ハルトとテッド
困った顔のアレンとは違って、ハルトは元気いっぱいに答えてくれた。
「ギルド長に頼まれたんだよ。テッドの面倒を見てくれないかって。そしてギルド長は、薬師ギルド長に頼まれたって言ってた」
「俺は!」
テッドはガバリと体を起こしたが、またゆっくりと背中から倒れ、そっぽを向いた。
「草原に出る必要があった。そしてそこにアレンとハルトがいた。それだけだ」
「面倒見てないし、保護者でも何でもないじゃん……」
サラはあきれて腰に手を当てた。大体、散々サラとアレンに迷惑をかけているのに、今更頼ろうとか厚かましすぎる。
「俺は頼まれてない。ハルトが頼まれただけで、ハルトが面倒を見る約束だ」
アレンもそう思っていたようで、首を横に振った。
「まあ、なんにせよここまで来られたのはすごいよね、テッドもだけど、ハルトも」
サラは自分がゆっくり鍛えたせいか、10日ちょっとでここまで歩けるようになったということにとても感心した。ハルトは誇らしげに胸を張った。
「で、ここまで何日で来られるようになったの?」
「今回はテッドがいるから一泊して2日だな」
「俺のせいかよ」
もちろん、テッドのせいだろう。
「でも、正直に言って俺、足はまだガクガクする。修行の道はなかなか厳しいぜ」
ハルトが正直に言った。ローザの町は、というかローザの町のハンターギルドは、サラが招かれ人だと知ってからも何も変わらなかった。おそらくハルトもこの世界に来てから初めて、普通のハンターの少年として年相応に扱われているのだろう。突っ張ったところや虚勢を張ったところがなくなり、ちゃんと人の話を聞くようになった気がする。
「とりあえず私たちも休憩しよう」
「そうだな」
頷くネリーと一緒にサラは座り込んだ。
「テッドはどうして急に修業なんか始めたの? 魔力量だってそんなに多くないのに」
「うっせー」
「そんな言い方してるとお茶をいれてあげないけど」
サラはずけずけと指摘した。テッドに対しては遠慮とか思いやりとかは不要だ。テッドはだるそうに起き上がると、少し考えて言い直した。
「うるさい」
「それで丁寧な言い方になったとでも思ってるの?」
サラはあきれて問い詰めた。そんなサラとテッドを眺めて、ハルトがふっと含み笑いをした。
「俺、こないだテッドんちに行ってご飯ごちそうになったんだけどさ」
「黙れ、ハルト」
「テッドんち? あとなんでハルト?」
サラは心底驚いた。テッドが人を招くようなタイプには見えなかったからだ。
「俺にも家くらいある」
「そこが問題なんじゃないからね」
楽しそうな顔のハルトがサラとテッドを交互に見て話を続けた。
「俺が呼ばれたのは、俺が招かれ人だから。王都でもそうだったから、そういうのは慣れてる。なんか箔が付くというか、要は身分の高い人が来たのと同じ扱いだから、招待するものらしいよ。テッドの父さんって、ローザの町長だろ。だから、ギルド長と一緒にいちおう形式的なお食事会みたいな感じでさ」
「待って」
と思わず話を止めたのはサラで、
「チッ」
と舌打ちしたのは言わずもがなテッドである。
「テッドのお父さん、町の偉い人だって聞いてたけど、町長なの?」
「そうだよ。知らなかったのか?」
サラがアレンのほうを見ると、アレンは少し悩んで頷いた。
「サラと一緒にいたころは知らなかった。興味もなかったし。後から知ったんだ」
なるほどである。
「ごめんな、アレン。俺だけ行ってさ」
「いいって。招待されるような身分じゃねえよ、俺は」
「この世界のそういうとこ、嫌いだ、俺。でも礼儀として行かなきゃいけなかったし」
「ケッ」
招かれ人として食事に招待されたと聞いてサラが思ったのは、おいしい食事は食べたいが、テッドの家はいやだということだ。
「テッドさ、家ではちゃんとお坊ちゃんしてるのに、なんで外に出ると急にそんなふうになるんだ?」
ハルトが興味津々という顔でテッドに尋ねている。
「うるせえよ。お坊ちゃん言うな。外でくらい自由にさせとけよ」
「私は外で自由にしてるけどテッドみたいに失礼じゃないよ?」
「……うっせー」
サラの突っ込みにテッドの勢いが弱くなった。
「テッドさあ、昨日のキャンプだってすごく嬉しそうだったじゃん。薬作るのに火の扱いは慣れているから料理は任せとけとか言って、失敗したり」
「わーわー、黙れお前!」
どうやらハルトとテッドは気が合うようだ。サラはそのことにちょっと楽しい気持ちになりながらお茶を用意しようとして、むしろ暑いくらいだから、冷たい飲み物にしようと思いついた。
「ならばこれでしょう」
サラがポーチから出したのは赤いジャムのようなものが入った瓶だ。アレンの背筋がぴょんと伸びた。
「サラ、なんだそれ」
「ふふふ、ヤブイチゴを煮詰めたものだよ。さ、皆カップを出して」
町の食堂でヤブイチゴのジュースを飲んでからずっと、サラは魔の山でもヤブイチゴを探そうと思っていた。魔の山も春になってようやっとヤブイチゴが出始めたので、丁寧に集めて砂糖を加えて煮詰めてある。テッドも含めて素直に差し出されたカップを集めて、スプーンで二さじずつ煮詰めたソースを入れ、冷たい水を注いでいく。くるくるとかき回したらそれで出来上がりだ。
「はい、どうぞ」
キラキラした目で受け取るもの、胡散臭そうな目で受け取るもの様々だが、皆一口飲むと一旦動きを止めて、ごくごくとあっという間に飲み干した。
濃いジュースではないけれど、だからこそ後味がさっぱりしていて、体を動かした後に飲むと最高なのだ。サラはにこにこしながら皆を眺めた。
「ん」
カップを差しだしたのはテッドだ。
「お代わりって言えばいいじゃない」
「お代わり」
「お代わり」
「お代わり」
「……お代わり」
とりあえず合格である。皆でジュースをお代わりして、のんびりと空を眺めた。そしてサラははっと気が付いた。
「テッド、ネリーやアレンがいるのに苦しくないの?」
「あの時のお前みたいに馬鹿みたいに魔力を出してなければそれほど苦しくはない」
馬鹿みたいに出すというのは失礼な話だが、サラが無意識で魔力をぶつけた時のことを言っているのだろう。だったら、なんで初めて会った時にアレンに近くに寄るなと言ったのだろうと思うが、
「そもそもテッドが意地悪だからだな」
と結論づけた。しかし、アレンの圧が気にならないということは、テッドは実は結構魔力があるということになる。
「あれ、そういえば、テッド、どうやってここまでこられたの? 騎士隊でも怪我をする人がいるくらいなのに」
「別に。身体強化で」
「できたんだ……。だったらやっぱり自分で薬草採取に行ったらよかったじゃない」
「俺には調薬の仕事がある」
それではなぜここに来たのかということなのだが、それはどうやらしゃべる気はないらしい。
「ま、いいや。そこまでテッドに興味ないし」
テッドには気の毒なことに、この一行には「さすがにそれはひどすぎねえか?」と指摘してくれるヴィンスのような人はいない。さっぱりと切り捨てたサラは、もうどんな服を買うかで頭がいっぱいであった。
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同月発売記念コラボをやってます。バレンタインの時期なので、
「転生幼女」には、サラの「魔の山でハッピーバレンタイン」
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と、お互いのssが入ります! これも詳しくは活動報告へどうぞ!




