ついに光が
一〇日ごとに町に行くたびに、サラの採取した薬草を少しずつ、ネリーは売ってきてくれるようになった。最初の収穫で買ってきてくれたのは採集用のかごに、小さい収納袋だった。
取っ手のついた長方形のかごは、二段になっていて、下の段は五つの仕切りがあり、上の段は仕切りがない。
「上は一番とれる薬草用。下の段は、左から上薬草、毒草、麻痺草、魔力草、上魔力草用だ。薬草は一〇本で五〇〇ギル。毒草、麻痺草は一本単位で五〇〇ギル。魔力草や上魔力草は、正直あまり取れないが、取れたら魔力草で一本一〇〇〇ギル。上魔力草で一本五〇〇〇ギルだな」
「めったに取れないっていうけど、そこに生えてるよ」
サラは階段の下を指さした。ネリーは興味がなかったために気づかなかったようで、そうかと頭をかいた。
「ここは魔の山だからなあ」
何の理由かよくわからないが、小屋の周りには生えていることは確かだった。
「薬草から作るポーション類は命にかかわるものだから、その時々で値段を変えたりはしないんだ。だから、上魔力草なんてめったに取れなくても、一本五〇〇〇ギルの値段は絶対変わらない。逆に取れすぎても安くはならない。薬草は必ず薬師ギルドで、一定の値段で買い取りをする。覚えておくんだぞ」
「薬草は薬師ギルドで売る、困ったらクリスさんに相談ね」
「そうだ」
そのころには季節は冬になっていて、外に出るのはなかなかに寒かった。結界を魔力で杭打ちして固定しても、寒さで外には長くはいられない。一〇日かけて、薬草が一〇〇本、上薬草や毒草、麻痺草がそれぞれ数本ずつ、運よく魔力草があればそれもかごに揃えて、一回二万ギル前後。
サラが買ってもらった収納袋は、一番小さなタイプだそうだ。それでも三〇万はするのだという。
「ワイバーンが一頭分しか入らないが、最初はそれで十分だろう」
「ワイバーン一頭分って、すごい量だよね」
二メートル以上の鹿を足のかぎづめでつかんで運び去ろうとするような生き物だから、一頭分ということは、小さい部屋一つ分くらいの容量があるということだ。
「ダンジョンに何泊かするようになると、そのくらいではあっという間に魔物の素材でいっぱいになってしまうからな。優秀なハンターはすぐ買い替えることになる」
「とりあえず、収納袋分は稼がなきゃ!」
サラはふんと気合を入れた。まだ一〇歳とはいえ、そのうち自立しなければならないのだ。とりあえずは、収納袋分の借金のために頑張るのである。
しかし、サラには少し不満があった。
ハンターと商人以外は持つことのない収納袋や薬草用のかごなど、ネリーは特殊なものは買ってきてくれるのだが、着替えは買ってきてくれないのだ。そもそもネリー自身がズボンとシャツにベストかジャケットという男性向きの格好をしている。仕事がハンターだから、それは別にいいと思う。
でも一〇歳のサラに、ほぼ大人と同じサイズの服ってどうなんだろう。
「すまん。店の人に、一〇歳用の服をくれと言えなくて」
「せめて大人用の小さいサイズは?」
「入らないのに無理していると思われるのはちょっと」
そんなところでみえを張っても仕方がないと思うのだが。どうやらネリーはあまり人とかかわるのが好きではないらしい。はっきりとは言わないが、たとえハンターであろうと、女性がこんな山小屋に一人いるのも何か深い理由があるのだろうと思うと、サラも事情を聴くのはためらわれた。
いまだに山小屋から数メートルしか出られない自分が、着る服がおしゃれではないなどとぜいたくを言ってはいられないのだった。
そういうわけで、ズボンの裾やシャツの袖は折り返し、ひもをぎゅっと絞ってぶかぶかの服を着ている一〇歳児なのである。
それでも雪のほとんど降らない冬を越し、この世界に来て半年たったころ、春の訪れとともに、収納袋の借金を返すことはできた。
「自分のものだと思うとこの収納ポーチも愛しいなあ」
ぶかぶかのズボンをきゅっと縛った腰についている小さいポーチをそっとなでる。ポーチには、薬草類の入ったかごと、スライムの魔石が入った袋がいくつかジャラジャラと入っているだけだが。ちなみに袋はサラが縫ったものだ。
「魔石はハンターギルドで買い取りをしてくれるんだが、私が売ってしまうと私の収入になってしまう。代理で売ることはできないんだ。それに、私レベルがスライムの魔石を大量に売るのも不審に思われるしな。だから一二歳になるまで自分でためて、まとめて売るようにしなさい」
ネリーはそう教えてくれた。
「一二歳?」
「魔物を狩って生活していくためには、ギルドに登録しなくてはいけない。だが、一番小さなスライムでも狩るのには命の危険を伴うから、最低年齢がそのくらいと決まっているんだよ」
