立ち止まると、まずアレンが迷わずに先頭のカエルを殴り飛ばした。アレンの手は当然のようにバリアを素通りした。
「よし、行ける!」
空に向かって叫んだアレンに引き続いて、ネリーもヌマガエルを殴り飛ばした。ヌマガエルは天を高く舞って、やがて他のカエルの上に落ちた。
ネリーは後ろに振り向くと、こぶしを握ったまま不敵な笑みを浮かべた。
「理由はどうでもいい。ただ一つ言えることは、ヌマガエルが狩り放題だということだ」
隣でアレンもぐっとこぶしを突き上げた。
「狩りに行こうぜ!」
時が止まったかのように静寂が訪れた。しかし一瞬の後、
「おお!」
というどよめきと共にハンターたちが動かなくなったヌマガエルの群れに突き進んでいった。
サラはネリーとアレン以外がバリアを通るかどうか確信できずハラハラしたが、ハンターたちは無事にバリアを通過していった。ハンターに嫌なことをされたことはないので、無事味方認定されたらしい。
サラの集中を途切れさせないように、そしておそらくサラを守るために、クリスがサラの視界にそっと入ってきた。話しかけはしないが、目に見えるところにいるよと知らせるために、あえてサラのななめ前に立っている。
そしてそれは正解だったようだ。騎士隊が不審な態度をとっているサラに近づこうとするのをクリスが防いでくれている。騎士隊の隊長はサラのことはあきらめると、隊員の半分にヌマガエルの狩りに入るよう指示を出した。残りの半分は、ヌマガエルがハンターたちを越えてきた場合の対処に待機させているらしい。
狩場に向かった騎士たちは、しかし、いきなり何かに弾かれて体勢を崩した。サラのバリアだ。
「あれ、おかしいな」
思わず口に出していたが、本当はサラにもわかっている。サラの心の中では、騎士隊は敵認定なのだ。だが迂回するなどして何とかカエル方面に向かっていった。
騎士隊がサラに危害を加えないように見守ってくれていたクリスだが、狩り場もきちんと見ていて、状況報告をしてくれた。
「ああ、ヌマガエルの数がずいぶん減って来たぞ。新たに沼から出てくる個体がいなくなった」
「もう少しなら頑張れそう」
魔力のほうはいくらでも供給されるが、集中力のほうがもたない。自分の周りのバリアなら無意識でも一日中張れるようにはなったが、こんな大きいバリアを、しかも他の魔法と併用するのは初めてなのだから。サラはかなり疲れてしまっていた。
「まず冷気の魔法だけでも止めたらどうだ」
クリスのアドバイスに従って、地面を冷やすのをまずやめた。それから、バリアの線をヌマガエルが乗り越えてきたとしても、騎士隊で何とかなると思われるくらい数が減ったところで、思い切ってバリアを外す。
力が抜けた反動で思わずふらっとしたサラをクリスが支えてくれた。
「よく頑張ったな」
「はい」
自分でもすごかったと思うし、遠慮なく褒めたいサラである。それでも狩り場にはまだアレンとネリーがいる。サラはクリスと共に、もう少し後ろの安全なところまで下がり、狩りの様子を見守ることにした。
腰を下ろして落ち着いた頃には、狩りはほとんど終わっていた。時折よろよろとハンターの間を抜け出してくるヌマガエルは、騎士隊の面々が確実に狩っていく。やがて目に見える範囲のヌマガエルはすべて狩りつくされた。
一番に走って戻って来たアレンは、大変だったのかやっぱり青い顔をしていた。
「サラ。寒い」
「ご、ごめん」
氷の上で狩りをしていたようなものだから、寒くても当然であろう。隣でネリーがふっと笑いをこぼした。
「そういう時は身体強化で体を温めながらやるものだ。まだまだだな」
「くっそー。ネリー。師匠はそういうの、狩りの前に教えてくれるもんなんだぞ」
「そ、そうか。すまん。当然できるものと思っていたしな」
弟子になってからまだ冬を経験していないアレンには、まだ学んでいないこともたくさんあるのだろう。悔しがるアレンは、きっとすぐに覚えて実践していくに違いない。
「クリス、解麻痺と解毒が必要な人が何人かいるのですが、手伝ってもらえますか」
一人で大活躍していた薬師のロニーがクリスを呼びにきた。
「結局薬師ギルドからは他には来なかったか」
「はい。すみません」
肩を落とすロニーと一緒に、クリスは治療を要するハンターたちのもとに歩いて行った。
「昨日泊まった広場でどうだ?」
一言だけ残して。残ったサラは、ネリーとアレンと目を合わせて苦笑した。四人共本来はカメリアの町を救ったヒーローのはずなのだが、今晩どこかで歓迎してくれるという未来はないだろうとクリスでさえ思っているということだからだ。
町長は屋敷と食事を世話しただけで薬師ギルドについては放りっぱなしだ。ハンターギルドの長は特に問題のある人ではないが、事態への対応が後手後手で臨機応変ということがない。前ギルド長が戻って来た薬師ギルドなど、考える価値さえなかった。
草原で休んでいるネリーとアレンには、お互いの健闘を称えながらハンターたちが挨拶して町へ戻っていく。やがて午後遅くの草原には、サラたち以外誰も残っていない状況になった。いつの間にか、騎士隊ですらいなくなっていた。
サラたちも、そのまま昨日泊まった広場に戻り、テントを張って順番に汗を流し、清潔な服に着替え直した。ローザの壁の外で暮らしていた時を思い出しながら。
