まずは体力から
ハルトが次は何をやらかすのかとハラハラしながら歩き始めたが、心配するほどではなかった。時折アレンと話しながら楽しそうに歩いている。
しかし、歩いているうちにアレンがしきりにハルトの足元を気にするようになった。サラにはわかる。すごく単純なことだが、片足を引きずり始めたハルトは、きっと靴擦れを起こしている。
地下ダンジョンというのは不思議なことに階段もあるし、時には悪路になることもあるという。ハルトの身に着けているのもそんな中で戦える装備のはずなのだが、ただひたすら単調に歩き続けるというのは、ダンジョンとはまた違う動きなのだ。
身体強化をして体を前に進めることはできても、痛いものは痛いのだ。
「よーし、止まれ」
ヴィンスが声をかけた時、ハルトの肩がほっとしたように落ちたのをサラは見逃さなかった。休憩中にポーションを使えば怪我は治って歩き続けられるだろう。
「ハルトとやら。足を見せなさい」
「え? 大丈夫だよ。ちょっとポーションをかけておけば」
「見せなさい」
クリスに言われてハルトがしぶしぶ出した足はやっぱり靴擦れを起こしていた。クリスはそれを見てとると、靴擦れを起こした足に手をかけたまま顔を上げた。
「ジェイ、ヴィンス。今日はここまで」
「そうするかあ」
ギルド長もヴィンスも迷いなく頷き、足を崩して座った。
「え、待ってくれよ。まだ昼になるかどうかってところなのに」
「ポーションをかけて治したら、歩き続けるつもりだろう。だが自分の足を見てみろ」
ハルトの足は、全体に細かく震えていた。
「そもそも体を動かす筋肉が足りない。まだ若いから、ジェイのような筋肉をつける必要はないが、体力をつけないと意味がない。身体強化を使うための体がまず必要なんだ」
「だったら、こんなとこで休んでないでポーションをかけて町に戻りたい」
「靴擦れごときでポーションなど使うな。サラ」
そう来ると思っていたサラは、立ち上がった。
「薬草ですか?」
「ああ。新鮮なもののほうがいいのでな。頼む」
「いいですよ」
「俺も行くよ」
アレンが付いてきてくれるようだ。休憩の広場から外を眺めただけでも、薬草はすぐに見つかった。ただし、冬よりも草丈が伸びている分、この季節に草原で薬草を見つけるのはかえって難しいかもしれないとも思うサラである。
「ダンッ」
「ダンッ」
ツノウサギがぶつかってくる音にもだいぶ慣れてきた。近くの薬草をさっと折り取ると、ハルトとクリスのもとに急ぐ。
「サラ、やり方はわかるか?」
「薬草を手のひらで揉んで貼り付けます」
「やってみなさい」
サラはネリーに教わった通り、クリスに言われるまま薬草を揉んで、ハルトの靴擦れに丁寧に貼り付け、以前作って余っていたタオルの切れ端でくるりと巻き付けた。
「半日あれば、治ると思うよ」
「うむ。合格だ」
クリスは満足したように頷いたが、サラは自分は何に合格したのだろうかと遠い目をしてしまった。
「サラ、ほんとか?」
ハルトの素直な質問のほうがよほどわかりやすい。
「私もやったことあるからね。一番最初に歩く訓練をした時、私も靴擦れを起こしたんだよ」
ネリーがフッと微笑んだ。
「あの時はサラが一時間も歩けなくて、正直驚いたよ」
「一時間で休憩して、休み休みもう二時間、結局三時間で靴擦れになって歩けなくなったから、今のハルトと一緒だよ」
「そうか、サラも歩けなかったのか」
ハルトがほっと息を吐いた。
「ネリーもすぐポーションを使おうとするんだよ。もったいないでしょ、薬草を貼り付けておけば治るのに」
隣でアレンが頷いているが、こう付け足すのも忘れなかった。
「ハルト、そのままうのみにするなよ。ポーションをやたら使うのはよくないが、薬草を見つけられる人も貼り付ければいいって知識をもっている人もそうはいないからな?」
そういえばダンジョンで怪我をしたとしてもそこに薬草があるとは限らない。サラの住んでいた魔の山もこの草原もたまたま薬草の生えている場所というだけなのだ。
