オオカミvs.アレン、ハルト
「さて、このように」
無口なはずのネリーがなんとなく嬉しそうに皆に両手を広げて話し始めた。
「魔の山は危険がいっぱいだ。だからハルトには警告もしたのだが、それでも魔の山で暮らすという。そしてアレン」
「は、はい!」
アレンも急に呼びかけられ、緊張して返事をしている。
「アレンも私に弟子入りしたいなら、わかるな?」
「はい! 草原を一人で歩き切るだけじゃ足りない。サラのバリアを頼りにせず、自分の力で魔の山の管理小屋までたどり着く」
「正解だ」
満足げに頷くネリーと、なぜか直立不動のアレンに、サラはぽかんと口を開けた。だいたいなぜアレンはネリーの言いたいことがわかったのだろう。ずっと一緒に暮らしているサラなどネリーが何を言いたいのかさえさっぱりわからなかったのに。
「幸い、管理小屋まで一本道だ。ハルトとアレン、交代で行けるな」
「おいおい、さすがにそれはどうよ」
意気込んで頷く少年二人とネリーにヴィンスがあきれた目を向けた。
「渡り竜を落とす魔法を持つハルトとアレンを同列にするのはどうかと思うぜ」
「ヴィンスもギルド長も甘すぎる」
ネリーはヴィンスの言葉をぴしゃりと切り捨てた。
「甘すぎるってお前」
そう言いながらサラを見るヴィンスの目は、「サラは甘やかし放題じゃねえか」と言っているようだったが、サラに言わせればそんなことは全くない。
「ではオオカミにかじらせてみよう」
「は?」
「ネリーが私が身体強化を初めて成功させた瞬間に言った言葉だよ」
「そりゃあスパルタだよなあ」
確かにサラはアレンのことは心配だが、ネリーが大丈夫だと思っているのなら大丈夫のような気がするのだ。たぶんだが。
「サラは初日から高山オオカミに対抗できた。アレン、お前ならできるはずだ」
「はい!」
いえ、当初一歩も管理小屋の結界の外には出られませんでしたよねという言葉をサラは飲み込んだ。最初から強かったような言い方をされては困る。サラはなんとなくそわそわしている高山オオカミたちをせつない目で見た。
「せっかくオオカミたちに皆を攻撃しないよう言い聞かせたのに」
「ガウッ」
「目つき悪っ。なんで君たちそんなにやる気満々なの?」
「魔物だからな。結局は強いか強くないかだ」
ネリーがぐっとこぶしを見せるとオオカミたちはわずかに後ずさった。確かに実力である。
「ハルト、アレン。自分たちを襲ってもかないはしないのだと、自らのこぶしで言い聞かせろ!」
「「はい!」」
サラはすぐに助けに入れるように後ろに控えた。とはいえ、高山オオカミたちも傷つけたくないサラは、バリアを展開するのは最低限でいくと決めた。
「じゃあ、俺たちは後ろからついて行くか」
「ああ」
こうしていきなり魔の山まで到達できるかという試練が始まった。
「まず俺から」
前に出たのはアレンだ。緊張して構えているサラの肩をネリーが静かに押さえた。
「アレンの身体強化は私の剣をはじいた。高山オオカミの歯など通るまい。多少吹っ飛ばされても、手を出すなよ」
でも、と言いたかったがサラはぐっと我慢した。
アレンは魔の山に一歩踏み出した。途端に襲いかかったオオカミの群れでアレンの姿は見えなくなってしまった。
「アレン」
「俺のことも同じくらい心配してくれよな」
「ハルト……」
ハルトのことは今はどうでもいいサラである。ボスッ、ガスッという打撃音が響くと、高山オオカミは一頭、また一頭、かたまりから離れ始めた。やがてこぶしをふるうアレンの姿が見えたと思うと、高山オオカミはうなりながらもアレンには近寄らなくなった。アレンは息も切れていないし、平然とこぶしを構えて立っている。
「アレンの強さを認めたようだな」
ネリーは満足そうに頷いた。
「ということは、私はかなり長い間、オオカミに認められていなかったんだね」
「う、うむ。まあ、そういうことになるだろうな」
ネリーは気まずそうに咳払いすると、アレンをいったん下がらせた。
「次、ハルト」
「はい!」
ハルトは何とかするだろう。サラは今度は力を抜いたが、逆にネリーに肩をつかまれた。
「身体強化ができても、体ができていないとどうなるかの実例を見るといい。必要ならすぐにバリアを張ってやれ」
「ええ?」
アレンの時とは言うことが違う。サラは緊張してハルトが一歩踏み出すのを見た。
ハルトはオオカミの群れに埋まることなく、襲ってきた何頭かのオオカミをこぶしで跳ね飛ばしていたが、やがて下からの攻撃で空中に跳ね飛ばされてしまった。
「うわっ!」
落下地点にはオオカミが待ち構えているが、ハルトは焦って気づいていない。サラはバリアの一部をぐいんと伸ばしてハルトを覆った。ハルトはバリアごと三回弾むと、慎重に立ち上がった。
「腰が高いんだ。重心を低くして重い攻撃を下から上に。体重の軽いハルトは、体当たりされてそれで終わりだぞ!」
ネリーの声が飛ぶ。
「アレンに対抗しようとするな。バリアでも魔法でも何でも使え!」
「は、はい!」
ハルトはオオカミたちをきっと睨みつけると、ふうっと息を整えた。そしてサラのバリアの中で、自分のバリアを小さく張った。
「サラ、ありがとう」
「うん。バリアを外すね」
サラはハルトを覆っていたバリアを外した。途端にオオカミがハルトに襲い掛かるが、そのたびに跳ね返されている。
「現時点ではもともとアレンより強い。油断とひ弱さを克服すれば、ハルトでも問題ない」
「はい!」
それからオオカミが降参するまではあっという間だった。
「はあ、強いね、皆」
「まあまあイケてただろ、俺」
「後半はね」
まだまだ魔の山の入口なのに大丈夫かな、と若干不安なサラであったが、ネリーの手厳しい洗礼で覚悟を決めた少年たちは、疲れは見せたもののなんなく行程を乗り切った。ちなみに目立たなかったヴィンスについては、魔法師のはずなのでサラはちょっと心配していたのだが、
「身体強化は基本だしな」
とひょうひょうと歩き、時折襲ってくる魔物は手で払いのけていた。
「ヴィンス、殴ってないのに魔物が逃げていくけど、何の魔法なの?」
「ああ、ほら、冬に乾燥した時、バチってなるアレだ。あれを手にまとわせているんだ」
「静電気! なるほど」
サラがゴールデントラウトを獲る雷撃ほど大掛かりではないが、雷の魔法ということになるのだろう。そんなことは魔法の教本には書いていなかったので、おそらくヴィンスが自分で開発した魔法ということになる。サラは感心してヴィンスを眺めた。
「な、俺だってただの受付じゃねえんだよ」
「う、うん」
サラが理解したのは、実力があっても残念な人もいるということであるが。