屋根裏部屋
次の朝、サラの目が早く覚めてしまったのは、あまりに静かだったからだと思う。客室にサラとネリーの二人きりで、ネリーの気配はするものの、野宿につきものの草原を渡る風の音や生き物の気配が感じられなかったせいだ。
「コツン」
あるいはドアに小さい何かが当たる音が、繰り返し聞こえたからかもしれなかった。
服のまま寝たサラは、置き上がってポーチを身に着けると、まだぐっすり眠っているネリーを起こさないようにそっと部屋を出た。部屋の外にはドアの反対側の壁にアレンが寄りかかって座り、ドアに何かを投げようとしていた。サラはあきれてそれを拾い上げた。
「スライムの魔石だ。なにやってるの」
なんだかおかしくてクスクスと笑いながらアレンを問い詰めると、アレンもにやりとしながら立ち上がって残りの魔石を拾い集めた。
「やっと起きてくれた。早起きして退屈だったんだ。家の探検をしないか?」
「する!」
「ちょっと先に回って来たんだけど、この家地下室があるんだぜ」
「地下室。それは行ってみなくちゃ」
寝ている皆を起こさないように静かに階段を降り、アレンの案内で台所の隅にある狭い階段から地下室に降りた。
「うわっ、広いね」
「俺はそうでもないとか、こんなものだとかは言わないぞ。もともと旅暮らしだから、普通の家は何でもすげえって思うしな」
「そうだよね」
大きなお屋敷の地下室はそれにふさわしく大きめで、ギルドの売店の弁当を入れていたのと同じような収納箱がいくつか整然と並んでいた。
「これが普通の家の収納箱かあ。魔の山にはなかったんだよね」
「魔物の攻撃を避けながらこの大きさの箱を持ち運ぶのはちょっとつらいよな」
そのうち、いつかどこかに住むことになったら、地下室のある家にして収納箱を置くのもいいなと夢が膨らむ。台所を眺めて昨日食事をした食堂を通り、玄関ホールから応接室をこっそりのぞく。
「ギルド長室みたい」
「ほんとだな。お休みの日でもここで会合したりするんだな、きっと」
二階の見学は皆を起こさないようにスキップして、三階へと上がる。整然と客室らしきドアが並ぶ中、一番奥まで歩いたところにおそらく屋根裏に上がるであろう階段と二階へと降りる階段があった。客室からは見えにくくなっているのは、おそらく使用人が目立たないように動くためのものなのだろう。
「魔の山の屋根裏は、非常時に泊まれるような作りになっていたんだよ。なんにもないと思ったらそこに収納袋があってね」
「なるほどな。ちょっと上がってみようぜ。俺が先に行く」
アレンはそう言うなり数段駆け上ると、最後は一歩一歩慎重に上がっていく。上りきったところにドアはなくそのまま広い屋根裏部屋になっていた。
「いくぜ。せーの」
掛け声をかけたくせにサラを待っていたアレンと一緒に階段を上がると、広いスペースの奥には明り取りの大きな窓がある。サラとアレンはその低い窓のそばまで行くと、並んで座った。
窓から外を眺めると、まだ上ったばかりの太陽が町の屋根を照らすのが見えた。
「小さい頃に来たかったなあ。ここに布団を敷いて、自分の部屋にしたら楽しかっただろうな」
でもきっと無理だった。階段の上り下りでも疲れてしまっていた日本にいたころの自分では、せっかく屋根裏部屋があっても楽しめなかっただろう。
「小さい頃じゃなくたっていいだろ」
「うん」
「大人が屋根裏に寝たっていいんだ。ローザの物見の塔の部屋は寒かったけど、特別な感じがしてとても楽しかったじゃないか」
もうずっと前のような気がしていたけれど、そんなことはなかった。二人で窓もない吹きさらしの寒い物見の塔に住んでいたのは、ほんの数か月前のことなのだ。
「そうだね。子どもじゃなかったら自分一人で決められるから、どんなところに住んでもどんな暮らしをしてもいいんだ」
「そうだぞ。大人じゃなくて、一二歳でだって、できる範囲でしたいことをしていいんだ。俺みたいに働かなきゃならない奴もいる。けど、サラは違うだろ。働いても働かなくてもいい。ひがんでるんじゃないからな」
「わかってる」
サラが自分の生きる分は自分で稼ぎたいのは、日本で大人だったから。甘えて暮らすのは経験済みだから、もう甘えなくていいのだ。
「だから、稼ごうとして大人にいいように使われるなよ、サラ」
アレンは窓の外を見たまま膝を抱えている。
「クリスはいい奴だと思うし、薬師になれるならそれはすごいことなんだ。絶対に必要な仕事だし、稼ぎもいいし尊敬される。けど、普通は裕福な家の奴じゃないとなれない仕事でもある」
「そうなんだ」
「テッドだってそうだし、クリスだってたぶんどっかの貴族の出だ。気弱そうなロニーだって、王都では裕福だったから、息苦しくて逃げてきたんだろ。テッドと同じさ」
アレンの口調には少し苦いものが混じっていた。
「クリスに弟子入りすれば、貴族に引き立ててもらったのと同じでちゃんと薬師になれると思う。でも、サラには本当になりたいと思ってなってほしいっていうか。俺の勝手な思いだけど」
「うん」
アレンは別に薬師を目指すなとは言っていない。目指してもいいから、自分で決めろと言ってくれているだけなのだ。
「誰かに流されて仕事を決めるんだったらさ、クリスに流されるんじゃなくて、俺に流されてハンターになってくれよ」
「せっかくいい話だったのに」
「ハハッ。冗談だけどな」
「うん」
本当は冗談じゃないのはわかっているけれど、サラはやっぱり大きな虫はいやなのだった。
「そろそろ戻るか」
「うん。あ!」
サラはやっと屋根裏に来た目的を思い出して、部屋のあちこちに目をやった。何もない部屋だからすぐに収納袋が見つかった。
「あれだ! 袋が三つもあるよ」
「中身を確認してみようぜ」
急いでそばに寄り、それぞれ別の袋に手を差し入れてみた二人は、思わず目を合わせた。
「ベッドとお布団」
「こっちは机とか椅子とか」
「これで今晩はお布団で眠れるよ」
それに、いやがらせが大事にならなくて本当によかったと思うサラである。
8月25日、「転生少女はまず一歩からはじめたい」3巻発売です。
コミカライズもマグコミさんでどうぞ!




