ヌマガエルの群れ
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「空中に漂っていた麻痺の成分を風で飛ばしたとしても、足元の草むらにも麻痺薬は残っている。草の中を移動している間に、麻痺薬を吸ってしまったんだろう」
騎士隊はと見ると、後ろの出来事には気づいておらず、新たに麻痺薬を散布する作業に追われている。
そうなると、助けるのはここにいるハンターたちしかいない。周りのハンターたちはすぐに助けに向おうと動き始めた。
「待て!」
大きなクリスの声が響いた。
「何の策もなく助けに向かえば、麻痺して倒れるハンターが増えるだけだ」
「じゃあどうすればいいんだ!」
すかさずハンターから反論が出る。
「あのハンターたちも倒れるにはしばらく時間がかかっていたのを見ていたはずだ。いいか、倒れたハンター一人に対して三人以上が救助に向かい、現場に長居しないこと。救助に向かう際には、麻痺薬を吸い込まないように口と鼻を覆うこと。タオルを巻くのがよいだろう」
クリスからはすぐに具体的な提案が出た。
「私は薬師だ。倒れたものは一旦ここに連れてきてくれ。それから」
クリスの話を聞いてすぐ、ハンターたちはパーティ単位で次々と助けに向かう。残ったハンターたちに、クリスは別の指示を出した。
「誰か薬師ギルドに行き、解麻痺薬を持って薬師がここに来るように伝えてくれ。話を聞かないようであればハンターギルド長に頼め」
足の速そうな若いハンターが数人、連れ立って町のほうに走り出した。
「水魔法の得意なものはいるか! 倒れたハンターも助けに行ったハンターも、麻痺薬が体に付いているかもしれないからすぐに洗い流す必要がある」
クリスの的確な指示が次々と飛ぶ。サラも魔法は得意だから、クリスの横で待機する。
「俺も一応魔法は使えるし、なにより身体強化があるから、ここで待機だ」
アレンがサラの横に並び、ネリーが後ろに立つ。やがて最初の一人が運ばれてきた。
地面に寝かされたハンターには意識がある。
「おれ、からだ、うごけな……」
なんとか手を持ち上げて状況を説明しようとするが、思うように動けないし話せないようすである。クリスは解毒薬を片手に持つと、安心させるように頷いた。
「意識があるのはよい状態だ。これなら何もしなくても一両日中には麻痺がとれる。だが、早く楽になるよう解麻痺薬を飲んでおこう。ほら」
少しでも意識があって、水分を採れる状態なら、解麻痺薬を飲んだ方が絶対に回復が早い。何人目かを運んできたハンターが、流れる汗を袖で拭って天を仰いだ。
「身体強化を使っているはずだから、こんなに汗が出るはずじゃねえんだが」
それを聞いてサラもハッと気づいた。
「風がない」
「風がない?」
ネリーがオウム返しに聞いた途端、そよと風が復活し、ほっとした空気が流れた。でもサラは何か違和感を感じた。
「待って。さっきは背中から吹いていたのに、なんで前から吹いているの?」
汗をかいた背中がひんやりして気持ちよかったはずなのに、今は顔に風が当たっている。ネリーも額の汗をぬぐいながら、風が吹いてくる方向に顔を向けた。
「風が変わったのか。まずい! 騎士隊は気づいているのか!」
ネリーにつられて、順調だったはずの騎士隊のほうを見ると、案の定、散布した麻痺薬を逆に浴びたのか最前線の数人が倒れこんでいるところだった。
「おい待て」
その声は後ろのハンターたちから聞こえた。
「あああ、あれは」
その声に異変を感じて後ろを振り向くと、アレンもハンターたちも騎士隊ではなく、沼のほうを見ていた。サラも同じ方に目を向けて、思わず一歩後ずさった。
「か、カエルがいっぱい」
麻痺薬でカエルを大量に麻痺させたはずだった。だが、その後ろからどんどんとヌマガエルが押し寄せてきていた。麻痺薬が草原に残っているのは確かなようで、動きを止めるカエルもいる。しかし、そのカエルを乗り越えて後ろから次のカエルがやってくる。緑の草原は今、一面に茶色で埋め尽くされようとしていた。
アレンが隣でこぶしを作っているが、これだけハンターがいても、押し寄せるカエルをすべて狩れるとはとても思えないほどの量だった。
「おーい」
