修業は続くよ
それからサラは、まず小屋の結界に沿って地面を観察した。
「薬草、薬草、スライム、上薬草、スライム、薬草っと」
「ガウ」
「オオカミはいらない」
結界からすぐのところにも薬草はたくさん生えている。
「これなら、小屋の結界から半分体を出して、杭で結界を固定すれば薬草は採れそう。ネリーに相談してみよう。それにしてもスライムが多くてちょっと危ないなあ」
その日は、ネリーがパンだけ用意して待っていてくれというので、ごはん支度はしなかった。パンは町で一〇日分まとめて買ってくるので、サラが焼く必要はない。
「これが今日の土産だ!」
どん、とネリーが意気揚々と収納袋から出したのは、石だった。
「石?」
「違う違う。よく見てみろ。ほら、顔や体があるだろう。これはガーゴイルだ」
はて、ガーゴイルとは石ではなかったか。サラが首をひねっていると、ネリーはすらりと剣を抜いた。
「外は石のように固いんだが、この中の肉がおいしいんだ。今まで料理が面倒だからとってこなかったが、今はサラがいるからな」
そういうと、
「むん」
と剣をまっすぐに振り下ろした。あっという間に四角く切り取られた中には、みずみずしい肉の塊があった。
「これは……時間があったらローストビーフだけど、とりあえず、シンプルに塩コショウで!」
大きなガーゴイルからほんのちょっとしか取れない肉は、極上の焼肉になった。
「こいつらは基本岩場にしかいないから、魔の山でとれるのは珍しいんだ」
「そうなんだ」
この世界にやってきて、町の名前もこないだ初めて知ったばかりなのに、魔物グルメばかりに詳しくなっている自分におかしくなるサラだった。
食後のお茶をのみながら、サラはふと思い出し、
「そういえば、薬草が何とか取れそうなんだけど、スライムが多くてどうしようと思ってるの」
と、昼に気になっていたことをネリーに相談した。
「スライムか。踏み込みさえしなければ問題はないんだが、剣士には面倒なだけだからなあ」
「ネリーでも面倒に思うんだ」
「ああ。逆に魔法師には倒しやすいらしいぞ。特に駆け出しにはな」
サラはふと気が付いた。せっかく魔法の本を買ってもらったのに、身体強化と結界とか、あんまり本に書いていないことばかりやっている。
「炎、風、水、土。どの魔法も初級の魔法でスライムは倒せるぞ」
ネリーに言われて魔法の本をひっくり返す。
「炎の小球、はイメージできる。風の刃、もかまいたちがあるからイメージできる。土の魔法も、これ、下から杭をはやすんだよね。これも大丈夫。でも、水のこれ。水の刃ってなんだろう」
本当にこれ、初級なのだろうか。
「そうだな。使っているのを見ている限り、風の刃をそのまま水で置き換えていたように思うが」
「氷かなあ?」
「いや、水だったぞ。倒した後残っていたのが水たまりだった。氷なら氷が残るはずだろう」
「そうかあ。じゃあさ、炎の小球ってどのくらいかわかる?」
サラはどんどん質問していった。
「そうだなあ。私が一緒に行った魔法師の炎は、このくらい」
ネリーは両手で大きい輪を作った。
「いや、それ大きいよね。むしろ大球だよね」
「しかしそれ以外見たことがない」
この世界の小さいというのはそのくらいなのかもしれないとサラは思った。
ネリーがあまりに強いため、初心者と組んだことがなく、ネリーの知っている魔法師がすべてランクが高い人だったと知ったのはだいぶ後のことであった。
「よし、大きい炎はいやだから、高熱の小さい小さい炎で。水はイメージできないから氷の刃で。土は下からとげとげを出す感じ。風はかまいたち。それで訓練してみよう」
「そうだな。剣士にもそれぞれの戦い方があるように、魔法師はそれぞれ自分で工夫した魔法を持っているんだ」
「魔力は自分の思い描いた通りの力になる。自分の魔力量に応じて、無理せず、自由に自分の思い描いたように」
サラは教本の最初を声に出して読み上げた。
小さい炎が敵に向かっていく。SF映画の一シーンを思い出してみる。
最初から敵に当てたいなら、追尾機能をつければいいんじゃない?
サラは頭の中で思い描いた。炎、圧縮、高温、追尾。逃げても追いかけるように。よし、これで行ってみよう。
次の日、
「まず結界の中からやってみるから」
とネリーを説き伏せ、一人で魔法の訓練をやってみることにした。ネリーはしぶしぶ狩りに出かけて行った。
「昨日イメージした炎からやってみよう。あそこのスライムに対して。炎、圧縮して高温にする。そして追尾。いけ!」
シュン。ジュッ。スライムは一瞬で形をなくした。
「ガウ?」
「当たっちゃうからうろうろしないで!」
目に見える範囲のスライムをやっつけ、ほっとして薬草一覧片手に初めての採集に挑む。
「結界から半分体を出して、結界で杭を打つと」
ドシン。
「ウウー」
「オオカミがぶつかっても大丈夫。薬草は根は残し、下から三番目の葉のところで折りとる、と。これで良し」
階段下から見える草原の薬草は採れることが証明できた。
サラはうきうきしてネリーを玄関で待った。
ネリーは相変わらず、襲ってくるオオカミをこぶしではじきながら帰ってきた。しかし、家の手前で立ち止まり、何かを拾い、日にかざした。
「ネリー?」
「結界から出てくるなよ、サラ」
ネリーは静かにそう言うと、地面にかがんでは何かを拾う。
あたりを見回し、納得したようにうなずいて結界の中に戻ってきた。
「サラ」
「ネリー、おかえりなさい!」
ネリーの腰にギュッと抱き着く。
ネリーは嬉しそうにサラの背に手を回したが、少し難しい顔をして、拾った何かをサラに見せた。
「これ、なに?」
「そういえばサラに教えたことはなかったか。ハンターは魔物を狩るのと同時に、魔物の中にできた魔石を取って、それをギルドに売って生計を立てているんだ」
サラはぽかんとして、それからはっとした。
「迷いスライムの魔石」
「覚えていたか。迷いスライムだけでなく、どのスライムにも、そこにいる高山オオカミにも魔石はある。そしてそれが魔道具となって人々の生活を便利にしている。ほら、お風呂のお湯を出すのも、台所で火が出るのも」
「全部魔石を使ってるんだ」
「そう」
ネリーは魔石をサラに握らせた。
「魔物を狩っている私が言うのはあれだが、魔物も動いている以上、その動きを止めたのなら、その命をもてあそんではいけない。食べられる肉は食べるべきだし、使えるところは使うべきだ。そして、魔石はきちんと拾って利用すべきだと、私は思っている。サラ」
「はい」
「教えてなくてごめんな。これからは魔物を倒したらちゃんと魔石は拾おうな」
「はい!」
シュンとしていたサラだが、最後にはしっかりと返事をした。
戦いたくないと思った。攻撃はしたくないと。
だけど、この世界では家を一歩出るためにも魔物を殺さなくてはならない。
遠くから魔法で倒したとしても、直接叩かなかったとしても、魔物を倒したことに変わりはないのだ。
むやみに傷つけてはならない。でも、強くならなくてはならないんだ。
そう決意し、こぶしをギュッと握りしめていずれ行くはずのローザの町を眺めるサラだった。
魔の山と、そのふもとの町ローザが極めて特殊な場所であることを、この時サラはまだ知らない。
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