なにか忘れてない?
「魔の山に行くって、手紙を残して出てきた。特にどこかに行くなとは言われてないけど、ローザに行くって言ったら絶対止められるから」
「王都では焦ってるだろうな。ってことは、そろそろ迎えが来るかもしれん。招かれ人は貴重だからな」
ヴィンスの言葉に、サラは思わず、
「貴重なんだ」
と突っ込んでしまった。だが、そういえばそれが面倒だったから、わざわざ招かれ人だと名乗りを上げなかったということもある。
「そうだった。私、せっかく疲れない体になったんだから、囲い込まれずにあっちこっち行きたいと思って、黙ってたんだよ」
「そうなのか。いいなあ、俺、周りに流されて何にも考えてこなかったから。サラ、俺」
「あ、許すとかそんな話? 別にいいよ。ネリーと離れちゃったの、ハルトのせいじゃないし」
麻痺薬を散布するというのはハルトが考えたかもしれないが、悪いのはそれを人間に使おうと考えた騎士隊やその背後にいる人たちである。サラはできればそういう人たちとは一生かかわりあいたくない。
「おや、待てよ」
ヴィンスが何かに気づいたという顔をした。
「ハルトはおそらく、王都から迎えが来るだろうが、サラにも迎えが来るんじゃないのか?」
「あー、あり得るなあ。だってサラさあ、騎士隊に『招かれ人だから』って言っちゃってたじゃん」
「しまった! 黙ってればよかったのに、つい」
確かに、騎士隊ともめた時に見得を切ってしまっていた。
「なに、迎えに来たとて、行かなければいいだけのことだ。ハルトにしろ、王都にとどまらなければならないという義務はないはずだぞ」
ネリーが何を悩んでいるのだという目でハルトを見ている。
「そうなのかな。でもあれだけ世話になってたら、こっちもなにか返さないとまずいかなって思うし」
「それこそが囲い込まれるってことじゃない。たしか女神みたいな人は、いてくれればそれでいいって言ってたよ」
ちょっと突っ張っていたあれこれが抜けたハルトは素直な少年だった。
「ハルトさあ、別に恩返しとか考えなくていいんだよ。お前、うちの嫁さんに対してもそうだろ。アレンもそんなんだし、母親だと思ってもっと甘えてもいいのにって残念がってたぞ」
「ありがたいけど、俺はもう甘える年じゃないから」
今ハルトとアレンを預かっているギルド長の様子だと、家だとハルトもアレンもきちんとしているようだ。アレンがきっぱりと断ると、ハルトも顔を上げた。
「俺も、本当にありがたいと思ってます。でも、俺にとっての母さんは、元の世界の母さんだけだから。甘えなくていいんだ。それにもう、ほとんど大人みたいなもんだし」
大人ではないよねという微妙な雰囲気が漂ったが、自立しようというのはいいことだ。
「そこまで言うんなら、そろそろ一人暮らしでもいいかもしれないなあ。ここまで二人を預かってて、少なくとも家の中では無茶しないのはわかったからな」
一人暮らしという言葉にハルトの背筋が伸びた。12歳と14歳と、どちらにしても日本では一人暮らしなどあり得なかったが、この世界では実際にある。それに、アレンなど、おじさんが亡くなって数ヶ月、そもそも一人でテント暮らしをしていたという強者なのだから。
「そういう意味では、魔の山は一人暮らしみたいなものだなあ。ネリーはいるけど、料理洗濯に掃除は自分でしなくちゃならないし、自活するために薬草採取したりしなくちゃいけないしね」
「うむ。もはやサラがいなくてはやっていけないほどに世話になっている」
「そりゃあサラはちゃんと生活してるが、ネフェルタリはサラに頼り切りってことなんじゃないのか……」
ヴィンスの突っ込みをネリーはさらりと無視したので、つぶやきは草原の風に消えてどこかに行ってしまった。
「なあ、サラは二年、魔の山にいたんだろ。魔の山って人がいなくて退屈じゃなかったのか」