その時、町のほうから走って来た一団の中に、ハンターギルドのギルド長がいた。一団の中には、ロニーもいる。追加の薬師が来てくれたのだとサラは少しほっとした。
「遅くなった! いや、なんだこれは!」
薬師を連れてくればいいと思って急いでやってきたら、沼からここまで茶色の帯のようにヌマガエルに埋め尽くされていたら、それは驚くだろう。
幸い、麻痺薬に倒れたハンターは全員回収できた。騎士隊のほうを見ると、倒れた騎士を抱えて全速力でこちらに向かっているから、取り残されている人はいないだろう。クリスは治療していた人をそっと地面に横たえると、立ち上がった。
「ギルド長。どうやら麻痺薬にやられたハンターを治療するというレベルの話ではなくなったようだな」
「何であんたがここにいて、前ギルド長が薬師ギルドにいるんだ。聞いてないぞ私は」
「それは町長とクライブに言ってくれ。今はとにかく退避と、町への警告が先だ!」
デリックは何かをぐっと飲みこんで、周りを見渡し、すぐに指示を出し始めた。
「これだけの数はここでは倒しきれない。いったん町の手前まで引いて、態勢を立て直す! 動けない者は急いで町まで運んでくれ!」
クリスに解麻痺してもらった最後の人も、身体強化した仲間に軽々と運ばれて行った。残ったのはサラたち一行とクリスとギルド長だ。その時、町から、
「カーン、カーン」
という鐘の音が鳴り始めた。
「あれは?」
「ヌマガエルが町まで来るかもしれないから、建物の中に入れという合図なんです」
サラの疑問にロニーが答えてくれた。
「じゃあとりあえず一安心だね」
サラはほっと胸をなでおろした。
「さあ、私たちも戻ろう」
急ぎ足で戻ると、町の手前には、先に戻ったハンターたちがずらりと並んでいた。いったん引いたが、ヌマガエルを町には入れないぞという気概が強く感じられて、サラは胸が熱くなる。
「心配したぜ。あんたたちは仲間の恩人だからな」
温かい言葉をかけられたのも嬉しかった。振り返って、ハンターたちと同じ視点で草原を眺めてみると、ヌマガエルはまるで人を追いかけてくるように町を目指していて、一本の帯になって続いている。だが思ったより幅が狭い。
サラは考えてみた。
自分は怖がっているだろうか。いや、まったく怖くない。大きいヌマガエルは気味が悪いとは思うが怖くはない。
ではこの状況で自分には何ができるだろうか。数匹のヌマガエルなら、バリアで閉じ込めることはできた。だが、その数が多くなったらどうだろう。
今まで魔力切れで苦しんだことは一度もない。バリアが効かなかったことも、魔法が思い通りにならなかったことも。
「私なら、たぶんできる」
「サラ?」
クリスがサラの方をいぶかしげに見たが、サラは気にせず町とは逆方向、ヌマガエルのほうにすたすたと歩き始めた。
「サラ! ネリー、アレンも、何をしている! サラを止めてくれ!」
クリスの声が草原に響くが、二人はサラのことを止めはしないだろう。十分な広さの場所を確保すると、サラは後ろを振り向いた。
右にはネリーが、左にはアレンが立っている。
「さて、それでは本気を出すとするか」
「俺だって、まだ本気なんかじゃなかった」
二人の言葉にサラは思わず笑いだした。
「アレンたら、さっきだって本気だったでしょ」
「うん。まあ」
この状況で笑い合ってる三人を、ハンターたちは呆気に取られて見ている。
「じゃあ、やってみる」
サラはヌマガエルの群れに向けて両手を突き出した。
「ああ。好きなだけやってみろ」
ネリーの信頼のこもった声を背に聞きながら。いつだって実践派なのだ、ネリーは。
口元にほんの少し笑みを浮かべたサラは、ヌマガエルを見て考えた。
終わりの見えない群れに対して、丸くバリアで覆っても仕方がない。バリアをヌマガエル側に半球に作る。同時に地面を冷やして動きを鈍くする。
この作戦で行こう。
「バリア」
ビーンと弓をはじくような気配がして、目に見えない巨大な盾が出来上がった。サラはかすかに頷いた。よし、行ける。そして次に、その盾までの地面の温度を急激に下げていく。ピキピキと音を立てて、地面が凍りついていく。
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明後日はマグコミで転生幼女コミカライズの更新です