意外な二人
ローザまでの道は、基本アレンが前、ヴィンスとサラが真ん中、最後にネリーの順で歩いた。管理小屋に来るまでと、そしてこの10日の間のアレンの成長は目をみはるものがあった。
アレンの叔父さんは魔法師だったから、身体強化の得意なアレンには多少自己流なところがある。叔父さんが亡くなった後も、アレンは身体強化の得意な人と仲間になることも教わることもなく、たった一人で、自分の腕を磨いてきたのだ。体力も魔力も膨大で素質があっても、それをどう生かすかちゃんと教わったことはなかったらしい。
また、一人だからこそ慎重に、身の丈に合った敵としか戦ってこなかった。
ネリーはサラにとっては師匠としては大雑把すぎたが、アレンにとってはよき師であり、魔の山というよき場を得て花開いたのだなあとサラは嬉しく思った。一方でサラはと自分を振り返ると、人に振り回されてあまり成長していないような気もするのだが、特に成長しなくてもとりあえず生きていけるので焦りはない。
つまり、サラは自分以外にバリアを張る必要もなく、頼もしい三人の真ん中で、魔物をはじくだけの簡単なお仕事しかしなくて済んだ。魔の山の入口で高山オオカミに別れを告げてからは、ツノウサギもなんのその、あっという間に東の門についた。
「おや? 門がいつもより早く開いたぞ?」
ネリーの一言に門のほうを伸びあがってみると、確かに門が開き始めているところだった。
「あれ、すぐに閉じちゃった」
「おかしいな。なにかあったのかもしれん。急ごう」
少し足を急がせると、門の前には既視感のある二人が立っていた。
「クリス!」
大きな声で呼びかけるネリーをよそに、サラはアレンと思わず顔を見合わせた。別におかしい組み合わせではない。ないのだが。
「テッド?」
何でここにいるのだろうか。
「クリス。どうした?」
「今、町に王都からの客人が来ていてな」
サラは少しドキッとした。サラが招かれ人だと知れたとして、町から離れて15日ほどである。迎えのようなものが来たとしても特におかしくはない。
「まさかサラが」
ネリーの言葉にクリスは首を横に振った。
「サラの迎えはまだ来ていない。今回は王都から逃げ出した、いや、ローザに旅に出た招かれ人の様子見と、あわよくば迎えに来たそうだ」
逃げ出したというのが正しいが、言い訳としてはローザに旅に出たということになっているのだろう。
「招かれ人が魔の山にこもったと聞いてショックを受けているところだ。ギルド長が『魔の山の管理人の依頼をしてしまった。事情を知らず申し訳ないが、戻るかどうかの説得は客人に任せる』とのらりくらりとかわしているところだ」
「そりゃあジェイにはちょいと荷が重いな。俺はすぐにギルドに戻るが、そもそもなんでクリスはここにいる?」
ヴィンスの問いはまさに皆が聞きたかったことである。クリスは少し眉根を寄せて苦い顔をした。
「今回はサラに関しては特に何もなかったが、おそらくすぐにサラの迎えも来るだろう。そうなるとネフがローザから動けなくなってしまう。既にカメリアには、ギルド長の仕事を引き受ける旨連絡をしてしまったのでな」
ネリーが動かないなら当然自分も動かないという意志がすごいとサラは感心した。迎えに来られるサラへの心配がかけらも感じられないのがまたクリスらしい。
「それなら、ローザの町でサラと王都の客人が接する前に、カメリアに行ってしまおうと思ってな。東門の門番にネフを見つけたらすぐに教えてくれるように連絡を頼んでおいたのだ」
「つまりクリス、お前は私達にこのままカメリアへ行けと?」
意外な展開だが、ネリーは冷静に尋ねている。
「強制はできないが、そうすることも考えてみてほしい」
強制はできないとは言っているが、よく見ると既に旅支度という感じだし、なかなかの圧を感じてサラはハラハラした。ネリーは少し困った顔をしてサラの目を覗き込んだ。
「サラ」
「私は大丈夫。少し食料の買い出しとかしたかったけど、備えがないわけではないから」
「そうか。アレンはどうだ。ギルド長のところに挨拶に行きたいのではないか」
「大丈夫だ。魔の山に行く前に済ませてきた」
ネリーはふと天を仰ぐしぐさをすると、もう一度サラとアレンの顔を確認し、よしと頷いた。
「わかった。面倒ごとからはなるべく遠ざかっていたいのは確かだからな。王都からの客人がブラッドリーとハルトのことで手いっぱいなうちに、さっさとカメリアへ向かうか」
「そうしてくれるか」
「いや。サラのことまで気遣ってくれて感謝する」
「い、いや」
クリスはネリーの感謝に若干気まずそうだが、それはそうだろう。サラのことは単なるきっかけであり、サラのことなど何も気遣っていないことくらいはわかっているサラである。
「それはいいとしてさ、なんでテッドもいるんだよ。見送りか?」
「チッ」
あいかわらず態度の悪い男である。だがアレンでなくても気になるのは、テッドも旅支度であることだ。
テッドは言わなければいけないことがあるのだが、なかなか口に出せないという雰囲気を醸し出し、若干うっとうしい。
「テッド。アレンとサラ次第だと言った。時間をかけるようなら置いていく」
「「置いていく?」」
クリスの言葉に、サラとアレンの声がそろった。そして二人は目を見合わせた。置いていくということは、連れていくかもしれないということではないか。
「あの、俺は、あの時、その」
テッドは心を決めたように話し始めたが、しどろもどろである。茶々をいれることもできたが、何やら真剣な様子なのでサラは静かに見守った。
「お前たちが町に来た時、だまして、苦しめたこと、すまない、と思っている」
そこまで何とか言い終えたテッドに、サラとアレンはぽかんと口を開けた。まさかテッドが謝罪するとは、これっぽっちも思っていなかったのだ。
だがその苦い薬を飲んだような、何かを我慢しているような顔を見ると、本当に反省しているのかちょっと疑わしかった。おそらく、謝罪しないと一緒に連れて行かないと、クリスに叱られたのだろう。そこまで推測して、子どもかと心の中で突っ込むサラである。
もっとも、サラはもうそのことは苦い思い出であって、あまり気にしてはいない。だがアレンはサラの他にもいろいろ嫌がらせをされていたし、その中には命にかかわるものもあった。許すだけならともかく、旅に同行するとなるとどうだろうか。
長く続く沈黙に耐えられなくなったのか、それとも初めからそのつもりだったのか、テッドはごそごそと荷物から何かを取り出した。
「これ、サラに。こっちがアレンに」
サラに差しだしたのは、薬草を採る時の薬草かごである。サラは一つだけ持っているが、確かにかごごと薬師ギルドに預けることも多かったので、もう一つあると助かる。
しかしアレンに差し出したものは、薬草かごとは桁が違う物だった。
「レッグポーチ。ワイバーン一頭分のものだ」
それは相当お高いものだ。しかもハルトが身に着けていて、実はサラも密かにかっこいいと思っていたものだ。
「命に……。頼んだお使いが命にかかわるようなことだとまでは思わなかったんだ。だからといってやっていいことではなかった。ずっとどう謝罪するか悩んでいたが、金持ちの俺には、この方法しかないと思った」
テッドがどう謝罪するか悩んでいたのだとはかけらも感じ取れなかったが、金持ちだけに、物で解決すると言い切るあたり、サラにはけっこう好感触である。だがアレンにはどうか。金で買われるようなやり方は、プライドに障るのではないかと、サラはハラハラしながら二人を見守った。