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話が違う

マグコミさんにてコミカライズやってます!

「クリス! 解毒の客が来たぞ」


 受付のネリーから声がかかった。


「あ、ああ」

「私が行きます。解毒薬を無駄にはできないので」


 テッドはちらりとサラに目をやると解毒をしに出ていった。その目は、おしゃべりでクリス様の邪魔をするなよと言っていた。


「優秀な薬師なら、解毒薬を適切な量だけ使い、節約することができるんだ。あれでいて優秀だぞ、テッドは」

「別に私に言い訳しなくてもいいですよ」


 サラはきっぱりと言った。優秀な薬師でも性根が曲がっていいということにはならない。クリスはそれならそれでいいというように肩をすくめた。


「では、私は今日の分を終えてしまおう。瓶に移すのを手伝ってくれるか」

「はい」


 サラが漏斗を使って上手に瓶に解毒薬を移すのを見て、クリスは満足げに頷いた。こうして普通に隣で一緒に作業していると、なんとなくお父さんのような雰囲気もある。サラはハンターギルドでのネリーの反応を思い出して思わずクスッと笑った。


「なんだ?」

「さっきネリーがね。ハンターギルドで私とアレンのお母さんか、お姉さんかって聞かれたんです」

「ほう」


 サラはまたクスクスと笑った。


「なんだかとっても嬉しそうで、で、なんだかクリスもこうしてるとお父さんみたいって思って。あ、すみません、失礼でしたね」

「フフフ。お父さん。私がお父さんでネフがお母さん。フフッ」


 隣を見上げるとクリスの口が緩んでいる。どうもネリーとは違うところで喜んでいるようだが、楽しいのならいいだろう。ただしネリーにはこの話はしないでおこうとサラは思った。


「サラ! お前、まだ薬師でもないのにクリス様の手伝いをするなんて!」


 治療が終わったのかテッドが戻ってきた。その後ろには、少し年配の人を連れたロニーもいる。


「ギルド長、テッド、ありがとうございます。ハンターギルドに貼り紙を頼んで、町長を呼んできましたよう」

「まだギルド長ではないし、クリスと呼んでくれ」


 クリスがギルド長という言葉に眉をひそめ、町長のほうに体を向けた。年齢は五〇歳ほどだろうか、中肉中背というには少しお腹が出ており、若干額が広めだが、落ち着いた茶色の目をした人だ。


「あ、ハイ。ではクリス。こちらが町長です」

「町長のマイルズ・ボールドウィンだ。このような下っ端のする作業をお願いするつもりではなかったのだが、誠に申し訳ない」


 下っ端のする作業という言葉にまた眉をひそめたクリスだが、そのことについては何も言わず両手を広げて挨拶をした。


「私はクリス。こちらの依頼を受けて先ほど来たばかりだ。もともとギルド長という要請で来たつもりなので、実作業には不満はない。が、状況をまず説明してくれ」


 クリスのいうことももっともである。


「どこから話したらいいか。ここカメリアはもともと春から初夏にかけてチャイロヌマドクガエルが大発生するので、解毒薬が必要という意味でも、解毒薬の原材料があるという意味でも薬師が必要な町であることは知っていると思う」


 クリスをはじめ皆頷いているから、薬師には当然の知識なのだろう。


「だが、忙しい時期とそうでない時期の差が激しすぎてな。また、チャイロヌマドクガエルはよく獲れるが、そのほかに必要な薬草類があまり取れない土地柄でもあり、他の町に頼っている状況だ。つまりなかなか思うように調薬ができないようで」


 ロニーが激しく頷いている。


「給料はきちんと出しているのだが、薬師の数が必要な割にはなかなか居ついてもらえない。それならば忙しい時期は手伝い、暇な時期に研修できるようにして、薬師の卵を最初から育てればいいのではないかと思いましてな」

「その考え自体はよいと思う。だが」

「ええ。王都に行ってしまったクライブはいい薬師ギルド長だったのですが、役職を乗っ取られると誤解したままさっさと辞めて王都に戻ってしまいました」

「私自身もギルド長を交代するつもりで来ましたから、前ギルド長が誤解し腹を立てるのは当たり前だと思う。むしろギルド長がいなくなるので、仕方なく私に話が来たと思っていたが」


 こんな単純なことなのに、なぜちゃんと説明できなかったのだろうか。町長は肩をすくめた。


「あなたのご高名が仇になったようだ。ああ、責めているわけではありませんよ」


 慌てて言い訳しているが、これはクリスでなくても腹が立つだろう。


「そういうことか。では、育てるべき薬師もいないようだし、私がここでできることはないということだな」


 クリスはやりかけの作業に戻るそぶりを見せた。テッドが慌てて手伝いに駆け寄る。クリス大好きなテッドが一番町長に反発しそうなものだが、よく我慢したとサラは思う。


「それは困りますよう。今日で在庫がなくなったのに、明日から私だけではとても間に合いません」


 ロニーが泣きつくが、問題は町長とクリスとの間にあるからどうしようもない。クリスは長期的に薬師を育てる仕事のために来たのだから。しかし、町長はまずロニーの言葉にショックを受けているようだ。


「そんなバカな。いつもシーズン初めには、ヌマガエルの季節には十分間に合うほどの在庫を用意してくれているはずだ」

「ギルド長はちゃんと用意していきましたよ。でもヌマガエルの数が多いせいか、出る量もいつもより多くて。もう在庫がないんですよう……」


 ロニーが町長に言い返している。だが前のギルド長が出ていったのはそれほど前ではないはずだ。つまり足りないのをわかっていて放置したということじゃないのかとサラは思った。そしてそのことを警告もせず出ていった。


 クリスは小さくため息をついた。


「率直に言わせてもらう。頭を下げて、前ギルド長に戻ってきてもらうべきだ」


 サラはクリスがそんなことを言うとは思わなかったので驚いた。なんとかする、それだけ力のある人だと思い込んでいたからである。


「私は薬師であって、その長であることには何の興味もない。だから王都のギルド長の職も辞したのだし、ローザも人に任せられるようになったからこちらに来てみようと思ったにすぎない。薬師を増やすことにはもともと興味があったのでな。だが増やすべき薬師の卵すらいないのではどうしようもない」


 クリスは引き受けない。せっかくカメリアにやって来たのに、このような状況では仕事はできないと言っているのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何をどう言い訳しようと町長の言い分は詐欺に該当する しかも責任転換までして貴方の名誉のの所為でと宣う 町長も代替わりでもして状況を理解してないのか?
[一言] 学校の教師になるつもりだったのが、工場長になってくれと言われたような感じですかね。 或いは編集者(作家を育成する役目もあり)に就任するつもりで出版社を訪れたらライターになってくれと言われたよ…
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