服を買おう
「じゃじゃん! さて、それでは服を買いに来ました!」
「おう」
ネリーの返事はこれから服を買うレディとしていかがなものかと思うが、ネリーらしいと言えばネリーらしい。アレンはというと、服を買うことを気づかせてくれただけで、自分はさっさと撤退していった。女性の服の買い物に付き合いたい男性などそうはいないだろうと思うので、それは仕方がない。すなわち服屋さんの前にはサラとネリーの二人きりである。
「入るよ」
「わかった」
二人でおそるおそる、女性ものの服が並んでいる店に入った。
「いらっしゃいませ。あら」
お店の人が明るい声で迎えてくれたが、見慣れぬ二人組だからだろうか、戸惑いも感じられた。
「わあ」
サラは初めて見る異世界の服屋に目をキラキラとさせたが、正直に言ってどれを選んでいいものやらわからず頭がくらくらした。町を行く女性は大人が多く、足首まである長いスカートをひらめかせてすたすたと歩いていたが、12歳くらいの女の子は何を着ているのかよくわからなかったのもある。
ネリーなど、どこも見ずにただぼんやりと立っている始末で、何の役にも立たない。お嬢様育ちだからに違いない。こんな時こそ、店員さんに聞くに限る。
「すみません」
「はいー。うえっ」
にこやかな声の後、こちらもレディらしからぬ声がした。
「ネリー、魔力を抑えよう」
「わ、わかった」
店員さんが近づいてくるものだから、焦って魔力を放出してしまったらしい。
「ふう、もう大丈夫ですわ。服を選ぶののお手伝いでしょうか。そちらはハンターのネフェルタリ様ですのね」
「顔見知りではないはずだが」
「ローザでは有名ですもの。本来ならお仕立てが一番なんですが……」
そんなに何度も来たくないというネリーの気配を察して、店員さんは一人頷いた。
「普段着でしたら、実用的なものがいくつかありますので」
「ああ。私のはそれでいい。だがサラには」
ネリーはサラのほうに視線をやると、やっと店員としっかり目を合わせた。
「店で一番いいものから順に、サラの好きなだけお願いする」
「まあ」
店員さんには戸惑いと喜びが感じられたが、サラは苦笑いして首を振った。
「そんなにはいりません。そもそもズボンばかりなので、女の子用の、普段着に使える動きやすい服を二着と、少しおしゃれしたいときに着る服を一着見繕ってもらえますか」
「承知いたしましたわ!」
店員さんが嬉しそうにサラを服のところに連れていく。サラは、日本でだってスカートばかり履いていたわけではなかったので、そもそもズボンに抵抗はない。ただ、そうであっても女性向け、子供向けがいいに決まっているのだ。
「お嬢様くらいの年頃ですと、活発ですから丈はふくらはぎくらいでようございます。15歳に近くなってくると、だんだんと大人と同じくらいにする方が多いんですよ」
長く着られるように、丈の長い服を買おうかと思ったが、せっかく異世界に来たんだもの、今着られるものを買おうとサラは決意した。
「急にイメージが変わるのもなんですから、赤系統のスカートに白いブラウスを合わせてみましょうか。お手伝い用にエプロンと。他にはこの優しい黄色のワンピースなど……」
サラの服はすぐに決まった。肌着や小物なども全部一通りそろえてしまうと、うろうろしているネリーの番だ。
「私は、あー、できれば剣は身に着けておきたいというか」
「まあ、ドレスにですか?」
「やはり駄目だろうか」
「それはちょっと……」
サラはドレスに剣もそれはそれでかっこいいと思うのだが、舞踏会に行くわけでもあるまいし、要は二人で食事に行くときに、ネリーもサラもちょっとおしゃれな店にも行けるくらいの服でいいのである。
「だったら、ネリーもドレスじゃなくて、少しフリルのついたシャツに、きれいなジャケットくらいでいいんじゃないかな」
ネリーはハンターだ。町中で魔物に襲われることはなくても、常に警戒しておかないと不安なのだと思う。
「基本、こぶしがあればいいんだが、やはり剣もないと不安でな」
サラの思った通りである。サラが年頃の普通の女の子の格好をしたいように、ネリーもネリーの気持ちのいい格好をすればいい。
「それならね」
思い切ってきれいでかっこいいスタイルでまとめたい。店員とサラのギラギラした目にたじろいだネリーは、すぐにあきらめて着せ替え人形と化したのだった。
そうして、サラは淡い黄色のワンピース、ネリーは紺のジャケットという姿で、いったん荷物を置きにギルドに向かった。長すぎないスカートは暖かい季節によくなじみ、サラの足取りも軽やかだ。二人の楽しそうな様子に町の人も笑顔を向けてくる。
ギルドの両開きのドアを開けると、ざわざわとしていたギルドから少しずつ話し声が消えていった。素直に宿の二階に向かっていたサラは、
「サラ、か? それにネフェルタリ?」
という戸惑ったようなヴィンスの声に立ち止まり、受付のほうを見た。ミーナの似合うわよというような暖かい笑顔に同じく笑みを返したが、ヴィンスをはじめとして驚いている男性陣にはなんだかイラっとした。いつもと違う気配を察したのか、ギルドの裏に続くドアがバンと開いた。出てきたのはギルド長とアレンだ。
「なんだなんだ? おお」
ギルド長はサラを見て目を優しく細めたが、アレンは相変わらず素直だった。
「サラ! 似合ってるな」
「ありがとう」
単にこれだけのことなのにと思うサラである。もっとも、ギルド長も申し分なかった。
「普段もいいが、こっちも似合ってるぜ、サラ。それにしてもさ」
ギルド長は腕を組んでネリーをじろりと見た。
「お前。なんなの? 俺たちよりかっこいいとか、許せないんだが」
「それだよ、俺が言いたかったのは。ネフェルタリがドレスとかチャラチャラ着てきてたら笑ってやろうと思ってたのに」
サラの中でヴィンスの株がぐっと落ちた瞬間である。同時にギルド内の女性からの冷たい視線を浴びていたのは仕方あるまい。
姿勢がよくてきりっとしたネリーはおそらく、街中ではなく、モデルさんのように舞踏会などで着るドレスが似合うのだと思う。でも、普段はかっこいいネリーでいい。