招かれ人の底力
コミカライズ二話がマグコミさんで更新されています。サラとネリーのくるくる変わる表情がかわいいです。
それと、8月25日3巻発売です!
次の日は朝から薬師ギルドに出たのでクリスとロニーに驚かれたが、同時にほっとしたようすもうかがわれた。気がきいて、てきぱき動けるサラは貴重な人材なのである。密かに自画自賛するサラにテッドが苛立った目を向けてきたが、気になんてしない。
「まだ時間があるから、薬草でもすりつぶしていろ」
「はーい」
こんな不愛想な指示にもさわやかな対応である。サラの手伝えることは基本的に解毒剤を瓶に移すことなので、それまではせっせと薬草をすりつぶすのだった。
その日は、いつもよりたくさんのハンターが薬師ギルドを訪れた。カメリアのハンターは解毒薬の在庫がないことを知っていて、直接治療してもらう人しか訪れなくなっていたが、どうやら王都から新しいハンターが来ているらしい。
「解毒薬がないってどういうことだよ!」
「申し訳ありませんが、在庫がないんですよう」
怒鳴るハンターたちにロニーが謝罪しているが、事情を説明しないのは、ヌマガエルの発生数が多いのにもかかわらず薬師がいないという現状を示したところでハンターが納得するわけでもないからだろう。
昼過ぎにハンターギルドのデリックが疲れた顔でやって来た。
「王都のハンターギルドに出していた求人に応じてくれたハンターがやっと来始めたんだが、解毒薬がないと大騒ぎでな。なんとかならないか」
「ふむ。申し訳ないが」
クリスが鍋から目を離さずに答えている。
「うちにも昨日やっと薬草類が届いたので、今までより作る量を増やしていくつもりだ。それでもそれは少しでも予備に回したい。カメリアのハンターたちは一週間、解毒剤の販売なしでやってきたのだから、王都のハンターにもそうしてもらうしかない」
「だよな」
諦めてとぼとぼ帰っていく羽目になったのは気の毒だったが、薬師ギルドとしてもそれどころではなくなった。その日の午後から解毒を求めるハンターが増え始め、せっかく増産した解毒剤もすぐに使われてしまう状況で、ストックなどできようはずもない。
「ついに私もヌマガエルを狩ることになってしまった」
屋敷に帰って夕食を済ませると、ネリーが少し気落ちしている。
「やっと? って言うか、今まで狩ってなかったの?」
「あまりな。他のハンターが狩るのを見るだけで面白かったし、アレンの成長も楽しくてな。それにヌマガエルは手ごたえがない。いや、弾力という意味では手ごたえはあるが、何しろ弱すぎる」
「そうなんだ」
「違うからな」
ヌマガエルは弱いのかと納得しそうになったサラにアレンがすかさず突っ込みを入れた。
「表面に弾力があって打撃を吸収するし、混戦になるから大きな魔法も使いにくい。初心者じゃ絶対倒せないけど、ベテランだとたいしてうまみもないっていうツノウサギみたいな奴なんだよ。まあ、俺は倒せるけどな」
最後はほんのり自慢になっていてサラは笑ってしまった。
「なあ、サラならどう倒す」
「私?」
アレンが珍しくそんなことを聞いてきたので、サラはヌマガエルを思い浮かべてみた。
「まず触らない。これ大事」
「それじゃ倒せないだろ」
誰もがアレンみたいに殴るわけではないと思うのだ。となると、魔法しかないが、サラはスライムとゴールデントラウト以外を魔法で積極的に狩ったことはないので、想像力を働かせてみる。
「一匹ずつならスライムを倒すみたいに高温の炎かなあ。いっぺんにやっつけようと思えば、ゴールデントラウトを狩る時みたいに雷を落とすけど、そうすると周りのハンターも皆やられちゃうし」
「怖くないやり方にしてくれよ」
