薬師ギルドにて
「何か問題でも発生したか」
クリスと共に様子をうかがうと、どうやら解毒薬を売れと言っているらしい。
「あれだけ材料が獲れているのにいったいどうしたということだ」
クリスはそうつぶやくと、すたすたと人ごみの中に分け入った。
「すまん。奥に用事がある。入らせてくれ」
「割り込むなよ!」
怒鳴った男はクリスの顔を見て眉を上げたが、そのまま視線を下げてクリスの薬師のローブと襟元の薬師のブローチに目を留めた。
「あんた、薬師か。なら早く解毒薬を出すように言ってくれ」
クリスはその男に軽く頷くと、ネリーのほうをまっすぐに見た。
「面倒ごとがあるかもしれないから、先にハンターギルドに行ってくれ」
「いや、私も行こう」
ネリーの言葉は簡潔だったが何の迷いもなかった。当たり前だ。サラの大好きなネリーは困っている人を見捨てるような人ではない。それがたとえクリスであってもだ。
「この人たちは薬師だ。通してやってくれ!」
先ほど怒鳴った男が大きい声を出して薬師ギルドまでの道を開けてくれた。お互い知り合いなのだろう。仲間の言うことだからか人々は素直によけてくれた。中には薬師のくせになぜ外からくるのかとか、なぜ子どもを連れているのかといぶかしがる視線もあったけれども。
「すまんな」
クリスを先頭にぞろぞろと店舗に入っていくと、中でも面倒なことが起きているようだ。
「だから、そうやって押しかけられても今日はもう解毒薬はないんですよう」
半泣きになっているのはこのギルドの薬師なのだろう、カウンターの内側で小さくなっている。淡い茶色の髪に同色の瞳はいかにも気弱そうな印象だ。
棚を見るとポーション類は残っているようだが、確かに解毒薬らしきものは見当たらなかった。
「君、なぜ解毒薬がないんだ」
「それはさっきから説明しているように、え」
その薬師の若者は苛立ちながらもクリスの質問に丁寧に答えようとし、こちらを向いて固まった。クリスとテッドのいでたちを見てハンターではなく薬師だとわかったのだろう。
「私はクリス。招かれてローザからここにやってきたのだが」
「あああ、ありがとうございます! 話はうかがってます。でも今、ここに僕以外薬師がいなくて、こんなにてんやわんやで」
「ふむ」
クリスがすっとギルドを見渡すと、その静かな目にハンターたちは思わず後ろに下がった。薬師が薬剤がないと言っているのに詰め寄っている自分たちが、意味のないことをしているのに気づいたのだろう。しかし、詰め寄っていたハンターたちの中には明らかに具合の悪そうな者もいて、解毒薬が必要なのも嘘ではなかった。
「君たち、ハンターギルドの方には今解毒薬は売っていないのか」
ハンターたちは首を横に振った。ハンターは普通魔物を売りに来ると同時に売店でポーション類を買う。わざわざ薬師ギルドに来るのは珍しいのだ。
「何とか昨日まではハンターギルドに卸せたんですが、さすがに限界が来て、今日はもう」
「材料のあては」
「毒腺はそれはもう山ほど。でも、魔力草や薬草はもうほとんどありません」
「ほとんどないということは、少しはあるということだな。了解した」
なぜその若者以外薬師がいないのか、なぜ材料がないのか聞きたいことは山ほどあっただろうが、クリスはひとまずそれは棚上げして、今ここにある問題を解決するほうに回ろうとしたようだ。
「テッド。手持ちはあるか」
「こちらで作ることを考えていたので、それほどはありませんが、いくつかは」
クリスがこちらを見たので、サラもネリーもかすかに頷いて見せた。
「聞いていたと思うが、今日カメリアにやってきた私たちがいくらか解毒薬を持っている。今薬が必要な者はどれくらいいる」
数人が押されて前に出てきた。表にも何人かいるだろうから、合わせても10人かそこらだ。見たところ、目をやられていて仲間に連れられてきている者が多いようだ。動きも鈍い。
「テッド、いけるか」
「大丈夫です」
テッドがしっかりと頷く。どうやら大変な事態のようだから、サラも何か手助けできないだろうかと思い、声をかけた。
「えっと、何か手伝うことは」
「ない。というか、お前はここから出ていけ」
久しぶりに聞いたきつい言葉にサラは思わず一歩下がった。
「なんて言い方をするんだい、君は!」