クリスが疲れた顔で戻ってきた頃には、サラは大きな鍋でコカトリスの煮込みを温めているところだった。
「おつかれさま。遅かったな」
「ネフのおつかれさまの声を聞けるのなら、私はいくらでも働くとも」
通常運転のクリスなので、心配する必要はないとサラは判断した。
「それならご飯にしようか」
「サラももっとねぎらってくれてもいいのだぞ」
それならクリスももっとサラを大事にするべきなので、お互い様といったところだ。
カメリアでも結局、魔の山と同じ料理を食べているところがちょっと切ないが、サラの魔法で芯から冷えていたネリーとアレンには特に嬉しい食事だったようだ。
食事が終わると、クリスはアレンとネリーにポーチから出した金貨をジャラジャラと手渡した。
サラには金貨が三枚だ。サラの採って来た薬草はきちんと買い上げてもらっているから、これは薬師ギルドの手伝いのお駄賃ということになるのだろう。サラは金貨を眺めるとありがたくポーチにしまい込んだ。
「デリックを脅し、いや、説得して、礼金を出させた。アレンもネフも、たくさん倒すことを優先して、ヌマガエルの回収はしなかっただろう」
「まあな。昨日まででずいぶん稼いだから、いいんだ」
アレンが照れたように鼻の下をこすっている。
「でも、ありがとう、クリス」
「なに。もっとも、サラの分は無理だった。サラがやったことを見ていたはずなのに、何を評価していいかわからないと抜かした」
クリスは珍しく厳しい顔をした。
「おそらくだが、サラのバリアの実態に気づいたハンターもそうはいなかったはずだ。出入りできる盾の魔法など聞いたこともないだろうからな」
「地面を凍らせる魔法師すげえって言う声はいっぱい聞いたぞ」
「目立たなくていいんだよ」
それがサラの本音である。だから報酬がなくても別によかった。
むしろ今回、一番の貧乏くじを引いたのはクリスである。ローザのギルド長を辞めてまでやってきたのに、忙しく働かされた上に何も報いられることなく追い出されてしまった。
強い魔物を狩ってきたネリーにとっても、ヌマガエルばかり狩っていたカメリアの町は物足りなかったことだろう。特に何をやるわけでもなく、アレンに付き添って時折アドバイスをしていただけだと聞いた。
唯一アレンが楽しそうだったのが救いである。
「私は何をやっていたのかなあ」
クリスとテッドに巻き込まれて、薬師修行に明け暮れた。薬師になるという意志も固まっていなかったのに。
「サラ、難しく考える必要はない。そもそもカメリアには物見遊山に来ただけのことだぞ」
ネリーがサラの背中に手を回し、そっと引き寄せた。
「ネフ、私も」
というクリスは無視されている。
「サラは何でも頑張りすぎなのだ。私が面倒を見なくても、魔の山で稼いだ財産だけで小さな町なら家が建つはずだぞ。数年遊んでいても困らないではないか」
「そういえばそうだ」
コツコツと採取した薬草、うっかり倒してしまった魔物、ゴールデントラウト。スライムや迷いスライムの魔石はまだ売り切っていない。魔の山でまじめに暮らしていたサラは、ちょっとした小金持ちなのだ。
どこに行っても自立していることは大切だが、本来の目的を忘れては意味がない。
「せっかく自由に動ける体になったんだから、いろいろなところに行って、いろいろなことをしてみたい、って言ってたのにね」
「そうだぞ。とりあえずカメリアまで来て、薬師修行をして、なおかつヌマガエル退治までしてしまったではないか。いろいろなことをやったのだと自分自身が認めないでどうする」
サラもネリーにギュッとしがみついた。流されるばかりで自分は何をしているんだろうと思っていたが、実は楽しいいろいろな経験をしていたのだ。
「私も人生でこんなにのんびりしたことはない。師匠とは楽なものだな」
「何も言わない師匠を持つと、弟子が大変なんだよ」
アレンがやれやれと肩をすくめるので、サラはつい噴き出してしまった。
クリスも手を後ろにつくと、夜空を仰いだ。
「何やら忙しかったが、これもくびきを解き放たれた代償だと思えば安いものだ。明日からは自由だぞ」
そしてそのまま仰向けに倒れこんでしまった。ネリーはぎゅっと引き寄せていたサラから手を離すと、改めてサラの顔をのぞきこんだ。
「明日にはカメリアをたとうと思う。騎士隊もいるしな」
アレンが隣で頷き、クリスが寝転がったまま片手を上げた。サラもそうなるだろうなとは思っていたので、頷いた。
「でも、どこへ?」
忙しすぎてこの先のことは全く話していなかったのだ。
「うむ。南へ。ハイドレンジアに行こうと思う」
「ハイドレンジア」
初めて聞く名前だ。
「そこに私の親がいる。サラの後見を正式に頼んでみようと思っているんだ」
「後見」
そうすれば、後見したいという貴族からは逃れられる。サラは一も二もなく頷いた。
「今度の町ではゆっくり出来たらいいな」
「そうだな」
明日、また一歩を踏み出そう。目的地、ハイドレンジア。サラとネリーの旅は始まったばかりである。
これにてカメリア編、終了です!
ありがとうございました。
感想、ありがたく読ませてもらっています。返信できず申し訳ないです。
この後ハイドレンジア編に続く予定ですが、ひとまずしばらくお休みさせてください。
次は来週あたり、今月15日発売の転生幼女6巻を記念して短いお話を出そうかと思っています。