屋根裏での小さなお茶会
コミカライズ二話がマグコミさんで更新されています。サラが初めて結界を作るところですが、高山オオカミがあちこちに出てくるのが楽しいですよ!
それと、8月25日3巻発売です!
二人の子連れで不愛想、しかもシーズン半ばに知識もなくやってくるハンターなんて不審には違いない。ネリーは本当に言葉がたりない。それでも、魔の山を出てもこうして大きな問題もなくことができているのだから、問題はない。サラの気持ちはこれに尽きる。
「ネリーが有名なおかげでここで安心して暮らせるなら、面倒がなくて嬉しいな」
「そうか? サラがいいならそれでいいか」
ニコニコと笑うネリーを前にすると、サラは今日一日の作業場での疲れも吹き飛ぶ思いだった。
「クリスとテッドだけではなく、サラのおかげで薬師ギルドのほうは本当にぎりぎりですが回りそうです。今がちょうどシーズンの半ばで、これから少しずつヌマガエルも減っていくはずですから」
ロニーの言葉を励みに、それからサラは頑張りぬいた。丘までの往復の時間ももったいないから、採取する魔力草の数を増やして一日おきにした。
解毒薬がギリギリ足りそうだとはいえ、ギリギリの状態では何かあった時にこころもとない。ほんの少しでも予備になる解毒薬を作ろうと、クリスもテッドもロニーも必死で作業したし、治療に来るハンターへの解毒もぎりぎりを見極めて節約していた。
そうして一週間もたつと、サラは不本意ながら解毒薬の微妙な味の違いも少しずつ分かるようになり、余った時間にポーション用の薬草のすりつぶしの実践の訓練まで始まってしまった。サラに手伝えることは限られているので、ついでに薬師修行をさせようということなのだ。
この一週間ですっかりロニーともクリスとも仲良くなってしまったので、断るにも断りにくい。しかも教えてくれるのがテッドなのが微妙である。
「何かを新しく学ぶのは好きなんだけど、先生がテッドだからね」
こっそりアレンに愚痴るくらいは許してほしいとサラは思う。結局クリスの借りている屋敷に泊まらせてもらっているサラたちだが、夕食の後こうして屋根裏にきて窓の外の夜の町を眺めながらおしゃべりするのが習慣になっている。
「俺なら嫌だね。サラは断れない人だからなあ」
「そんなことはないんだけど。それしかないって場合、断るのが難しいよね」
相手や周りの状況など無視すればいいという考えもある。だが、解毒薬がなければ苦しむハンターがいるかもしれないのに、テッドが嫌だからロニーにしてくれとは言いにくい。それに認めるのは癪に障るのだが、ロニーよりテッドのほうが教えるのがうまいのも確かだ。
「アレンのほうはどうなの」
「うん。俺自身はいい感じ。ヌマガエルは弾力があるから、いかにこぶしに力をのせるかって言うのをずっとやってて、成果も出てる。けどな」
「けど?」
何か問題があるのだろうか。
「この間、少しずつヌマガエルが減る時期だってロニーが言ってただろ。でも、むしろどんどん増えてきてる気がするんだよ。毒にやられて撤退していくハンターもよく見かける」
「それで解毒薬のストックができないのかな」
サラは手伝ってはいても、売買には関わっていないので正確な数はわからないが、相変わらず厳しそうな状況だ。
「そういえばネリーはどうしてるの?」
「時々自分でも何かを試すように狩りをしているけど、大抵は俺の狩りを見たり、全体のようすを見たりしてる。俺にはたまにボソッとアドバイスをくれるけど、正直よくわかんないんだ。グワッと集めてシュッとするとか言われてもな。でもなんだか楽しそうだよ」
ネリーは魔の山では毎日たんたんと狩りをしていた。魔物を減らすというノルマをこなしていたからだが、今は狩りのノルマなどない。アレンに教えると言っても、結局は本人が鍛錬するしかないわけなので、のんびりした生活を楽しんでいるといったところだろうか。
その時、かすかに誰かがギシギシと階段を上ってくる音がした。
