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行きたいところに

「そ、そりゃあネフェルタリには一人でずいぶん頑張ってもらったが。だが、今急に交代と言われても、ハンターギルドでは素直にいいぞとは言えねえよ」


 最初に立ち直ったのはヴィンスだ。そして当然そうだろうということを口にした。しかしそれに反対したのは、意外にもギルド長だった。


「いや、いい機会だ。招かれ人の実力は一度この目で見る必要があるが、この際だ。ネフェルタリ、ローザから自由になれ」

「ジェイ! だがな」

「黙れヴィンス。そもそもネフェルタリがここに来たのも、面倒くさい王都から逃げてきたからなのを忘れたか」

「なら、なおさらだろう!」


 ギルド長とヴィンスのやりとりに、ネリーが気まずげに腕を組んで顔をそむけた。


「その、だからこそ私は、ブラッドリーの気持ちはなんとなくわかるんだ」


 もともとネリーが優しい人だということはわかっていたが、こうしてはっきりと他者への共感を口に出すのは珍しいのでサラは少し驚いた。


「サラだけではなく、どうやら招かれ人は私の魔力を気にしないようだ。狭いとはいえ、魔の山の管理小屋に共に滞在することもできるだろう。だが、サラ」

「え? 私?」


 サラは自分に話が来るとは思わなかったので、思わず聞き返した。


「サラは最初に言っていただろう。せっかく動けるようになったから、もっといろいろなところに行きたいんだって」

「そういえばそうかも」


 確かにそう言ったような気がする。疲れない体を手に入れて、今までやれなかったことを思いっきりやってみたいと思った。


「ローザには行けるようになった。なら次は、別のところに行ってみてもいいのではないか」

「別のところ……」


 サラはいきなりの提案に戸惑ったが、ネリーはゴホンと咳払いした。


「例えば、西の町カメリアとか」

「ネフ!」


 がたりと立ち上がったのはクリスだ。だが、ネリーはそれを制してたんたんと話を続けた。


「例えば、例えばだぞ。本当はそのうち観光がてら王都に行こうと思っていたが、正直今は時期が悪い。渡り竜の季節ではないから私は拘束されはしないだろうが、招かれ人二人が王都から出た今、サラが王都に行ったら……」

「まあ、確保されるだろうなあ」


 ヴィンスの声に同情が混じった。


「なあ、ネフェルタリ。結局サラはお前と一緒にいるんだから、実家は頼れないのか。お前の実家は後見するに足る貴族だろうよ」

「うむ。こうなれば一応事情を話してみようと思うが、なにぶんにも今、うちの実家は王都ではなく南の町にあるのでな。手紙を出してから返事をもらい、さらに王都に働きかけてもらうとなると時間がかかる」

「ああ、親子そろって面倒ごとが嫌で王都から逃げた口だもんな」


 何やらサラの知らない事情がありそうだ。ネリーはサラと目を合わせた。


「なあサラ。王都から迎えが来る前に、ひとまず、観光がてら西のカメリアに移動してみないか」

「だってネリー。ハンターの仕事は? あと私はカメリアでどうやって生きていこう」


 魔の山ではなくてもローザにはダンジョンがあり、町にいても仕事には困らない。しかし、カメリアとやらに行って、ネリーもサラもなにをして暮らしていけばいいのか。ずっと魔の山にいてやっとローザに行けるようになったサラは、いきなりの展開に少し混乱していた。


「あー、そこか。サラの気になるのは。私の面倒を見てくれているだけで充分だと言っているのに」

「違いない。ネフェルタリの面倒を見られるのなんてサラくらいだろう」


 ヴィンスが同意してネリーにじろりと睨まれている。


「それに、カメリアにもダンジョンはあるし、なによりツノウサギのいる西の草原と同じように、魔物のいる湖沼が点在しているんだ。私ができる仕事はいくらでもある。もっとも、する必要もないんだが」


 そういえばネリーの稼ぎはとてもいいはずだ。


「サラにしても、薬草やスライムで稼いでいるんだから、ちょっとくらい無職でいても十分だろう。そもそも薬草を売るすべがなくてもローザで生き抜いたんだし」

「そういえばそうだった」

「あの時は本当にすまなかったな」


 二人の冷たい目に、クリスが頭を下げた。もっともサラはあの時、クリスがいなかった時期より、あの後のクリスの無関心のほうが印象に残っているのだが。


「とりあえず、決めるのは招かれ人の実力を見てからだな」


 ヴィンスが締めくくった。


「そうしてくれるか」

「ついに魔の山に行けるんだな」


 ブラッドリーとハルトが表情を緩めた。クリスの話を聞くだけのはずだったのに、魔の山を出るかもしれないということまで決まってしまったサラは、気持ちが追い付かずふわふわとした気持ちだった。だが、話が終わろうとしている今、一番気にかかるのは別のことであった。


「アレン」

「うん」


 サラにはネリーがいる。ハルトにはブラッドリーがいる。でも、アレンは一人だ。とはいえ、ギルド長が自分の家で見てくれて、ローザの町でしっかりハンターもし、町の人にもなじみ始めているアレンのことを心配することはないかもしれない。だが、自分だったらこの状況は寂しく、つらいと感じてしまうとサラは思うのだ。


 しかし、サラの言葉に頷いたアレンの目には、寂しさなど感じられなかった。落ち着いた揺るぎない光だけがあった。


「俺も思うところはあって、少し考えたいんだ」

「そっか」


 サラだってもう少しよく考えたい。確かにいろいろなところに行ってみたいとは言った。だが、自由に動ける体で、魔の山でネリーと暮らす生活に何の不満もなかったのだ。バリアの魔法のおかげで、魔物を怖がる必要はなくなったのだから。


 魔の山を出て、西の町に行かないかと言われても、心を弾ませるよりは戸惑いが先に立った。その戸惑いの中には、アレンと離れてしまうという思いもある。


「とりあえず話は終わったんだな?」


 アレンが皆に確認し、皆が頷いた。詳しいことは明日決めればいい。まるでアレンが仕切っているみたいで、サラは楽しい気持ちになった。


「じゃあ、サラ。服を買いに行くんだろ」

「それだ!」


 誰より気遣いの出来る人なのだ、アレンは。


 こうしてサラは、やっと服を買いに行けることになったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなく王都だっけ?感があったがクリス(薬)学校はカメリア。 腐れ縁は切れないし、二人旅にはおじゃま虫が付き物です。
[一言] やっとお洋服買いに行ける 動きやすくでも一目で女の子と わかる様なお洋服。オーダー難しい? 一つ位はネリーとお揃いあってもいいかも すっごい塩対応なのにやっぱりクリスのこと 心配してるのかな…
[一言] が、店の前で別のトラブルに巻き込まれて!? 以下、次話に続く(笑) ネリーは相変わらずなのか、逆に隠す必要がなくなったってことでフリフリひらひらのを買い与えようとするのか?(自分のは相変わ…
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