お迎え
ヴィンスが当然のように歩き出したので、一行はなし崩しにそれについて行くことになった。ブラッドリーなど、ローザに着いた次の日なわけで、休む間もなく出かけたのは、それだけ王都からの迎えにつかまりたくないという気持ちが強いのだろう。
「ブラッドリーとハルトはわかるとして、アレンとヴィンスはなんで?」
残りの二人がなぜ一緒なのかがサラは気になった。
「俺は行ってみたいから。前も言ったけど、ハルトの実力で行けるなら、俺だって行ってもいいはずだ」
アレンの理由は、行きたいからというシンプルなものだった。でも、サラは思うのだ。サラと一緒にギルドの身分証を取ろうと奮闘していた時、そしてギルド長のお世話になっていた時は、行こうという気持ちはあってもそれはただの夢だったのだろうと。自分の行く道に迷わなくなったら、行く先に遠慮はなくなるものだ。
一方でヴィンスの理由はこうだ。
「俺はほら、一応招かれ人が魔の山でやっていけるかどうか確認するためだよ。ついでに管理小屋に不足がないかどうかのチェック、そして久しぶりにローザのハンターギルドとしてダンジョンの確認ってとこだな」
「今まで放置していたのにか」
「それはちょっと申し訳ないが、だってネフェルタリも何も言わなかっただろう。今度は一応貴族待遇の二人だからな」
「私も一応貴族だが」
ぼそりとつぶやくネリーからヴィンスはそっと視線を外した。まあ、確かに、管理小屋では設備的には困っていなかったのは事実だ。ただ、ネリーが掃除をしなかっただけで。サラは一人頷いて、それからはっと顔を上げた。
「二人とも貴族扱いで甘やかされてるんなら大丈夫じゃないと思う。食べ物はちゃんと自分で用意しなければいけないし、掃除だって洗濯だって、魔法や魔道具があっても日本にいた時と同じくらいはしなくちゃいけないんだよ?」
「あー、食べ物は料理ごとたくさんポーチに入れてあるし、掃除は各自。洗濯はいざとなったら町まで持ってくる。ハルト、それでいいか」
「いーよー」
ハルトはともかく、大の大人のブラッドリーがそう言っているのだから大丈夫だろう。潔いほど家事はしないということなのがちょっとおかしい。
町中を通り、東門から草原に抜け、一番遅いハルトに合わせて進む。それでも一日の終わりには、草原をほとんど横切ることができた。このペースなら、魔の山の管理小屋にはあと一泊すればたどり着ける。
最初、ローザの町まで五日かかっていたことが嘘のようだ。それにもまして、たった一か月弱でしっかり体力をつけてきたハルトにも、そもそも全く疲れた様子のないアレンにも驚いた。
一番疲れた様子なのはヴィンスかもしれない。それでも、ツノウサギを誰も苦にもしていなかった。
「俺は現役のハンターじゃないの。事務仕事と人事が主な担当なんだよ。あー。疲れた」
今日の休憩場所に定めた広場に来たら、ヴィンスはすぐにひっくりかえってしまった。そして誰も聞いていないのに言い訳をしている。
「さて、今日の晩御飯は……」
サラがどうしようか考えていると、ブラッドリーが何やらポーチから色々出そうとしている。
「ああ、君たちに迷惑をかけるつもりはないよ。というか、今日は私に任せてくれないか。王都から食事を仕入れてきているんでね」
ご飯の心配をしないで済むのは大歓迎だ。何やら小さいテーブルを出してきたブラッドリーだが、隣でハルトもなにやら荷物から出している。
携帯用のコンロだ。少し得意そうな顔をしながらお湯を沸かしているところを見ると、お茶を入れるつもりなのだろう。
「人数が多い時は、お湯の沸いた鍋に直接茶葉を入れる。これはサラから教わった」
「私のほうは、これだ」
ブラッドリーが出したのはギルドの弁当箱と同じような弁当だったが、何やら取っ手付きの籐の籠に入っていて高級感がある。
「こ、こりゃあお前、王都の高級レストランの……」
「オオツノジカ亭の特製弁当だよ。ダンジョン用だといってたくさん作ってもらってあるんだ」
「招かれ人め」
ぶつぶつ言うヴィンスに、王都の招かれ人と一緒にしないでほしいと思うサラである。
しかし、食べ物は食べ物。オオツノジカ亭の弁当に入っていたのは特別なものではなくツノウサギの肉だったが、焼き具合と言い味と言い、屋台の串焼きとは段違いにおいしかった。
「なんの香草を使ってるのかなあ。いつもと風味が違うのは香草か、お肉の熟成具合か、それとも一度炭火であぶっている?」
「これももちろんうまいが、普段のサラの料理もうまいぞ」
ネリーが言えば、アレンもヴィンスも同意してくれる。
「うん、うまいな」
「あれだ。コカトリスのテールの煮込みは絶品だったな」
とても嬉しいが、新しい料理は覚えたいものなのだ。
皆から弁当箱を回収し、お茶のお代わりを出している二人を見たら、魔の山での生活がよほど楽しみなのだろうなと思う。サラはその生活が二人のためによいものとなりますようにと祈らずにはいられなかった。
一晩ぐっすりと休むと、次の日の早いうちに魔の山の入口に着いた。群れているツノウサギはうっとうしいので、サラが結界で遠くに押しやっている。
「これが魔の山か。ダンジョンなのに普通の山みたいに見える」
口をぽかんと開けるハルトと、口は開けていないがやはり驚いているアレンに、ヴィンスが顎をしゃくって見せた。
「あれが証拠さ」
「ガウッ!」
「ガウッ!」
すぐ間近に高山オオカミの群れがいた。
「ダンジョンの魔物はダンジョンの境界から外には出てこない」
確かに唸っている割には、草原には下りてこない。
「え? なんであんたたちここまで降りてきてるの?」
サラにはなんとなく見覚えのある群れのような気がする。
「ガウー」
「ガウー」
まるで迎えに来たような雰囲気だが、サラは騙されるつもりはなかった。
「か、かわいくなんてないんだからね」
しかし騙される者もいる。
「でっかいオオカミだな。ほーら」
「ハルト! だめ!」
「ガウウッ!」
「グワッ!」
近くまで来たハルトに今にも飛びかかりそうだ。歯をむき出した口元からはよだれが垂れている。
「こわっ。なんだよー」
「もう。だから言ったでしょ」
「ガウッ」
ねえさん、こいつらやっつけますかい、とチンピラの声のように聞こえたのは錯覚だろう。そこにネリーの笑い声が響いた。
「ハハハ! こいつらサラを守りにきたのか。ついにそこまで懐いたな」
「懐いてないし。偶然だもの。たぶん」
その後、皆仲間だから大丈夫だとオオカミに説明する羽目になったのが納得いかないサラであった。