サラの代わりに怒ったのは気弱そうな薬師の若者だった。
「ヌマガエルの毒を受けた人のそばにいると、毒が残っていた時に危険だと丁寧に説明しないとわからないだろう。かわいそうに、お嬢さんがショックを受けているじゃないか」
「チッ」
安定のテッドだが、若い薬師に説明してもらって傷ついた気持ちが少し癒されたサラである。確かに専門外のことに口を出しても仕方がない。
「というわけで、新しい薬師が来てくれたので、毒を受けた人には何とか解毒剤を渡せそうですが、それ以外の人には無理です。申し訳ないけど、今日は帰ってください」
気弱そうに見えたが言うことはきちんと言う人のようだ。仕方なさそうに出ていくハンターを急かすと、若い薬師はドアを閉めて閉店の札を下げ戻って来た。そうしてクリスたちのほうに向き直ると頭を下げた。
「ふう、なんとか落ち着きました。ありがとうございました」
クリスは軽く頷いたが、テッドは答えもせず、店の隅でハンターたちに直接触れないようにしながら解毒薬を目に垂らしたり飲ませたりして治療を始めている。微妙な雰囲気にサラは焦り、とりあえず自己紹介をすることにした。
「あ、私はサラって言います。こっちはネリー、それからアレンで、二人はハンターです。それからあっちの失礼な人はテッドって言います。ところでちょっといいですか」
ついでに気になっているところを指摘しようと考えた。このままでは、また事情を知らない人が押しかけてしまう。そろそろハンターたちも今日の狩りを終えて帰ってくる頃だからである。
「ああ、僕はロニーって言います。バタバタしていてごめんね。解毒薬がなくなったって貼り紙してくるから、少し待っててもらえますか」
「いえ。あの、解毒薬は今在庫がなくて明日の朝から売るってことと、毒を浴びた人の治療だけはするってことを外に貼り出しておいたほうがいいんじゃないですか」
「確かにそうだね。あの、クリスさん、少し待っててもらっていいですか」
「わかった」
ロニーの後の言葉を受けてクリスは頷いた。本当はすぐに材料の確認に移りたいのだろうが、そのままテッドの隣に移り、すぐさま患者の治療に入っている。カウンターで書き物をしているロニーの横で、サラとネリーはそれぞれ自分の持っている解毒薬をポーチから出して並べ始めた。
申し合わせたわけではないが、サラが10本、ネリーが10本だ。二人とも魔の山に住んでいて、そうそう補給ができない状況だから多めに持っていたし、正直なところポーチにはまだ在庫は入っているが全部出すほどには親切ではない。
アレンは一本も出さないがそれも当然だ。そもそも強いとはいえ駆け出しのハンターだからたいして持っていないし、これから毒を受けるような事態になった時に補給できるかどうかわからない状況だと理解したのだろう。一人のハンターとして賢い判断だとサラは思う。
ネリーも解毒薬の小さな瓶を並べ終えた。サラにとっては、ネリーもアレンも魔力の圧を押さえてこうして狭い室内で気にせずにいられるのも嬉しいことである。
「とりあえず、今日はこれでしのげるだろう」
「来たばかりなのに、親切にしていただいて何と言っていいか。本当にありがとうございます。余分に持っている人もこの町にはいるはずなんだけどな」
ロニーは書く手を止めて丁寧に礼を言い、少し悲しそうな顔をした。
「たいていのハンターは、自分で解毒薬を持っているはずだ。だが、解毒薬が足りない状況となればむしろ自分の分を提供したりはしないだろうな」
「ええ、ハンターなら特に自分の体のメンテナンスが大切ですからね。仕方がないと思っています」
ロニーが書き終えて店の表に貼り出す頃には、毒を受けたハンターたちはすべて治療を受け終わって、感謝しながら去っていった。
「転生少女はまず一歩からはじめたい」
7月10日より、「転生幼女」と同じマグコミさんでコミカライズスタートです。
漫画家さんは岡村アユムさん。
初回は50ページ以上で読み応えあり。
表情豊かでとっても面白く仕上がっていますよ!
当分無料公開なので、ぜひ見に行ってみませんか。
また更新は今日と明日続けた後は、いつも通り水、土曜日更新に戻ります。
「転生幼女」はまだ書いていないので、こちらはお待ちくださいませ。
活動報告も書いてます!