「じゃあ、いずれにしろあと二年は独立できないんだね」
「一年半だな」
「よし、頑張るぞ!」
「ところで今日はこれを取ってきた」
ネリーが袋から出したのは、なんと大きな卵だった。ダチョウの卵くらいはありそうだが、カメの卵のように丸い。
「コカトリスの卵なんだが。春だから、魔物にも卵を産むやつがいてな」
「卵で増えるんだ」
驚きながらも卵を受け取ろうとしたら、手がつるっと滑った。
「ああっ! われちゃ、わない?」
丸い卵は、割れもせずスーパーボールのようにぽよんぽよんと弾み、やがて小屋の床に落ち着いた。
「びっくりした」
「強い魔物は卵も強いぞ」
それはそうだが弾むとは思わなかったのだ。その時サラの頭の中に何かがひらめいたが、はっきりした考えになる前にそれはどこかに行ってしまった。
「卵が割れないのなら、どうやって食べるの?」
「うむ。確かに」
結局卵は外に持って行って、高温の炎で殻に穴をあけて料理した。
「そういえばサラの魔法を見たことがなかったな。そんな風に小さい炎の魔法を使う魔法師など見たことがない」
ネリーが感心したように顎に手を当てた。
「いや地球の人なら絶対だれでもできると思うよ。私でさえ思いつくんだから」
「招かれ人か。親しく付き合ったことはないのでな」
「じゃあ私が一番目?」
「そうだな」
そっぽを向くネリーの頬はちょっと赤いような気がした。サラは思わず笑いがこぼれた。仲良しと食べるコカトリスの卵はおいしかった。
しかし、半年たっても小屋から数メートルしか離れられない自分に、サラは焦りを感じてもいた。幸い、ネリーとは気が合うようで、不満を感じたことはない。それにしても、いつまでも頼っているわけにはいかないと思うのだ。
「卵はおいしかったなあ。ぽよんぽよんと弾んでおかしかったけど。あれ、待って」
あの時何をひらめいたのだったか。
「そう。結界が卵みたいって思って、でも自分が転がったりはずんだりするのは嫌で、それなら相手が跳ね返ればいいんじゃないって思ったんだ」
ひらめきをたどっていくとそうなる。
「つまり、結界が鏡のようにいろいろなものを跳ね返す、そういうものになれば……」
自分が転がらずに相手がダメージを負うことになる。
「でも、イメージがわかないぞ。跳ね返す、跳ね返す、あれだ。バブルゲーム。ぽよんと跳ね返る。そうすれば自分に衝撃が来ないから、結界を張ったまま歩ける。なんていったっけ。シールド、じゃなくて、バリア。バリアか!」
魔法の教本には、そもそも最初からイメージが大事だと書いてあったではないか。
「なんで私は身体強化から入っちゃったんだろう」
それはもちろん、ネリーのせいである。
次の日、久しぶりに新しいことをやろうとしたサラは、朝狩りに出かける前のネリーに付き合ってもらうことにした。
「さて、それでは久しぶりの実戦です!」
「ガウ」
「しつこいよね、君たち半年ここにいるよね」
オオカミはとりあえず放っておいて。
ネリーは面白そうに腕を組んでこちらを眺めている。
「結界ではなく、いや、結界のようなものだけれど、イメージは泡で。そして、その泡はすべてを跳ね返す。魔法も、物理も。よし!」
ぽわんと、自分の周りにバリアを張る。
結界から一歩、二歩。
オオカミがいつものようにぶつかってくる。
ぷよん。
「ギャウン!」
「ギャウン!」
体当たりしてきたオオカミが次々と跳ね飛んでいく。
こちらに衝撃はない。
サラは思わず振り向いた。
「ネリー!」
ネリーは腕を組んだまま、驚いたような顔をして固まっていた。
「ネリー?」
ネリーははっとして、組んでいた腕をほどき、
「さすが招かれ人だな。戦う力もないのに、ここまでできるようになるとは」
とつぶやいた。
その顔には喜びではなく、なぜか悲しみが浮かんでいるような気がした。
「だが、安心するのは早い。夜は結界の魔道具を使うにしても、町に出るまで、五日間それを展開し続けなければならないんだぞ」
それはまだできる気がしなかった。それでも、一歩踏み出したのだ。
サラは山のふもとに見えるローザの町を見て、胸を張った。
「いつか行くからね! 二年後くらいに!」
目標はしっかりと。しかし、現実はちゃんと見なくては。サラは自分がひ弱だということはちゃんと知っているのだ。
「二年、か。それまで断り切れるか……」
「ネリー?」
「何でもない。さ、これからは少し私が付き合うから、長く外に出る訓練をしような!」
ネリーが何を悩んでいるのか、サラには分からなかったが、少なくともネリーのお荷物にならないためには、少しでも力をつけなくてはならないと思ったのだ。