お屋敷に泊まろう
8月25日、「転生少女はまず一歩からはじめたい」3巻発売!
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「王都に使者を出し、最短で戻ってきてもらえばシーズン終わりには間に合うだろう。クリスには引き受けてもらえなかった、カメリアにはあなたが必要だと言えばいい。そこまでは私とテッドが、ロニーを手伝って薬師としてできる限りのことはする」
「そんな、約束が違う」
「約束が違うのはそちらだ。薬師になりたい人を育ててほしいという話だったが、薬師になりたい人などどこにいる」
町長の目がさまよってサラに止まった。サラは顔の前で激しく手を横に振った。サラは今のところ薬師希望ではない。今日カメリアに来たばかりで、この町の住人ですらないのだから。
「とにかく、解毒薬がなくて困るハンターを助けるために、しばらくここで力を尽くすつもりだ。その間に代わりの者を探しておいてほしい」
現状ではクリスが手伝ってくれるだけでもありがたいはずなので、町長はしぶしぶ頷いた。
「ところで家は用意してあるだろうか。あるいは宿でもいいのだが」
「それが……」
町長は目をそらした。ロニーが町長とクリスを交互に見て、おずおずと町長に問いかけた。
「薬師ギルド長の屋敷ってありましたよね。割と大きい」
「ああ。しかしな。急いで整えようとしたのだが、ベッドなどの備品がほぼなくなってしまっていて、とても人が住めるような状態ではなくてだな。それに宿は今どこもいっぱいで」
「いやがらせですか」
尋ねたのはテッドだ。さすがいやがらせの本家本元だとサラは感心してテッドを眺め、じろりと見返されたが怖くなんかない。
「い、いや。真実はわからないが。もちろん、準備が整うまで私の屋敷に泊まってもらうつもりだ」
町長の屋敷に泊まるというのは好ましくないらしく、クリスの眉根にしわが寄った。
「ギルド長の屋敷というのは今、水が出て、手洗いは使えるか」
「それは大丈夫だ」
「ならいい。屋根と床があればなんとかなる。後で案内の者を寄こしてくれ。私はもう少し解毒薬をつくる。ロニー、テッド、サラ」
なぜ自分まで呼ばれるのか納得のいかないサラであったが、困っている人を放ってはおけない性格なので、結局は手伝う羽目になった。町長は明日また顔を出すといってそそくさと帰ってしまったが。
解毒薬を求める人は断れても、解毒を求めてくる人は断れないので、その日は用意された屋敷には遅くまで帰れなかった。ハンターが途絶え、やっと皆でほっと息をついた。
「ネフ、聞きそびれていたが、宿はとれたのか」
「駄目だったな」
ネリーは肩をすくめた。
「だがいつものように町の外に泊まればいいかと思っている。町のすぐそばに広場があっただろう」
「屋根がある分だけ、ギルド長の屋敷のほうがましだと思うぞ。今までは私たちがいたから大丈夫だったが、ネフのような美しい女性の野宿は危険だ。少なくとも今日は一緒に来ないか」
「そうだな」
女性もだが、子どもこそ危険ではないかとサラは思うのだが、なぜか一言の言及もない。
「そうだな。同じ寝るのでも家の床のほうがまだましか。サラ、アレン、どうする?」
「俺はどっちでもいいけど、薬師ギルド長の屋敷っていうのは一度見てみたい」
「私も!」
サラはよく考えたら、この世界では魔の山の管理小屋とギルドの宿しか見たことがなかった。普通の家が見られるなら、ぜひ見てみたいと思う。
「ではご案内いたします」
ほっとしたような声は、部屋の隅で所在なげに控えていた若い男性だ。町長から屋敷の案内のために派遣されてきていたようだ。
薬師ギルドの戸締りをし、ロニーも一緒に皆でぞろぞろと移動を始めた。屋敷は薬師ギルドから町の中心に向かってすぐのところにあった。
「わあ、結構大きいね」
「そうでもないぞ」
「こんなものだろう」
サラの声に答えたのは薬師二人組である。だが三部屋しかなかった山小屋でも十分広いと思っていたサラにとっては、広い庭付きの三階建ての建物はやっぱり大きいとしか言いようがない。
「これだからお坊ちゃまは」
だから小さい声でそっというくらいは許してほしい。案内の人が思わず噴き出していたのはたぶんサラのせいではない。
大きくて重そうな扉から中に入ると広いホールで、左右には応接間と食堂がそれぞれ配置されているらしい。左側のほうから、別の若い男性が急いでやってきて案内を交代したが、サラとネリーとアレンのほうを見てちょっと困惑をにじませた。
「二階が寝室、客室になっております。町長が寝具を運び込んでおくと言っていたので、主寝室にご案内しますね。食事は後で食堂のほうへどうぞ」
主寝室というくらいだから、部外者はいかないほうがいいのかもしれないが、サラは好奇心でついて行った。いずれにしろ自分の泊まる客室もチェックしなければならないのだしと自分に言い訳をする。
二階にあがってすぐが主寝室で、広い部屋は確かにベッドが一つ整えられていたが、そのほかには何もなかった。
「お風呂と手洗いは各部屋についています。でも、備品であったはずの家具もベッドも置いていない状態になっていて、とりあえずクリス様ともうお一方の薬師の分は急いで用意しました」
「では、他の客室は」
「その、からっぽです」
「ではネフとサラが寝室を使うがいい。私たちは適当に寝る」
今度は気遣いの中にサラも入っていてよかった。でも、サラは家具もベッドも備品と聞いてピンときた。魔の山でも、屋根裏の収納ポーチのなかにベッドや布団がまとめて入れられていたではないか。もしここが代々薬師ギルド長に貸し与えられる屋敷だとすると、そこから備品を持っていったら泥棒になってしまうので、さすがにそんなことはしないと思うのだ。
テッドの言う通り単なるいやがらせだとしたら、屋根裏かどこかにある収納袋に家具類をまとめて隠してあるのではないか。問い合わせがあったら、『ほこりがかからないように親切心でしまっておいたのをうっかり伝言し忘れていた』と返せばいいのだから。
それは明日確認するとして、とりあえず今のことである。サラがネリーを見ると、ネリーも同じことを考えていたようだ。
「私たちに気を使ってくれるのはありがたいが、どう考えても明日からクリスのほうが忙しくなる。今日も大変だったはずだ。私たちは屋根があるだけでも十分だから、クリスがちゃんと休め」
「しかし」
「私は誰かに守ってもらわなければ生きていけない女ではない。クリス、お前は私を対等に扱わないつもりか」
クリスはぐっとなってしぶしぶ頷いた。
「ではお食事を先にどうぞ。ですが」
案内の人も寝室の割り振りができてほっとしたようだが、まだ問題があるようだ。
「この分では、食事も二人分というところか」
「すみません」
それについては最初から期待していない。
「まあ、食べ物はあるから大丈夫だ。ロニー、よければ一緒に食事をしないか。ローザのツノウサギ料理があるぞ」
「ほんとですか! 今日は帰って寝るだけのつもりだったから、嬉しいです」
冷たくて周りの人に興味がまったくなさそうだと感じていたクリスも、こうしてしばらく一緒に過ごしてみると、ポンコツなのはネリーが絡んでいるときだけだということがだんだんにわかってきた。このように気遣いもできる人なので慕われているのだろう。
サラの初めての長旅は、予想もつかない終わり方をしたけれど、明日からはいったいどんな日が始まるだろうか。
ネリーと二人、夜空ではなくお屋敷の天井を見ながら、わくわくした気持ちで眠りについたのだった。