「よう」
ネリーかクリスかと思ったら、意外なことにテッドだった。
「こんなところがあったんだな。うちの屋根裏と比べるとずいぶん狭くて物がない」
「これだから金持ちは」
思わずアレンが突っ込んでいるが、テッドは気にも留めずにゆっくりと近づいてくると、アレンの隣にすとんと座り込んだ。そのまま黙ってポーチから湯気の立つカップを三つ出してきた。
「お茶。砂糖入り。ん」
飲めということなのだろう。まるでお茶会の時に飲むような上品な陶器のカップを、サラもアレンもおそるおそる受け取った。
旅の初めに謝罪されたとはいえ、特に仲が良くなったわけでもない。サラは薬師ギルドで毎日一緒なので慣れているが、今のところアレンとは顔見知り程度の距離感である。仲がよかろうが悪かろうか、気に留めずにずかずか踏み込んでくるのはある意味テッドのよいところなのかもしれない。サラは熱そうなお茶にふーっと息を吹きかけると、素直に口にした。
「ん、おいしい」
サラは普段は砂糖の入っていないお茶を好むが、疲れているときは甘いものもいい。誰も何もしゃべらず、屋根裏にお茶をすする音だけが響いた。不思議と心地よい空気だった。
「今日王都から薬草類が届いたのを見たよな。サラは明日は朝から薬師ギルドに出てくれ」
「いいけど。業務連絡なら明日の朝でもいいのに」
魔力草を採取する必要がなくなったから、朝からポーションづくりの手伝いをお願いするということなのだろうだが、別に明日でもよかったはずだ。
「前より解毒薬の消費量が増えてるんだ」
「確かに作っても作ってもストックができないって言ってたけど」
魔力草も届いたのなら、明日からたくさん作ればいいのではないか。テッドはかすかに首を横に振った。
「今までもサラの採取してくる魔力草に見合う解毒薬を作るので精一杯だった。いくら魔力草があっても、薬師三人ではできることはたかが知れてる。通常一〇人で半年以上かけてストックを作るものだからな」
「テッドが私について薬草をすりつぶしていたのは?」
「あれは休憩みたいなものだ」
余裕があったから教えていたのとは少し違うようだ。
「明日から今まで以上に量産体制に入る」
「でもさ、もうシーズン半ばを過ぎたって、ロニーが言ってただろ。解毒薬が必要なハンターは減ってるんじゃないのか」
さっきはヌマガエルがどんどん増えてる気がすると言っていたのに。アレンはとにかく反論したかっただけというのはテッドにも伝わったようで、アレンをじろりとにらんだ。
「アレン。ヌマガエルは減っているか?」
そう聞かれたら正直に答えるしかない。アレンはふうっと息を吐いた。
「いいや。むしろ増えてる気がするって、さっきサラにも話してたとこなんだ。見ている限り、毒にやられて途中退場していくハンターも少なくない」
「やはりな。嫌な予感がするんだ。いや、予感じゃなくて、毒にやられたハンターのようすと解毒薬の動きから見た推測だが」
サラもアレンも静かにテッドの言葉を待った。
「おそらく、ヌマガエルがあふれて町になだれ込む。なだれ込んだって家に閉じこもっていれば何とかなるが、ハンターはともかく、一般の町人が対処できるかどうか。大騒ぎになるぞ」
「それが言いたかったのか?」
「ああ。クリス様もネフェルタリも、言葉が足りなすぎる。きっとお前たちにははっきり言わないだろうと思ってな。覚悟しているのとしていないのとでは、できる対応が全然違う」
それを言うためにわざわざ探しに来てくれたようだ。なんとなく感じていた不安をはっきり言葉にしてもらうと、確かに明日からの気持ちの持ち方が変わるような気がした。
「ありがとう」
「別に」
テッドはふいっと顔を背けると、カップを持ったまま戻っていった。
「変な奴」
アレンの言う通りなのだが、不器用ながらも親切にしてくれたのがサラはなんだか嬉しく、お茶の温かさが心にまで伝わってきたような気がした。