「それに、怪我をするたびにポーションを買ってたら、ハンターで生活が成り立たなくなるからな。なるべく怪我をしないようにする、そして自然に治る傷は自然に治すのが基本だぞ」
「地元民でもそうなのか。ポーションがある世界だから、何でもポーションを使っていいと思ってた」
サラは思わず噴き出した。地元民って、確かにそうかもしれないけれども。
「サラもずいぶん常識のない子どもだと思っていたが、招かれ人の世界とはそんなに違うものなのか」
「ヴィンスからとばっちりが来た! 今、私は関係ありませんよ」
サラは顔の前でぶんぶんと手を振った。一方でハルトはヴィンスに素直に答えている。
「俺、十歳まで体が弱くて入院ばかりしてたから、元の世界のこともあんまり知らないんだ。ブラッドリーならよく知ってるから、ブラッドリーが来たら聞いてみたらいいよ」
「招かれ人は元の世界では長くは生きられない人ってのは本当のことだったのか」
サラは二人の言葉を聞いてショックを受けた。一番は、招かれ人といっても、この世界に来る前には様々な人生があっただろうということを忘れていた自分にである。自分だっていつも疲れていて、人生を満喫していたとは言えなかったではないか。
それに、ヴィンスの直接的な言葉も衝撃は大きかった。確かに、女神らしき人には、サラも短い命だと言われたではないか。転生した途端にオオカミに襲われそうになったサラは生きるのに必死で、そのことをすっかり忘れていたのだ。
「招かれ人はたいてい十歳くらいの姿でこちらに来るというが」
「うん。俺も十歳でこっちに来た。もう四年経つんだ」
サラは転生前は28歳だった。疲れがちであっても、社会人として働いていた。しかし、ハルトはその年齢のまま十歳でこちらに来たのだ。おそらくいろいろな経験のないままに。そしてすぐに貴族の屋敷に引き取られ、囲い込まれて暮らしていたのだろう。年のわりに幼い理由がわかったような気がした。
ただし、もう四年経つというところで、ふふんという顔でサラのほうを見たので、そのサラの優しい気持ちは草原のさわやかな空気の中に溶けてなくなってしまった。二年先輩だぞという顔が憎たらしい。
イラっとしたが、サラはとりあえずお昼の準備をすることにした。ここに泊まるということは、つまりここでキャンプということである。午後に十分な時間があるので、薬草を採ったりアレンとお話ししたりできる。
「じゃあ、まずお湯を沸かそう」
サラが携帯コンロと鍋を出すとハルトが興味津々で近寄って来た。
「こんなの持ち歩いているのか?」
「もちろん。魔の山とローザを行き来するのに必需品だよ」
「すげえ」
目をキラキラさせるハルトに、サラの機嫌はあっという間に直ってしまった。そんなサラを眺めていたネリーだが、ふと気が付いたように口にした。
「ジェイ、ヴィンス」
「なんだ?」
ネリーから話しかけるのは珍しい。
「子どもらは私が見ているから、いったん町に帰ってもいいぞ。特にヴィンスは忙しい身だろう」
どうやら二人を心配しているようだ。
「私は残ってもいいということだな」
と満足げなクリスと、
「俺だって忙しい身だし?」
と主張するギルド長はネリーに無視されているが。
「いや。せっかくだから俺ものんびりしたいんだ。半日のんびりできるなんていつぶりだろう」
ついに草原に寝転んでしまったヴィンスを見て、本当に自分が付いてくる必要があったのかとサラは疑問に思うのだった。
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同月発売記念コラボをやります。バレンタインの時期なので、
「転生幼女」には、サラの「魔の山でハッピーバレンタイン」
「まず一歩」には、リアの「兄さまにハッピーバレンタイン」
と、お互いのssが入ります! 詳しくは活動報告へどうぞ!