「退屈とか、ないない。最初はとにかく魔物が危なくて小屋から出られなかったけど、それでも毎日生活を整えるのは楽しかったよ。それから一歩ずつ外に出て、今ではガーゴイルの岩場に行ったり、ゴールデントラウトのいる淵に行ったりする。今度コカトリスの卵を取りに行くんだ。それに」
「それに?」
サラはちょっと答えるのをためらった。あれを楽しいことに含めていいのか悩むからだ。それなのにネリーが笑いながら先に教えてしまった。
「サラは高山オオカミに餌付けをしているからな。家の周りには高山オオカミがたくさんいるぞ」
「餌付けなんてしてないし。毎日生ごみを捨ててるから、オオカミはそれを待ってるだけだし。そもそも私が餌付けをしなくても最初からいたし」
サラはネリーからぷいと顔を背けたが、背けたらハルトのキラキラした目と合ってしまった。
「オオカミか? オオカミと仲良しなのか?」
「仲良しではありません。むしろ天敵です」
「何頭くらいいるんだ?」
その質問が来るとは思わなかったサラは、毒気を抜かれて正直に答えた。
「だいたい10頭前後かなあ」
「10頭も! オオカミが! 自分のうちにいるのか!」
「自分のうちじゃなくて、管理小屋だし。いるのは結界の外側だし」
「やっぱり俺、魔の山に行く! そこなら王都の奴らも来ないんだろ」
確かに王都の騎士隊で魔の山まで来られたのは小隊長ただ一人だったはずだ。
「まあ、ハルトが来たいなら来てもいい。どうやらサラやアレンと同じで、私の圧も気にならないようだし」
ネリーが鷹揚に許可を出した後、はっとしてサラに確認をとった。
「いいよな、サラ」
「うん。誰かがうちに遊びに来るならそれは嬉しいもの」
「いや、うちって言うか、魔の山だから。あと、遊びとかじゃないからね」
ギルド長がきっちりと突っ込んでくれてありがたい。
「そのためにも、まずは魔の山まで歩き切る脚力が大事だな、ハルト」
「はい」
ハルトはさっき、町に帰りたいとグズグズしたことなどすっかり忘れたように、素直に頷いている。目的が決まれば、努力は苦にならないものだ。ハルトはアレンのほうに向きなおった。
「なあ、アレン。俺、しばらくダンジョンに行けなくなる」
「わかってるよ。草原を歩くんだろ。帰りにツノウサギを狩ることが条件だ。毎日ちゃんと暮らせるだけの収入を得ることが大事だからな」
アレンは苦笑して条件を出しているが、ハルトは驚いたように目を見開いた。
「一緒に来てくれるのか」
「ハルト、お前、一人で草原を行き来できるほどの集中力はないよな。一人では危ないぞ」
「う、そ、それは」
ハルトは目をそらした。バリアを張ることはできるとはいえ、サラのように訓練したわけでもないから、注意がそれるとすぐ適当になってしまう。身体強化はお手の物だが、だからといって、ツノウサギが群れてくる場所で何が起こるかはわからないのだから。
「俺だってサラのいる魔の山には行きたいんだ。ハルトに先に行かれてたまるか」
「そっちが本音かよ。感動したのに」
ハルトはがっかりしているが、サラは嬉しいの一言に尽きる。いつ魔の山に来てくれるだろうか楽しみになった。
「転生少女はまず一歩からはじめたい」2巻、2月25日発売、そろそろ本屋さんに出ているかもです!
特典情報が出たので、詳しくはMFブックスのニュースのページで。
メロンブックスさん、ゲーマーズさん、とらのあなさんでss付きです。
「転生幼女はあきらめない」は5巻が2月15日発売しています。
同月発売記念コラボをやってます。バレンタインの時期なので、
「転生幼女」には、サラの「魔の山でハッピーバレンタイン」
「まず一歩」には、リアの「兄さまにハッピーバレンタイン」
と、お互いのssが入ります! 詳しくは活動報告へどうぞ!