キャンプの準備
「町に出ることを考えると、次に必要なのはこれだな」
そう言って次にネリーが買ってきたのは、結界の魔道具だった。といっても、平たい小箱が四つ。重ねて持ってもサラの片方の手の中に納まる小さなものだ。
「これが簡易結界を作る魔道具だ。自分の周り四隅に置くと、小屋と同じように結界が張れる。ワイバーンでも防ぐことができるぞ。ただし、範囲はおよそ二メートル四方。一人用だ。くっつけば二人でも使えるけれども」
「じゃあネリーと一緒なら一組でいいね」
「うむ」
サラの言葉にネリーはほんのりと赤くなった。
「パーティー用に、範囲の広いものもあるが、何かがあった時のために一人ずつ持っていたほうが安心だ。ただな」
「ただ?」
まだ何かがあるのだろうか。
「一組、五〇万。どうする?」
最初、ネリーは何もかもをサラに買ってくれようとした。小屋の管理のお礼だからと。こんな辺鄙なところまで、家事をしに来てくれる人はいないのだからと言って。それこそ黙っていたら収納袋も一番大きいのを買ってきたことだろう。
しかし、それはちょっと違うとサラは思うのだ。サラに全く働く力がなかったら、あるいは日本だったらサラも遠慮なく大人を頼ったかもしれない。
でも、薬草採取をすれば、それなりにお金になることが分かった。今貯めているスライムの魔石も、売ればいいお金になるという。
それなら、自立するためのものは自分でそろえたい。
そう主張するサラに、せめて衣食住は自分に出させてくれ、料理を作ってもらっているだけでもありがたいのだからとネリーがいうので、そこはお願いしている。といっても、だぶだぶの衣服なので、衣に関してはいまいちだと、サラは自分の格好を見て苦笑した。
「買うね」
「そうか」
実はバリアを張ることができたおかげで、サラの移動範囲はかなり広くなっている。とはいっても、まだ小屋から半径五〇メートルくらいなのだが、小屋から見える木立や岩のところまで出かけられるようになった。
そうすると、今まで薬草くらいしか見つけられなかったのに、毒草の群生地や、魔力草の生えているところも見つけられるようになった。
つまり、毎回売りに行ってもらう薬草の代金が、一回当たり五万から一〇万くらいに増えているのである。結界箱の代金なら、三か月ほどで支払いができてしまう。
「結界箱ができたのなら、次はテントかなあ。ネリー、移動に必要なものって?」
「サラは体力がないから、夜必ず休まなければならない。簡易結界で雨ははじくから、外が見えるようテントはないほうがいい。収納袋はあるから、少しかさばるが、夜は心地よく休めるよう、厚手のマットと毛布。それにランプ、携帯用の調理器具。水入れなどだな」
「調理器具って、収納袋に食事をそのまま入れておけばいいのでは?」
ネリーははっとしたような顔をした。今まで気が付かなかったとでもいうように。
「茶、を沸かすこともあるだろう」
「そうだね」
おそらくネリーは、自分の移動中は早さを優先して食事も飲み物も歩きながら済ませているのではないか。だから、自分がダンジョンに行っていた時のことを思い出して考えてくれている。
「あとはまだ先だけど、食料だね。そういえば」
サラには気になっていたことがある。
「どうしてこの小屋には、備蓄がないの?」
「備蓄?」
ネリーは一〇日ごとにきちんと町に行くから、そのたびにパンや野菜など必要なものは買ってきてくれる。しかし、必要なものを必要な分しか買ってこない。こんなに町から離れているのだから、行けない時のためにたくさん買っておけばいいと思うのだ。
「収納袋があるんだから、たくさん買っておいてもかまわないと思うの。具合が悪くて買い物に行けない時もあるだろうし」
「具合など悪くなったことはないし、怪我もしたことはない。収納袋にはぎりぎりまで魔物の素材を入れておきたいから、それ以外のものを入れておくという気持ちはなかったよ」
ネリーはあんまりに強すぎて、いざというときのことを考えない性格のようだ。
「蓋つきのスープ用の水筒とか、お弁当箱とかはある?」
「ダンジョン用の簡易食セットならギルドに売っている。かごに、蓋つきのスープカップとパンと、肉の入っている奴だ。買い切りだと三〇〇〇ギル、箱を返却すると一五〇〇ギル返ってくるが、高くてまずいのであまり使うものはいないな。そもそもかさばるので、それくらいなら魔物の素材を持って帰るから」
「お弁当箱あるんだ! 洗って自分で再利用できないの?」
「できる、と思うが。みんな食べたら迷宮に捨てていたぞ。その分魔物の素材を」
どれだけ魔物の素材を持ち帰りたいんだとサラはあきれてしまう。しかし、サラの欲しいのは移動中に面倒がない食事であって、別に魔物の素材を入れておくスペースを確保する必要はない。
野外で調理するのは楽しいとは思うが、日本とは違って、おそらく魔物が周りを取り囲む中での食事になる。あまり手間はかけたくない。
「お願い! そのセットも買ってきてほしいの」
「ギルドでの買い物なら、不審がられずにすむが……」
「それから、これからは予備の食べ物も買ってきてほしいの。私の収納袋に入れておくから、ネリーの収納袋を圧迫はしないでしょ?」
「確かに。確かにこれから、もしかしたら町に行かない時が来るかもしれないしな」
ネリーは納得すると、町に出ては、サラの欲しがっているものを少しずつ買ってきてくれるようになった。
まず最初に買ってきたのは、新しい収納袋だ。
「本当は収納箱がよかったんだが。収納袋や収納箱は収納袋にいれられないからな。さすがに山道を抱えてくるのは無理だった」
「収納箱?」
収納袋を収納袋に入れられないというのは初めて聞いたが、確かにそうでないと無限に物がしまえてしまうということだから、わからなくはない。それにしても箱とは何だろう。
「備蓄と言われて思い出したのだが、確か普通の家では、収納袋の代わりをする箱をおいてあるはずだ。そのほうが便利だからな」
収納箱というのは、大きな段ボール箱くらいの大きさで、蓋が開け閉めできる形になっているそうだ。
「袋型だと家では使いづらいので、わざと大きくしているそうだ」
容量は一番小さくて、ワイバーン一頭分だ。この単位、いつ聞いても変だなあと思うサラだった。
「なあ、サラ」
ネリーが、何かを楽しみにしているような顔をした。
「なに?」
「いつか、そういつか。サラが一緒なら、私も町に住めるかもしれないんだ。そしたら、その時には収納箱を買おうな」
サラと一緒ならというのが気になったが、踏み込んで聞けそうな雰囲気ではなかった。ただ、今までサラは、ここから動けないネリーの迷惑にならないように、早く一人で暮らさなきゃと、そればかり考えていた。一緒に暮らせるなんて考えたこともなかったのだ。
ネリーと一緒に暮らしながら、町でそれぞれに働く。そんな未来があるのなら、それはとてもうれしいことだ。
「一緒にいてもいいの?」
「もちろんだ! 一生自立なんてしなくていい」
「ネリーったら、ダメなお父さんみたいなこと言ってるよ」
サラは苦笑したが、未来が少し開けたような気がした。
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