クリスの苦労とは
来週25日、3巻発売!
クリスは両手を広げて微笑んだ。
「いいではないか。これで私たちは自由なんだぞ。観光をしてもいいし、買い食いをしてもいい。そうだ! ハンターギルドまで行ってみよう。あそこらへんにお勧めの食堂があったのではなかったか」
「ハンターギルドの斜め前の跳ねガエル亭って言ってました。でも」
大事な情報は忘れないサラは、それでも気になってちらりと薬師ギルドのほうに目を向けた。
「テッドのことが気になってるのかな。では歩きながら話そうか」
クリスに誘われて、二人で並んで大通りを歩き始めた。すれ違うハンターには、解毒を通して顔見知りになった人もいて、サラとクリスに手を上げたり、目礼したりしてくれる。ずっと薬師ギルドにこもっていたはずなのに、いつの間にかカメリアの町の人にとって当たり前の存在になっていたことに気づいてサラは面映ゆいような気がした。
「この数週間、カメリアを支えたのは私たちだ。誰が何と言おうともな」
「はい」
「テッドだが」
サラは並んで歩くクリスを見上げた。そこが聞きたかったところだ。
「このままカメリアに残ることになった」
「ええっ? だって、こういったらなんだけど、クリス派じゃないですか。あの元ギルド長のようすを見ていたら、絶対いじめられますよ」
別にテッドの心配をしているわけではない。ないが、知り合いのいないところで一人で頑張るのはとてもつらいことをサラは知っている。それにクリスを慕って付いてきたのではないのか。
「カメリアに来て町長から話を聞いた時、私がここに長くはいられないことはすぐに理解した。もちろん、テッドも理解した。だが、テッドは父親に許されたのがカメリアまでなんだ」
「町長の息子の立場って、そんなに重いものなんですか?」
町長の息子といっても、テッドを見ているとお金持ちのお坊ちゃまであること以外の価値はないように思える。
「そうだ。町長はつまり、地方の領主ということになる。世襲制であり、下手な貴族より力がある」
「つまり、テッドはローザの次の町長ってこと」
クリスはフッと笑った。
「そうだ」
「うーん。ローザの町の将来が不安です」
クリスは今度はおかしそうにハハハと大きな声で笑った。
「不安だな」
「そこは否定してほしかったです」
尊敬する師匠にまで不安と思われているとは。
「この先も私に付いてきたくても父親との約束で無理。私がカメリアに残れないと決まった時点で、テッドにはローザに帰るしか選択はなかったんだよ。だが、それはいやだったんだろうな。カメリアに残ると言い出した」
親から離れたいという気持ちはサラにもわかる。
「テッドは大丈夫だ。あの神経の太さだぞ」
「クリス……」
「この町の町長もちゃんとテッドの素性は知っている。正直なところ、クライブには同じ薬師として腹は立っているが、テッドが私からの置き土産だと思うと少しは胸がすく思いがするよ」
「いや、クリス、それはひどすぎませんか」
クリスはまた大きな声でハハハと笑った。
「あれが部下でどれだけ私が苦労したことか。思い知るがいいのだ」
クリスもやはりテッドでは苦労していたんだなとサラは生ぬるい気持ちになった。
話しているうちにハンターギルドが見えてきた。その反対側には、食堂と思われる店がいくつか並んでおり、広い歩道を挟んで道路側に屋台も出ている。
「おや、あれは」
すっかり食堂のほうに引き付けられていたサラは、クリスの言葉にハンターギルドのほうに目を戻した。
入口から揃いの装備を身に着けた人たちがわらわらと出てくるところだった。サラははっと目を見開いた。あの装備には見覚えがある。
「王都の騎士隊だ。クリス、私ちょっと」
サラは不自然にならない程度の急ぎ足で、食堂と屋台の間の人波に紛れ込んだ。
クリスも一足遅れてさりげなくついてくる。
サラとクリスが屋台の隙間から騎士隊を見ていると、珍しいからか周りの人も皆騎士隊を眺めて、噂話に花を咲かせている。
「騎士隊だ。なんでも大規模に魔物に使える麻痺薬を開発したとかで、ヌマガエルの討伐に協力してくれるそうだぜ」
「へえ、麻痺薬ってくらいだからカエルが動けなくなるんだろうな」
それを聞いてクリスが眉をひそめた。
「麻痺薬だと」
ネリーを連れ去る時に使ったものを本格的に魔物に使おうとしているのに違いない。
サラは騎士隊の中に、自分の見知った顔がないのを確認してほっとしたが、自分が使われた時のことを思い出して嫌な気持ちになった。そしておそらく沼に向かうであろう騎士隊の背中を見ながら、ふと気がついた。沼にはアレンもネリーもいるではないか。
「クリス」
「ああ」
「騎士隊、魔物だけに麻痺薬を使えると思います?」
「無理だろうな」
クリスはサラを見下ろしてため息をついた。
「つまり、解麻痺薬が多量に必要になるということだ」
「はい」
そして解麻痺薬など、潤沢に用意している薬師ギルドはローザくらいなものだ。それもネリーとサラに麻痺薬が使われるという衝撃的な事件があったからだ。
「沼にはネフもいる」
「アレンもです」
サラはすかさず付け加えた。忘れてもらっては困る。そして二人で肩を落とした。
「ポーションはどこで作ってもまあほどほどの物はできるが、麻痺薬や解麻痺薬は、できれば薬師ギルドで作りたい」
「ですよね」
本当はこのまま知らなかったことにしたい。でも、ネリーとアレンが狩りに出ている限り、自分たちも当事者なのだ。
「戻るか」
「はい。でもその前に」
サラは先に行っているよう、クリスに合図すると、そこら辺の屋台を片っ端から回って注文をした。だって悔しいではないか。名物を一つも食べていないなんて。
注文を終えて走って戻ると、クリスがちょうど薬師ギルドに入るところだった。
「ちょっと入りにくいですね」
「ここはテッド方式でいくしかない」
「テッド方式?」
「マイペースに、自分勝手に」
それはクリス式ではないのかと言いたい気持ちを抑え、サラは薬師ギルドに入るクリスの後ろについて行った。
が、案の定、薬師ギルドの中はてんやわんやだった。
「昨日まではここで解毒してくれたんだ!」
と叫ぶハンターの横には毒を受けてふらふらしているハンターがいる。
「それなのに解毒薬も売れないってどういうことだよ!」
とカウンターを叩くハンターがいる。受付はロニーではなく見知らぬ薬師で、おろおろするばかりで何の役にもたっていない。
「失礼する」
クリスはポーチから手持ちの解毒薬を出すと、苦しんでいるハンターに次々と治療を施した。治療を終えると感謝を受けても表情を変えず、呆然とするカウンターの薬師にも目もくれずするりと作業場に入り込んだ。サラは当然引っ付き虫のように付いていく。
作業場を見ると、中にはギルド長もおらず、テッドとロニーがもくもくと解毒薬を作っているばかりである。
発売間際なので、次は月曜日に更新します。




