結局は魔物なんだ
クリスとヴィンスは放っておいて、アレンとハルトを見てみることにする。
「いいか。これが見本だ。よく見てみろ」
そう教えるアレンの手にはいつの間にか薬草が握られている。さっきの靴擦れの時に採っておいたのに違いない。サラは感心した。
「この季節、周りに背の高い草が多くて、薬草は見えにくいから、こうして一度しゃがみこむ」
「なるほど」
「最初はこの薬草を見て形を覚えてから、周りをゆっくり観察していく。薬草の葉は少し裏側が白っぽいから、慣れるとよくわかる」
「やってみる」
しゃがむどころか、地面に膝をついて熱心に周りを観察しているハルトを見て、サラは自分はアレンにこんなに親切に教えただろうかと考えた。確か本を渡して、あとは実戦で教えただけのような気がする。
サラもアレンも簡単にできる薬草採取が、なぜ他の人にできないのかと不思議に思っていたが、こういう観察力や教える力が薬師ギルドには足りないのかなと気がついた。ハンターギルドだって、自分で実力をつけろと言う感じで特に親切ではない。
「じゃあ、さっき見たように町の人と一緒にやっているテッドって、案外親切に教えている? まさかね」
サラは頭を振ってその考えを追いやった。だったら最初からサラに頼らずに町の人たちに頼めばよかったのだ。
「なあ、サラ」
サラが手を出さずにアレンとハルトを見守っていると、少し離れたネリーから声がかかった。
「なあに? ネリー」
サラがくるりと振り向くと、ネリーは不思議そうな顔でヴィンスとクリスのしようのない大人組のほうに目を向けていた。
「サラのバリアは何でも跳ね返すはずなのに、あの二人が自由に出入りできているのはなぜだろう」
「え?」
そういえば、二人ともさっきからバリアの中と外を行ったり来たりして魔力を確かめている。
「バリアが効いていない? でもウサギは弾いてる。ということは」
「もしかして、人はバリアの出入り自由なのか?」
ネリーは立ち上がるとすたすたと歩いてきて、迷いなくサラのバリアの中に入って来た。
「入れた……。人なら自由って、でも騎士隊の人は弾いてたよね」
サラは騎士隊とやりあった時のことを思い出した。確かに弾いていた。そんなサラにネリーが提案した。
「それなら、誰か一人敵役になってもらって試したらいいんじゃないか?」
「敵役って言っても、皆親切にしてくれた人ばかりだし」
ネリーも難しいことを言う。
「でも、強いて言うなら」
サラはちらっとクリスのほうを見やった。
「待て。私か? なぜ私なのだ。ネリーをこんなにも大切にしているというのに!」
「ええ、ネリーのことは大切にしてますけど、私は別に大切にされていないので」
サラは正直な気持ちを正直に述べた。皆思い思いのほうに目を背け、何とも言えない気まずい雰囲気が漂った。しかしクリスはあっさりと肩をすくめ、頷いた。
「まあ、それなら仕方がないか」
「仕方がないですますんだ。それならサラのことももっと気にかけよう、とかなんとか普通は言うと思うんだけどな。やっぱり薬師ってちょっと感覚が普通の人とちがうよね」
サラはぶつぶつと文句を言ったが、アレンが気の毒そうに見るほかは、誰も気にしもしないのだった。
「かといって今の私では自由に出入りできる。さあ、私を敵だと思え」
偉そうに宣言すると、クリスは一旦結界の外に出た。
「無駄に偉そうなんだけど。でも敵、敵ねえ。敵とは思わないけど、ネリーがいなかった時、この人は頼れないと思った悲しい気持ちを思い出そう。頼れない、頼れない……」
呟いているとどんどん悲しい気持ちになってきた。
「大変微妙な心持ちだが仕方がない」
クリスもぶつぶつ言っているが、サラがうつむいて悲しい気持ちを反芻している傍らで、手のひらをサラのバリアのあるあたりに当てた。
「うっ」
音こそしなかったが、クリスの手のひらは衝撃で弾かれた。クリスはそれにもめげず、今度は倒れこむように勢いよく横向きでぶつかった。
「うわっ」
まるで何かに叩き返されるように体が弾み、クリスは思わずその場に尻餅をついてしまっていた。
「驚いたな。これほどサラの気持ちに左右されるものなのか」
ネリーはふむと頷くと、サラのバリアの中に出たり入ったりしてみている。やはり人そのものではなく、個人を認識して弾くようだ。それを見てクリスが切なそうな顔をした。
「いや、これは体も跳ね返されるが、心も跳ね返されて何とも微妙な気持ちになるな。サラ、もう敵役と思うのを止めてもらえないか」
「はい」
サラは悲しみを反芻するのをやめた。しかし、
「うわっ! 入れないぞ」
「なかなか気持ちって戻らないんですね」
と、しばらく大騒ぎであった。
「なあ、サラ。テントや何かに泊まる時、人も弾くなら安心だって俺、思ってたけど、寝てるときに悪意を持った人をちゃんと弾くのかなあ。無意識で見分けられるとは思わないんだよな。ちょっと心配になってきた」
アレンが薬草採取の手を休めて、サラのことを心配そうに見た。こういう気遣いがほしかったのだ、サラは。サラはうんうんと頷いた。
「アレンとネリーならたぶんいつでも出入り自由な気がしてきた」
「それも危ないぞ。本来ならすべてを弾いたほうがいいんだ」
ネリーも心配そうにサラを見た。そして何やらヴィンスたちと目を見かわしていたが、そもそもあまり危険なことはするつもりがないのでサラはあまり気にはしていなかった。
「さ、それでは最初から気になっていた通り、全方位に盾を展開ということでやってみるか」
「いや、待てクリス。その考えだと、盾を何重にも張ることになるだろう」
「確かに、そのつもりだった」
「そうなると、盾を一度にいくつも操ることになり、あっという間に魔力がなくなるぞ」
真剣に話し合っているクリスとヴィンスに、薬草を探す目を休ませないまま、ハルトが声をかけた。
「俺らはさ、って言うか俺は、サラの障壁」
「バリアね」
サラはすかさず訂正した。
「……バリアの話を聞いて思ったのはカプセルだったし、実際見たらシャボン玉みたいだと思った。盾をイメージするんじゃなくて、カプセルやシャボン玉をイメージしたほうがいいんじゃないかな」
「かぷせる? シャボン玉、は子どもが洗濯の時に遊ぶあれか」
カプセルはどうやらこの世界にはないようだった。サラは似たものがないかと記憶を探った。
「お魚の卵とか、カエルの卵とかは?」
「カエルか!それなら俺にもわかる!」
反応したのはなぜかアレンだった。
「王都の西側にある湖沼地帯で春に大発生するあれだろ! 叔父さんの狩りに付き合ったことがある。確かに卵はこんなに大きくて透き通っていて、丸かった!」
「チャイロヌマドクガエルか! 確かにあれならイメージできる。あれも毒草と同じで、薬師としては欠かせない素材だからな」
サラは思いがけない情報に呆然とした。そもそもアレンが言うように一抱えもあるカエルの卵なんて想像できなかったし、クリスに至っては、それが薬の材料になるという。
「材料は薬草だけでは?」
「サラは何を言っている。薬草はもちろんだが、魔物の素材にもポーションになるものがあるぞ」
「知らなかった。薬師も無理かも」
薬師に興味があるわけではなかったが、ここでもサラの前に魔物の存在が立ちふさがるのであった。
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