狛犬その1は今日もがんばる
8月25日、「転生少女はまず一歩からはじめたい」3巻発売!
詳しくは活動報告に書いてます!
「今は忙しくて、一人でもハンターが多いほうがいいから歓迎されるのかと思っていました」
「それはもちろん、ハンターは多いほうがいい。しかし、ヌマガエル狙いならもっと早くに来ているはずだし、中途半端な時期に、滅多にいない子連れの美しい女性ハンターときたら、不審に思うのが当然だろう」
「そうなんですねー」
それをぶつぶつサラに言われても困る。サラは話を聞きながら次の岩に移動し、また魔力草を見つけていた。これで三本目だ。
「じゃあネリーのほうに行けばよかったのに」
「どう見ても子供一人のほうが危険度が高いだろうが。案の定オオカミに襲われてるし」
監視と言っていたが、結局危ないから心配でついてきてくれたらしい。
「赤毛の美しいハンター、しかもローザといったらネフェルタリかと思うが、名前が違うし、子連れだし、魔の山の管理人をしているはずだし」
サラは薬草を探しながら親切に教えてあげた。
「あ、ネリーって呼ばれてますが、彼女がネフェルタリですよ」
「は?」
「ネフェルタリ。友人のクリスがカメリアに行くって言うからついてきたんです。で、私の保護者。アレンの師匠となります」
これで疑問は解決しただろう。サラは親切な自分に満足そうに頷いた。
「ま、魔の山はどうするんだ」
「あ、それも。招かれ人が魔の山の管理人をやりたいって来てくれたから、交代してきました」
ローザを出てから二週間たっているし、もう王都には情報が行っているだろうから、ここでばらしても十分だろう。
「情報ありすぎだろう」
デリックはかがんで薬草を探しているサラの隣に力なくしゃがみこんだ。
「ネリーが来て何か困ることでも? 強いハンターが来たら助かるんじゃないですか?」
「助かるさ。だけど、赤の死神とも女神とも言われているハンターだぞ。有名すぎて、腰が引けてしまうだろうが」
サラはあきれてしまう。仮にもギルド長ともあろうものが、強いハンターに対して腰が引けるとか言うなんてと思う。しかも、サラはネリーの身内だというのに。
「ネリーは普通によい人で、強いハンターですよ。行動を制限したりせずに好きなように狩りをさせておけば何の問題もないと思います。アレンも魔の山を往復できるだけの力はありますから。あんまり心配すると」
髪が後退しますよと思わず言いそうになったサラだが、何とか口を閉じた。
「魔の山の往復ができる少年に、ないはずのところから魔力草を探し出す少女を連れた赤の女神」
その言い方はなんだかかっこいいなあと思うサラであるが、また魔力草を見つけた。これで四本目である。
「で、その少女はネフェルタリにどこで保護されていたのかな」
「魔の山ですよ」
「だよな」
「魔の山は薬草が豊富なんです。私は薬草を売って暮らしているので」
薬草を採取するためにかがみながらもサラは胸を張った。そして五本目を摘んだ。ついでに近くに生えていた薬草も摘み取る。一つの岩の周りに魔力草が二本ずつ生えているとすれば、この丘全体でそこそこの数があるということになる。
「もしここで魔力草を採取する人がいるなら、その人と交代してもいいですよ」
サラはカメリアには長居しないような気がしていた。ヌマガエルのシーズンが過ぎたら、アレンのためになるダンジョンのある町へ移動するのではないか。そしてサラはどこに行ってもこうして薬草を探しているような気がする。
それならばこの採取場は秘密にしておく意味がない。
「いや、そもそも薬草の生えにくい湿気の多い土地だから、薬草採取を仕事にしているものはいないんだ」
「じゃあ、いつか必要な時のために、デリックが覚えていてくださいね。この丘は比較的乾燥しているから、少ないながらも魔力草があり、ところどころに薬草もあるってことを」
「ああ、ありがとう。だがこうして君一人でも魔力草を取りに来ているということは、ロニーの言っていた通り、本当に魔力草が足りないんだな?」
「はい」
サラは深く頷いた。
「わかった。ハンターギルドも魔力草の注文を急がせることにする。さて、そろそろ戻るぞ」
「え? 戻りませんよ」
「だが、先ほどのオオカミはまだ近くにいるはずだ」
「ああ。大丈夫です」
サラはにっこり笑った。
「草原オオカミは高山オオカミより弱いんですよね。私のバリア、つまり結界は、魔の山の高山オオカミも防ぐんです」
「まさか。それが女神の眷属の力というわけか」
サラはまるで自分が神社の狛犬になったような気持ちがした。ネリーの左右にアレンとサラ。また笑い出しそうになったが、我慢する。
「魔の山で暮らしていたら、自然にそうなったんです。あの、心配してきてくれてありがとうございました」
「なあに、たいしたことではない。では、私は戻るか」
デリックは憂いが晴れたのか軽い足取りで帰っていった。サラはといえば、魔力草を一〇本見つけてから、次の日の採取のあたりまでつけてやはり軽い足取りで町に戻ったのだった。
町に戻る前にネリーとアレンのようすを見ていこうかと思ったが、やはりカエルには心が動かなかったので、寄り道せずに薬師ギルドを目指す。
ちょうどお昼前で、ハンターたちがほとんどカエル狩りに行っている時間のせいか、薬師ギルドの前に人はいなかった。
「こんにちは!」
誰もいない店内で大きな声であいさつすると、作業場からロニーが顔をのぞかせた。
「解毒薬は売らないよ、って、サラじゃないですか。おかえりなさい」
「ただいま。少しだけど魔力草を見つけてきました」
「ええっ! ここら辺には生えていないはずなのに。いったいどこで? いえ、これは聞いてはいけないことでした」
サラは首を横に振った。
「いいの。この町にとって大切なことだから。町の南東の丘の、岩がぼこぼこしているところに生えていたよ」
「あんな遠いところにですか! よくこの時間に戻れましたね……」
「乾燥してそうなところって言ったら、そこらへんしか思いつかなかったの」
魔力草と薬草を出してロニーに託す。ロニーは大切そうに受け取るとすぐに作業場に持っていった。サラはひと仕事終えた自分に満足し、薬師ギルドを出ようとした。これから夕方までは自由行動ということでいいだろう。一人でお店に入るのは少し怖いから、屋台か何かを探してお昼にする。そして町をぶらぶらしようと胸を弾ませた。しかしその予定はテッドの声で崩されてしまった。
「サラ! なんですぐに作業場に来ないんだ」
「ええ? 私これから観光に」
「そんな暇はない」
カウンターの向こうからすたすたと出てきたテッドに背中を押され、サラは作業場に入ってしまった。
「クリス様、サラを連れてきました」
サラはまさに連行された心境である。
「うむ。ではサラ、昨日のように解毒薬を濾して小分けにする作業だ」
「ええ、私観光に……」
当然のように仕事を分け与えられたサラは、忙しそうな三人を前に遊びに行きますとは言えない雰囲気にのまれ、つい手伝いを始めてしまった。真面目でかつ流されやすい性格なのは自覚しているし、一人で観光していたらそれはそれで罪悪感にさいなまれていたような気もするから、これでよかったと自分を慰めるしかない。
次回は土曜日に。
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