む、むり
カメリアまではのんびり歩いて10日間ほどかかった。果てしなく続く草原をまっすぐに通る街道を歩くのは気持ちがよいものである。とはいえ、一日中歩いているだけではただの苦行と同じである。
町と町の間では、時には定期馬車にも乗った。歩くときには長めの昼休憩を取り、クリスに薬草採取を丁寧に教わりもした。テッドと並んで教わるのはなんとなく癪に障る気もしたが、ネリーは休憩となるとアレンと草原に出てしまうので、一人で薬草を採るか、クリスとテッドと薬草を採るかの二択しかない。
ここで一人のんびり草原に寝転がるとか考えないのがサラのまじめなところでもある。
とはいえ、ネリーと一緒にいるアレンがうらやましいわけでもない。そもそもサラが訓練に参加すると言ったらネリーの機嫌がうなぎのぼりなのはわかってはいるのだ。それでも、サラの目指す道はハンターではないので、どうしようもない。
クリスに教わっているのは、薬草一覧にはない薬草だ。薬草一覧は、どんな人でも採りやすい薬草類を簡易にまとめたもので、実はポーションの原料となる薬草は複数あるのだという。
「さすがに良質の薬草を採取してきただけのことはある。サラは薬草の見分けがうまいな」
「慣れると目当ての薬草が他の草の中から浮き上がって見える感じがするんですよ」
人がたくさんいる場所でも、学生の頃は制服を着ている人に目が向くし、就活の時はスーツ姿の男女に目が向くように、薬草を探しているときは薬草に目が向く。そういう感じである。
「薬草ギルドの中でポーションを作る時にこれらを手にとってはいましたが、自分で探して見つけるのは初めてです。やはり鮮度が全く違いますね。今この場でポーションを作ったら性能が変わるだろうか」
この真面目なことを言っているのがテッドなので、サラは思わずうつむいてしまう。笑いをこらえるのに必死なのである。肩を小刻みに揺らすサラにテッドが舌打ちをするのもいつものことだ。
「なんだよ」
「べつに?」
こんな学生のような会話も、青々とした草原の中ではなんだか楽しい。
「鮮度はポーションの性能にはかかわりがない。ただし出来上がりの量が違う。薬草が新鮮であればあるほど出来上がりのポーションの量が多くなるのは、習ってきたはずだが」
「はい。でもやってみないとわからないこともあると思うんです」
クリスは思いがけないことを聞いたかのように少し黙り込んだ。
「食休みにこうして薬草の採取をしているが、その時間をどう使うかは自由だぞ」
「はい! 今度やってみます」
意気揚々と薬草の採取場所を変えるテッドの後ろ姿を眺めながら「あんなに積極的な奴だったか」とつぶやいていたから、やはり普段のテッドとは違うのだろう。そのクリスはふと大きな息を吐くと、くるりとサラの方に振り返ったと思ったら、いきなりこんなことを言い出した。
「カメリアに着いたら、サラにも一式、ポーションを作る道具を揃えねばなるまいな」
「え? いいえ、その」
なんでサラのポーションを作る道具を揃えるのだろう。しかもネリーではなくクリスが。
「遠慮などするな。ネフの娘なら、私の娘も同然。最高級品を揃えるか。いやいや、腕が伴っていないのに道具だけよかったらむしろ疎まれるかもしれない。それなら最初はやはり一般的なものを揃えるか」
「あのー、私、特に薬師になりたいとは……」
「あと3日ほどでカメリアに着くから、そうしたらいろいろ教えることもできるだろう」
クリスにしては柔らかい表情でサラを見るものだから、結構ですと言いにくい雰囲気になってしまった。こんな時くらい邪魔に来たらいいのに役に立たないテッドである。
正直に言うと、薬草採取を楽しくやっているくらいなので、薬師にはとても興味がある。ただ、ローザの町では、薬師ギルドはサラにとっては鬼門だったから、あまり近づきたくはなかったのだ。ではカメリアなら大丈夫かというと、だいぶ印象はよくなったとはいえ、つまりクリスとテッドがいるということになる。それはどうなのかと思うのだ。
ただし、12歳が薬草採取をするのは問題なくても、例えば20歳になった時も草原に出て薬草採取をしているかというと、それはちょっと違うような気がする。
「私も自分の将来について考えないとだめなのかなあ」
夜になって二人になった時、唐突にそんなことを言い出したサラにネリーはちょっと驚いたようだった。
「薬草採取だけでも十分やっていけるとは思うぞ」
「でもさ、私が成人しても草原で一人薬草を摘んでいるってどう思う?」
「サラなら成人しても愛らしいとは思うが」
そこではない。サラの訴えるような目にネリーはしばし考えこんだ。
「そこまで徹底してやると、指名依頼の来る薬草ハンターということになるかな」
「薬草ハンター」
「ただし、そうなってくると今度は危険な場所にも行かなければならないし、時には魔物も狩ることになるな。まあ、サラなら心配はないだろうが」
危険なことをして魔物も倒すのなら、それは普通のハンターと変わらないことにはならないか。
「カメリアの町に行く道筋から少し行ったところが、チャイロヌマドクガエルの発生地帯だから、町に着く前にちょっと寄ってみるか」
サラは特にカエルは苦手ではない。得意でもないが、足の多い虫ほどは苦手ではない。特に小さいアマガエルなどかわいいとすら思うくらいだ。
「うん、そうしてくれると助かる」
その思惑はクリスとも一致したので、町に着こうかという日、広い街道から少し外れた湖沼地帯へと続く細い街道にずれることになった。
馬車一台がやっとのその街道はすれ違えるようにとの配慮なのかあちこちに広場が作られており、湖沼地帯へと行き来しているらしいハンターが休む姿が見られた。
「そういえばローザでは、ハンターギルドにいたハンターしか見たことがなかったから、こんなにハンターを見るのって不思議な感じがする」
「けっこうたくさんいたんだが、皆ダンジョンに潜っていたからな」
きょろきょろしていたら、ほどなく道が終わり大きな広場になっているところにたどり着いた。その広場はハンターたちの拠点になっているようで、テントがあちこちに張られたままだ。
そしてその向こう側では狩りをしているらしいハンターたちの姿とたくさんの茶色の何かが見えた。
「ん? 茶色?」
「チャイロヌマドクガエルというくらいだからな。茶色だぞ?」
アマガエルの緑色を想像していたサラはまず色に戸惑った。それから思わず目をこすった、見間違いかもしれないのだし。
「ちょっと疲れてるのかなあ。カエルなのに、ツノウサギくらいの大きさがあるように見えたの」
「逆に聞くが、そうでないカエルがいるか?」
日本にはいたんだよ。むしろ手のひらに乗るくらいだったよとサラは言いたかった。が、口から出た言葉はこれだった。
「む、むり」
異世界の常識は、サラの常識ではなかった。さて、カメリアでの暮らしはどうなるだろうか。
というわけで、作者多忙により、カメリアに入る前に一旦更新お休みになります。
魔の山を出るところで一旦区切ろうかとも思ったのですが、ここまでは書きたかったので……。
「転生幼女」も一旦完結して申し訳ないのですが、7月いっぱいまで忙しい感じです。なるべく早めに再開できるよう頑張りますので、お待ちいただけるとありがたいです。
感想、コメント返しできず申し訳ありませんが、いつもありがたく拝見し、元気をもらってます。ありがとうございます。
数日中には活動報告に近況を上げたいと思いますので、気になる方はそこをご覧ください。