カメリアへ
「謝られても、物を寄こされても、あの時のことを許す、とは言えないよ。なかったことには、できないから」
アレンは考え考え、言葉をつないだ。
「けど、謝罪は受けた。ポーチもありがたくもらう。そして、ここからスタートにする。テッドとは、ここからゼロからの付き合いだ」
アレンは、本当に潔い。それならサラも、かごはありがたくもらっておこうと思う。
「新しいかご、ありがとう」
「お前には、その、薬草買い取りでいつも迷惑をかけているから。高いものより、かごを喜ぶかと思った」
言えることはここで言ってしまおうと思ったようだ。サラのことを考えて買ってくれたのなら、おそらく、アレンにもアレンが喜ぶものを選んだのだろう。サラはテッドのことをちょっと見直した。しかし、そもそもなんでテッドがここにいるのかという疑問は残る。
「クリスがカメリアに行くって言うのはそれはそうなんだけど、でも何でテッドもいるの? 確かお父さんが町長だったよね。家族は大丈夫なの?」
同行するかもしれないのなら、遠慮は無用だ。無関心すぎるのもよくない。テッドは救いを求めるようにクリスを見たがクリスはわずかに首を横に振った。自分で言えと、そういうことであろう。
「俺は薬師としてまだ学びたいことがあるんだ。何とか王都には行かせてもらって薬師の勉強はできたし、クリス様が来て、その手伝いをできたことは幸運だった。でも、まだ学ぶことがあるのに、ローザから出ることを家族は快くは思わなくて」
なんとなく怠け者のような気がしていたから、まだ学びたいことがあるというテッドの言葉は意外であった。
「クリス様の助手をするという名目でなんとか許可をもぎ取って来たが、クリス様は、同行するサラとアレン次第だと言った。あれだけのことをしたのに、まだ謝ってもいないだろうと」
クリスは全く関心のない様子だったが、一応そのことには気づいていたのだ。
「仲良くしようとか、そういうことまでは思わない。けど、俺はクリス様についてローザを出たい。具体的には、カメリアでチャイロヌマドクガエルの毒腺から毒を抽出して薬を作ってみたいんだ!」
結局はすがすがしいまでに自分勝手である。しかし、殊勝なテッドなどテッドではない。
「こういう奴だが、薬師として学びたいものを拒むことはしたくない。カメリアについてくると言うなら連れて行こうと思うが、どうだろうか」
クリスの、テッドへの評価がひどいが、ネリーがいればテッドのことはどうでもいいのだろう。
「私はサラがよければいい」
こちらもアレンのことが抜けてしまっているが、まあお似合いと言えばお似合いな大人組である。サラはあまり根に持たないタイプなので、いいよと頷いてみせた。
「ではこのまま街を通らずにカメリアに向かおうと思う」
「じゃあ、俺は目立たないようにギルドに戻って、うまくやっとくわ。いや、直接家に帰って二、三日出勤しないって手もあるな」
大人が何か悪いことを考えているようだが、とにかくヴィンスには最初っからお世話になりっぱなしだった。いつでも公平に、できることは惜しまず援助してくれたのがこの人なのだ。
「ヴィンス、本当にお世話になりました」
「俺も。叔父さんを亡くしてからずっと、本当にありがとうございました」
サラとアレンで頭を下げる。
「よせよおい。今生の別れじゃねえんだから。いつかまたローザに来るんだろうが。その時はまた、ハンターギルドで待ってるぜ」
ヴィンスは少し涙声になりながら、じゃあなと手を振ってさっさと東門の中に入ってしまった。
「初日は野宿になるとは思うが、大丈夫だろうか」
「問題ない」
ネリーとのそっけない会話だが、クリスは嬉しそうである。大丈夫かどうかを気にすべきは年少組と体力のないテッドだと思うのだが、クリスの頭の中はおそらくネリーとの二人旅なのだろうなとサラはおかしくて笑い出しそうな気持ちになった。
「ここからはカメリアまでは普通に馬車の通れる街道を通る。まだ追手がかかっているわけでもなし、歩きながら行こうと思う」
「そうだな」
その歩きながらがとてつもなく速いので、初日の終わりにはテッドがヘロヘロだったのはお察しである。
しかし、そんなテッドだが、その日は最後まで好感度を上げてきた。上げたとしても普通レベルだったのは言うまでもないことだが。
その日の宿泊場所は、ツノウサギのいた草原にもあった、結界の張られた広場である。カメリアまで行くのだと思われる商人がポツンポツンとテントを張る中、サラたちもそれぞれでテントを張り、自分たちの場所を確保した。
「サラ、すまないが」
テッドに声をかけられたときは、驚いて飛び上がるかと思った。すまないという言葉がテッドから出てくるとは思わなかったからだ。
「今日は俺が夕食を用意するから、お茶だけいれてくれないか。正直に言って、今日は疲れた」
サラは素直に携帯コンロを出してお湯を沸かし始めたが、テッドの夕食の支度はと言えば、ブラッドリーを思わせるものだった。つまり、腰のポーチから次々と出てくるおしゃれな弁当箱である。
「お貴族様だね」
「うるせー」
思わずサラの口から出た感想への返事がこれである。サラはむしろ安心した。
「ほう、これは第一層の」
「はい。春華亭の煮込みを弁当にしてもらいました」
サラは第二層の薬草ギルドにしか行ったことがなくて、第一層は町の有力者しか住めないのだと聞いたことがある。
「第一層は住居が主で、大抵の家はお抱えの料理人がいるから店はほとんどないのだが、そうはいっても身近なところで外食したいこともあるからな。第一層の春華亭は一級のレストランだ」
クリスが説明してくれた。ローザのレストランにも王都にも縁のなかったサラだが、ブラッドリーとテッドのおかげで高級レストランの食事にありつけたのは嬉しいことだった。
「そもそも弁当にすることはほとんどないと言っていたんだけど、ほかならぬ町長の……」
町長の息子という立場を存分に使ったのだろう。途中で言うのを止めてしまったが、サラはそれで迷惑をかけたりしなければかまわないと思うのだ。
「ちゃんとお金は支払ったんでしょ」
「もちろんだ」
テッドは少しむっとしたように答えたが、サラはお弁当を広げて顔をほころばせると、おいしそうな煮込みをほんのりと魔法で温めた。
「お弁当温めたい人いますか」
「俺は自分でやるから」
得意そうに言うアレンを除いて、テッドまで温めてほしいと弁当を差し出した。アレンはなんとか弁当の温めを覚えたのだ。
「俺もできるけど」
「猫舌なのでな」
クリスにやんわりと断られている。アレンは調節がまだ上手ではなく、少々温めすぎる傾向があるのだ。
「こんなこともできるんだな」
「そもそも温かいままポーチに入れたらいいのにって、私いつも思うんだけどね。さっそく旅に来たかいがあったね」
新しいことを知れてよかったねと笑うサラに、
「うるせー」
と答えたテッドの声はいつもより小さかった。ちなみにツノウサギの煮込みは、スパイスが効いていてとてもおいしかった。