なぜだかネリーは笑っているし、テッドは冷たい目をしているしで納得がいかないサラではあったが、それならばとぽんと手を打った。
「じゃあ、ハルトのやったやつはどう? えっと、流星雨だっけ。天から炎の雨を降らせるやつ」
「ハンターに当たっちゃうから駄目だろ。っていうかサラもできるのかよ」
「たぶん」
あきれたような目で見ないでほしい。狩りについての話題だからか、珍しくネリーも積極的に参加してきた。
「魔法師一人で戦うとなるとどうしても大規模魔法になりがちだ。私が作戦を考えるならサラには補助に回ってほしいと思う。例えばゴールデントラウトはサラが気絶させたものを私が剣で倒しているだろう。あんなふうにヌマガエルの動きを鈍くできれば、初心者でも倒しやすいだろうな」
「ネリー、作戦とかかっこいいよ!」
「そうか?」
照れるネフも美しいとか、傍らで聞こえてくる声もあるがそれは無視する。まるで指揮官のような語り方にサラは目をきらめかせた。
「そういえばロニーが冬はカエルはあまり動かないって言ってたね。なら冷やしたらいいのかな」
寒いと動かなくなる生物はたくさんいる。
「サラのように飲み物を冷やしたり、簡単に氷を作れるものなどめったにいないのだぞ。ヌマガエルを冷やすとしても、せいぜい一匹というところでは意味がなかろう」
クリスが冷静に指摘してくる。
「カエル本体でなく周りを冷やそうとすると冷気が流れてしまうからね。でも」
サラは冬に野宿した時は、バリアで体を覆ってその中を熱で温めている。であれば、バリアで包んで冷気を流してもいいわけである。
「バリアを張ってそこに冷気を流し続ければそこそこ広範囲行けるかもしれない」
「ふむ。ではやってみよう」
サラはネリーに冷たい目を向けた。久しぶりに聞いた『やってみよう』である。でも、確かに面白そうだ。
「じゃあ、この食堂全体に、バリア」
バリアの形は自由自在だが、食堂全体というよりは皆が席についているテーブルを丸く覆うようにバリアを張る。
「冷気」
冷蔵庫のひんやりした空気を思い出し、その空気でバリアの中を満たしていくイメージだ。
「ハハハ。さすがサラ。涼しいな。いや、寒いぞ」
ネリーが楽しそうだったのは一瞬で、バリアの中は一瞬で冷えてしまい、テッドなどガタガタ震えているではないか。
「バリア解除! 拡散!」
慌ててバリアを解除し、冷気を拡散した後、バリアなしにほんのりと食堂の空気を温めた。
「サラお前! 俺の大事な体を何だと思ってる!」
「ごめん、テッドのことはあまり考えてなかったよ。クリスとネリーは大丈夫?」
「俺の心配は?」
アレンもテッドも若いから大丈夫だろう。クリスは冷気を振り払うかのように頭を振り、そして仕方がないなというような笑みを浮かべた。
「私のことは年寄り扱いしなくてもよい。サラ、煽るようなことを言って悪かったな。魔力が枯渇してつらいことはないか」
「大丈夫です」
「さすが招かれ人だな」
「もちろんだ。うちのサラだからな」
返事をしたのはサラではなくなぜか自慢そうなネリーだ。
「体が冷えたから、温かいお茶を入れてくる。待ってろ」
席を立って台所に向かったのはテッドだった。体が冷えたというのは言い訳で、なんだかお茶を入れる口実のような気がした。
「え、私の分もあるかな」
「あるだろうな。最近お茶を入れるのにはまっているようだから。今は自分の手でいろいろなことをするのが面白い時期なんだろう。隙あらばお茶を持ってくる感じだぞ」
今度のクリスの微笑みはなんだか優しかった。それでこの間、屋根裏部屋まで飲み物を持ってきてくれたのかと、サラとアレンは顔を見合わせて納得したのだった。