店番のネリー
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薬師ギルドの前では相変わらず貼ってある紙を読んで困ったように立ち去る人や、読みもしないでドアを開けて忌々しそうに戻ってくる人などで賑わっている。その中を客のような顔をしてするっと入っていくアレンが頼もしい。サラとネリーもそれに続いた。
「解毒薬はないんですよう。ああ、君たちは」
さっきとは違って少し余裕のある声音で断っているのはロニーである。
「ちょうどよかった。僕、ハンターギルドに行ってきます。店番をお願いするよ!」
「ええ? これからご飯……」
ロニーは何やら貼り紙をつかんで一目散に店を走り出てしまった。
「ご飯を食べに行こうと思っていたのにな」
サラの言葉はもはやロニーには聞こえていなかった。そして店の奥の作業場を覗いてみると、クリスとテッドが熱心に解毒薬を作っているようだ。推測でしかないのは、背中を向けて作業しているので、手元が見えないからである。
「私が店番に立とう」
何やら張り切っているのはネリーである。
「わっ! ネリー、嬉しいのはわかるけどさ、魔力の圧が強いって!」
サラにはネリーの魔力が出ているのかどうかはよくわからないが、アレンに叱られているから出ているのだろう。魔力の調整にはまだ努力のいる段階のネリーだから、感情が高ぶると自然と出てしまうらしい。
「う、うむ。そうか」
それでもネリーはカウンターの内側に回ると、まるで店員のようなそぶりでポーションを取り上げては同じ場所に戻している。そもそも片づけは苦手なので、いかにもそれらしく振る舞っているのがおかしい。
「かわいい」
思わず小さな声でつぶやいたサラの顔には微笑みが浮かんでいた。
「ん? なんだ。サラもやりたいのか?」
サラは首を横に振った。それを見たアレンが、作業場のほうに体を向けた。
「俺がネリーの見張りをしているから、奥に行っていいぞ」
「見張りとは何だ、見張りとは」
「だってネリー、ポーションの値段とかよくわかってないだろ。売るほうは金貨一枚出せばいいわけじゃないんだぞ」
「そ、そうか。では手伝いを頼む」
そんな二人の会話を聞きながら、サラはありがたく作業場へと移動した。本当はネリーの店番姿も見ていたかったのだが、クリスとテッドが何をしているかにも興味があったのだ。
学校の理科室のように広い流し台の中の浅い桶では、うすピンクの毒腺と思われる細い袋がいくつも水にさらされていた。その横ではテッドが丁寧に毒腺をナイフで開き、すりつぶしてはクリスに渡すという作業をしている。
「わあ」
サラは思わず小さい声を上げ、テッドににらまれてしまった。でも仕方がないと思う。
テッドがポーションを作るのを見たことがあるが、単に薬草をつぶして鍋で煮ているだけのように見えた。しかし、クリスのやっていることは少し違った。
毒腺の中身と、薬草をつぶしたものがクリスの側に置いてあり、おそらくそれを水に入れて煮立たせたものにクリスは向き合っている。
火を止めたそれにクリスがそっと左手をかざし、右手のスプーンでゆっくりと鍋をかきまぜた。やがて鍋の中の液体の色がスーッと薄紫色に変わり透き通った。
「次の鍋」
「はい」
材料を入れた鍋がテッドからクリスへと手渡される。その横でテッドはいくつか並んだ鍋から一つを選び、ろ紙を敷いた漏斗を使って、大きなガラス瓶に中の液体を流し込んでいく。
「テッドがすりつぶしていたのは、チャイロヌマドクガエルの毒腺だ。青いのは薬草と魔力草。それを決まった分量煮立たせて、火を止めたら魔力を注ぎながらかき混ぜていく。そうしているうちに固形分が沈殿し、上澄みが残る。それを濾して、小さい瓶に小分けにしていくのだ」
クリスは次の鍋を煮立たせながら、解毒薬の作り方を説明していく。そのようすをサラは魔法にかけられたような気持ちで眺めていた。これこそ異世界ではないか。
「サラ。簡単だろう」
サラは急に呼びかけられて夢からさめたみたいにはっとした。クリスのほうを見ると、自然とテッドも目に入ったが、簡単なわけないだろうという顔をしていて一気に現実に戻った。うっかり簡単だと思い込まされるところだった。
「い、いえ。とても難しそうです」
サラの返事を聞いてクリスはわずかに口の端を上げた。サラが簡単だと感じたことを知っているぞという顔だった。
「簡単だぞ。サラにはこの美しい魔力の流れがわかるだろう。一般には薬師の仕事は魔法師に似ていると言われるが、それは正しくない。この魔力の使い方は、むしろ身体強化に近いんだ。体にまとわせる属性のない魔力をこうして静かに薬液になじませていく。魔力をまとった固形物は沈んでいき、一方で液体に残った魔力は薬草の効果を固定していく」
普段口数の多くないクリスの低い声は、まるで音楽のようにサラの心を引き付けた。何度も同じことを聞いているだろうに、テッドまでうっとりと聞きほれている。気持ちがいいのに、何かがおかしい。サラはなんとなく怖いような気がして身を守るように小さなバリアを張った。
「サラ?」
クリスの声はもういつものクリスの声に戻っていた。
「クリス、声に魔力がのってる」
「なんのことだ?」
行程をひと段落終わらせたところで、クリスが振り向いた。その疑問の浮かんだ顔を見ると、意識してやっていることではないようだ。
「クリスの声を聴いていたら、その通りにしなくちゃいけないような気がして、なんとなくくらくらしたんです。で、バリアを張ってみたらそれがなくなったから」
「声に魔力? そんな話は聞いたこともない。ふむ。一度よく考えてもよさそうだが、とりあえず今は解毒薬づくりだな。テッド、どのくらいできそうだ」
「はい。鍋一つからおよそ一〇本の解毒薬ができました。濾す作業が全部終われば五〇本かと」
「普段ならそれで十分なのだが、あれだけのハンターが出ているとな」
狩りの場所を少し離れたところから見ると、まるで潮干狩りのような人出だったなとサラは思い出す。あれでは宿も足りないし、解毒薬もたくさん必要だろう。もっとも、サラがハンターだったら狩りのシーズンが始まる前に、必要分に余裕分を足して用意しておくと思う。
だが、ローザでのツノウサギの狩りの時に、その日のポーションでさえ買えないハンターがいることも知った。ポーションで怪我は治るとはいえ、ポーションがなければ長く苦しむことになる。同じく、解毒剤も手に入らなければ、苦しみは伸びるばかりなのだ。
こんな重要な時期に引き継ぎもせず、薬師たちを引き連れて王都に行ってしまうような薬師ギルド長のせいとはいえ、そんな事情は毒で苦しむハンターには関係ない。
「もともと毎年、狩りの季節が終わるまでに足りる分の解毒剤は用意しておくらしいし、今年も同じくらい用意してあったらしい。だが、その在庫はシーズン半ばでなくなってしまった。つまり、今年のヌマガエルの発生は通常の二倍かそれ以上ということになる」
なるほど、そこまで責任感がないわけでもなかったのかと少しは納得したサラである。
感想いつもありがとうございます。
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