ダサくない
「ダンジョンは狭いからさ。広いところで試してみたかった魔法があるんだ」
「いや、やめたほうがいいと思う」
誰かが言わなくてはならない。サラがすかさず突っ込んだが、ハルトは聞く耳をもたない。
「集え群雲よ、集いて天に昇り銀河となれ」
「いやいや、雲は銀河にならないよね」
サラはもはや義務のようにつぶやいたが、ハルトの頭上では、結界の上にもくもくと怪しく暗い雲が広がり始めていた。やがて雲が集まり始め、雲のあちこちで小さな稲光がチリチリと光る。
「いくよ」
「いかないほうがいいと思う」
「舞い散れ、流れ星」
頭上の雲から光の雨が降り注ぎ、一瞬の後、草原には動くものは何一つなくなった。
「そこは流れ星のままでいいじゃん」
サラの虚しい声が響く。
呆然と見守る皆と、魔法が成功して嬉しそうなハルトの前で、やがて冬の名残の枯れ草に着いた火が燃え広がっていく。
「え? あれ?」
「あれじゃないよ。こうなると思ってた」
サラは仕方なく立ちあがると、空に向かってハルトと同じように両手を広げた。
「ええと、魔法の教本に書いてあった通り。『魔力は自分の思い描いた通りの力になる。自分の魔力量に応じて、無理せず、自由に、自分に思い描いたように』」
サラの頭上にもくもくと雲が集まり始める。
「おいサラ、まさか」
「心配しないで、ヴィンス」
やがてあたりが暗くなるほど雲が濃くなった。
「スプリンクラー」
「だっさ」
ださいからなんだというのだ。サラの宣言した通り、雲からスプリンクラーのように降り注ぐ雨は、草原の火を静かに収めていった。サラはその様子をちょっと悲しい気持ちで眺めると、ハルトに声をかけた。
「さ、ハルト。行くよ」
「え? どこに」
「草原に。ツノウサギを拾ってこないと」
ハルトは大きな魔法を撃って満足かもしれないが、その魔法でたくさんのツノウサギが命を失った。ツノウサギは凶暴な魔物だし、あれだけ集まっていたら、自分の身の安全のためには討伐するのが当たり前だ。それでも、ハルトには言い聞かせなければいけないことがある。
「ハルト!」
「ああ。行くよ」
「見て」
サラはくたりと命を失ったツノウサギにしゃがみこんだ。
「雷の魔法を無差別に落としたせいで、毛皮の大半が駄目になってるでしょ。たぶん肉にも食べられないものがたくさんある。魔石は取れるけど、これじゃ肉としても毛皮としても売れないよ。確かにいっぺんに倒すことはできたけど、ハンターとしてこれはどうなの」
サラは自分はハンターではないし、人にものを教える立場でもない。でも、スライム一匹と言えども、命を狩ったらそれをきちんと回収する大切さをネリーに教わってきているのだ。
「魔物だけど、さっきまで生きて動いていたものなんだよ。モフモフしてたでしょ。危険な魔物を間引くことは大切だし、自分の身を守ることも大事だけど、こんなやり方はよくない。よくないよ」
サラはそれだけ言うと、もくもくとツノウサギを拾い集めた。もちろん、後でハルトに返すけれども。少なくとも、売れるところはちゃんと売って、食べられるところは食べてもらうのだ。それが命を狩ったハンターの責任だろう。
ハルトも何か感じるところがあったのか、反論せずにウサギを集め始めた。やがてポツリポツリと話し始めた。
「ブラッドリーと同じことを言う」
「ブラッドリー?」
「招かれ人。先輩なんだ」
「ああ、王都にいるっていう、もう一人の」
サラはネリーのほうに振り返った。ネリーは知っているよというように頷いた。
「ブラッドリーは常識人だ」
「そこ?」
でも、その情報はとても大切な気がする。もう一人の招かれ人がハルトと同じように無茶をする人でなくてよかったということなのだから。
「年も上だけど、もともと社会人経験があるからって。いろいろうるさいけど、心配もしてくれる」
「いい人なんだね」
ブラッドリーというのは外国の人の名前だ。ハルトも外見は日本人に近いし、招かれ人は日本人だと思っていたが、違うのだろうかとサラは不思議に思った。ハルトには聞きたいことがたくさんあるけれど、人のいる前でどこまで聞いてもいいかわからず、ちょっとためらってしまうサラである。
「今までダンジョンの魔物で、ふわふわしていた生き物なんていなかったから。かわいくて、もしかして飼えないかなあなんて思ってたけど。そのかわいい魔物を俺は今、たくさん殺してしまったんだな」
「うん。魔物だもの」
あの高山オオカミでさえ、かわいいと思うことはある。でも、魔物だから、ちゃんと線を引かなければならないのだ。
「でもさ、魔法はかっこよかっただろ」
ハルトはツノウサギを収納袋にしまいながらも、ちょっと自慢そうだ。でもサラの答えはこれである。
「え、別に」
「なんでだよ」
「そもそも詠唱が長すぎるし。統一感に欠けてるし。バリアが駄目なのに、スターダストがありとかないし」
バリアがかっこ悪いと言われたことを、サラは忘れていなかった。
「あ、まさかお前」
最後のツノウサギを収納袋にしまうと、ハルトは大声をだした。
「地味だから気が付かなかったけど、お前、招かれ人か!」
「いや、今ごろ?」
なぜただの少女が魔の山に住んでいられると思うのだ。それに地味とか、明らかに言ってはいけない言葉であろう。
「じゃあ、姉さんが王都で使っていたバリアは、サラが考えたものなのか。つまりそれをまねした俺の障壁も、サラのバリアが元ってことか。だっさ」
「失礼すぎるでしょ。それにそもそもが私のバリアなんじゃない」
「ご、ごめん。それについては感謝してるんだ。自分では身体強化で十分だと思ってたから、盾の魔法を全方位に展開するとか思いつかなくてさ。名前がダサいだけで、魔法自体はいいものだよ」
「ダサくないし」
サラはプイっと顔を背けると広場まで戻って来た。
「ネリーは王都でバリアを使ったの?」
「正確には違うんだ。身体強化をちょっと伸ばす感じで、盾の魔法とは違うんだが、その」
ネリーは照れたように鼻の頭をこすった。
「サラみたいに、バリアって言ってみたくてな。それをあの招かれ人に聞かれていたらしい」
「ネフ。なんと愛らしい」
近くで感動している薬師は放っておいて、サラはネリーの隣に座って肩を寄せた。
「バリアって口にしたら、ちょっと楽しかったでしょ」
「ああ。でも、聞かれると照れくさいから、やっぱり私は控えめにしておくよ」
「それもいいね」
失礼な招かれ人に地味だとかダサいと言われても、自分とネリーが楽しければいいのだ。ハルトも、
「ごめんよー」
と言ってるので、まあいいだろう。
「さて、そろそろ進んでもいいか?」
「そうでした。行きましょう」
一泊の旅はまだまだ続きそうである。
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ローザの町でのサラとアレンの話がいっぱいに詰まっています。
王都にネリーがどうさらわれていったかも明らかに!