修業は続くよ
転がったのがあまりに気持ち悪かったので、それからしばらく結界は家の中で練習することにして、外に出るのはお休みだ。サラは一生懸命考えた。
結界の強度は問題ない。オオカミにかじられずに済むし、転がっても結界は解けなかった。
つまり、サラが冷静であれば何の問題もない。
「でも、転がって移動するわけにはいかないからなあ」
いろいろ考えながらも手は動く。今日は昨日ネリーが取ってきてくれたコカトリスのしっぽの肉を輪切りにしている。
「コカトリスって、見ただけで死んじゃう奴じゃないの?」
サラは心配してネリーの体をあちこち叩いてみた。ネリーはちょっとうれしそうだ。
「なに、身体強化があれば大丈夫だ」
「身体強化万能だな?」
ネリーが規格外なのだが、この時のサラはそれを知らなかった。
「簡易結界でもはじくから、サラも結界を張れば大丈夫だろう」
「その程度ならいいけど」
「何より肉がうまいぞ。今までは丸焼きにするくらいしかできなかったが、サラなら別の料理ができないか?」
最近ネリーはそうやっていろいろサラに要求することが増えてきた。お世話になりっぱなしのサラは、そうやっていろいろお願いされたほうが嬉しいので、できるだけそれをかなえたいとは思っている。
「鳥の部分は肉に切り分けてもらったからいいとして、この蛇の部分をどうするか……」
骨が案外太く、小骨の部分がほとんどないので、輪切りにしてステーキにしようと思うサラだった。
しかし、いつまでも家の中にいるわけにはいかない。
サラは考えた。転がらなければいいんだったら、結界を四角にしてみるとかどうだろう。いや、サイコロだって坂は転がるよね。これはなし。
四角まで考えて、ふとマンションを思い出す。マンションのような建物は、地中に深い杭を打って地震対策するんじゃなかったかな。杭。それだ!
「コカトリスのしっぽをステーキにすると、この焦げ目のところがうまいな」
ネリーが満足そうにしっぽのステーキにナイフを入れる。
「ありがと。それでね」
結界の下に、地面に刺さるように杭の形の結界を伸ばしたらどうかとサラはネリーに説明した。ネリーは微妙な顔をしながら、
「とにかくやってみることだ」
と励ましてくれた。
「さて、実践三回目です!」
「ガウ」
オオカミは返事をしなくてよろしい。
訓練も三回目になると、階段の下までは平気で行けるようになった。心なしかオオカミも怖くない。
「よし、結界」
まず結界を丸く張り、固くなるようイメージする。そのまま外に出たら、オオカミが来る前に杭を打つ。
「固定!」
「ガウ」
ドウン。
「ふっ」
「ガウ」
ドウン。
「ふはは」
オオカミがどの方向からぶつかってきても多少揺れるくらいで結界は転がらない。
「成功! あれ?」
サラは思わずネリーのほうを見た。ネリーがそっと目をそらす。
確かに、結界は固定されてオオカミがいくらぶつかっても揺るがない。しかしだ。
「どうやって町まで移動するんだろう……」
「い、一歩ずつ?」
「来年までかかるよっ」
いつでも試みが成功するとは限らない。サラは失敗の大切さを学んだ。
「でも、少なくともこれで薬草を採取することはできるようになったのよね」
サラはあくまで前向きだった。
実は小屋の周りには薬草はたくさんあった。
ネリーがもらってきてくれた、初心者用の薬草一覧にあるのはたったの6つだ。
薬草。上薬草。麻痺草。毒草。魔力草。上魔力草。
「これだけなの?」
「逆にこれ以上何がいる?」
ネリーが不思議そうに尋ねた。
「おなかが痛くなったときとか」
「薬草だな」
「頭が痛いとき」
「薬草だな」
「風邪」
「風邪には何も効かないが、咳なら毒草から作った薬で楽になるぞ。熱は魔力草」
「むーん」
いろいろなものを調合してとか、そういうロマンはないのだった。
「だが、材料がシンプルだからこそ、薬師の魔力操作と技術が問われるんだ。ローザの町の薬師はすごいぞ」
「ローザ?」
「ああ、この山の下にある町だ。地下ダンジョンがあって、この大陸で一番ポーションの需要が大きいからな。薬師も自然と腕のいいやつばかりだ。特に薬師ギルドの長はすごいぞ」
ネリーから初めて聞く、この世界の町の話だ。
「クリスと言うんだが、魔力量が私並みに大きくても人とうまくやっていける力があってな」
楽しそうに輝いていたネリーの顔がふと曇った。
「サラ」
「なあに?」
「下の町で確実に頼りになるのはクリスだけだ。もしなにか、そう、どうしても何かあったら、薬師ギルドのクリスを頼るんだ」
ネリーは恐ろしいほど真剣だった。
「頼るも何も、まず家を出るところからだよ」
「そうだな。まずは家から数歩出るところからだな」
なぜかネリーはほっとしたように笑った。まるでそう、サラを本当は家から一歩も外に出したくないかのように。
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