突っ込みどころが多すぎる
そのあと、ネリーと一緒に、ギルド長が時々奥さんと一緒に行くという、第二層にある少しおしゃれなレストランに食事に行った。ネリーも初めてのところだったが、最近魔力の圧をだいぶ抑えられるようになったので、店の人にも警戒されずにスムーズに食事をとることができた。
「普段食べているコカトリスも、こうしてクリーム煮にすると高級感が漂うね」
平たいお皿にきれいに盛り付けられた柔らかいコカトリスにそっとナイフをいれながら、サラは感想を述べた。バターやチーズも収納袋に入れれば新鮮なままなので、魔の山にも買ってきてもらっているが、ローザ産ではないので高級品なのだ。
「バターやクリームより、コカトリスそのものが高級なんだがな」
新鮮なお肉と言えばコカトリスという魔の山は、ちょっと食料事情が違うのである。
「それにしても、魔の山をこんなに早く出ることになるとは思わなかったよ」
「私もだ。だが、どうやって魔の山の管理人を代わってもらおうかと思っていたところだったから、今しかないと思ったんだ」
確かに、ネリーがそう言い出した時のヴィンスの態度を見れば、魔の山の管理人を確保するのがどんなに大変なのかは想像がついた。
「サラのことを混乱させて悪いとは思っているが」
「ううん。大丈夫。だんだん落ち着いてきたから、カメリアはどんなところかなとか、どうやって行くのかなとか考えてる」
「そうだな」
ネリーが視線をさまよわせているのは、何から話そうかと考えているからなのだろう。
「とにかく、町は広い」
「ローザは壁に囲まれていて狭いもんね」
「うむ。近くに山はなくて、平地、というか湿地帯の側に町がある」
「湿地帯のそばの町って想像しにくいなあ」
サラは首をひねった。
「確か招かれ人が好むという、なんとかという穀物が栽培されていたような気がする」
「それってもしかして……お米?」
「そうかもしれない。ほら、パラパラしてフォークで掬いにくいあれだ」
「フォークが駄目ならスプーンでいいんだよ」
しかしそういう問題ではない。
「トリルガイアに降りたって二年と半年、お米が存在しているという事実に気づかなかったとは……」
「肉の添え物みたいな扱いであまり食べないぞ」
ハルトたちの言う通りなら、農業の知識のある人が転生してくるなどまずないだろう。だからきっと、野生に近いお米なのだと思うサラである。それでも食べてみたかった。
「すごく楽しみになってきた」
「それはよかった。移動は馬車か歩きだが、途中時々町に寄るにしても、二週間くらいかけてゆっくりと歩くのもいいかと思っているんだ」
「賛成!」
馬車が悪いわけではないが、町を走っている馬車を見ると、乗り心地はよくなさそうなのだ。
「街道は整備されているし、護衛は最強だぞ」
むんと力こぶを作って見せるネリーは自分で最強だと言った後、照れて耳を赤くしていた。
「頼りにしてます!」
「任せろ」
この時には、なぜカメリアに行こうとしたのかは二人の頭からはすっかり抜け落ちていたのだった。
せっかくおしゃれな服を買った二人だが、魔の山に戻るのにひらひらとした格好ではいられない。いつも通りの普段着でギルドの入口に立つと、見送りなのか、ブラッドリーやハルト、それにヴィンスまでが勢ぞろいしている。なんとなく楽しそうなその中にアレンもいて、一人真面目な顔で立ち尽くしていた。
「みんな揃って、見送りか」
珍しくネリーが軽い口調で声をかけると、アレンがずいっと前に出てきた。どうしたのか。
「ネリー。俺、お願いがあります」
「言ってみろ」
ネリーは戸惑いもせずそう返した。まるで予想していたかのようだ。
「前、魔の山に一緒に来ないかと言われたとき、俺は断りました。ローザのダンジョンでちゃんと鍛えたほうがいいと思ったから」
「そうだな」
「ギルド長からもいろいろ教わって、ハルトとも一緒にダンジョンに行った。けど、昨日一昨日と草原に一緒に行ってみて、俺の戦い方に一番勉強になるのは、ネリーの魔力の使い方だと思ったんだ」
サラも常々、魔力の使い方が似ていると思っていたので、アレンの言うことには納得だ。
「いまさらだけど、俺、ネリーに弟子入りしたい。サラのこともちゃんと守るから!」
サラは嬉しくなって胸の前でぎゅっと手を握りしめた。聞いた? サラのことも守るからって言った! そう心の中で繰り返しながら。
「ほう。私に弟子入りしようとする程度の力でサラを守るとは、大口を叩くものだ」
ネリーがにやりと口をゆがめたが、サラは隣で笑い出しそうになるのを必死でこらえた。
現実には、サラは誰かに守ってもらう必要など全くない。それはネリーもサラも、あえて言うならアレンもわかっている。だから「サラを守る」というのは、「サラと仲良くする」あるいは「意外とうっかりなサラの面倒を見る」程度だというのは共通の理解である。
「ネリー! アレンの気持ちもわかってやれよ!」
空気を読めているのか読めていないのか、ハルトが必死な様子でとりなしてきた。
「一緒にダンジョンに潜っても、突っ走りがちな俺を冷静に抑えていつもフォローしてくれたんだ。年上なのに情けないと思いつつも、でも頼りになるし、俺が変なこと言っても普通に突っ込んでくれるし」
「そこなの?」
思わず突っ込んでしまったサラを誰が責められるだろうか。
「ほんとは俺だってアレンには魔の山で一緒に暮らしてほしいくらいなんだけど、断られてしまって。そんな貴重なアレンを連れていく機会なんてそうはないんだぞ! なあ、連れてってやってくれよ!」
「ハルト、お前……。俺のこと、便利道具か何かと思ってないか?」
アレンの冷静な返答が冴えわたる。ネリーは一瞬うつむくと、顔を上げて大声で笑い始めた。
「ハハハ! 面白いなあ、お前たち」
そんなネリーを見たことがなかったのだろう。皆ポカンと口を開けている。
「弟子か。私もついに弟子を取る時が来たか」
師匠としては、教え方はへたくそだけどねというつぶやきは、自分の心にしまっておこうとサラは思い、口を閉じている。
「じゃあ、俺」
「ああ。一緒に行くか。カメリアへ」
「はい! サラ!」
「うん。また一緒だね」
どうやらこれからも一緒にいられるらしい。その時、見送りに来ているはずのヴィンスの声がかかった。
「あー。じゃあ、話がまとまったところで、行くか」
行くか? どこに? サラは首を傾げた。
「皆で魔の山に。善は急げって言うだろ」
「いや、急ぎすぎでしょ」
ローザにおいては、普通の突っ込みをする人材は確かに貴重であるとサラが悟った瞬間である。