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モッフモフ(ただし肉食)

「なんだこれ! モフモフがいっぱいだ! かわいいなあ」


 ハルトの明るい声が東の草原に響いた。人がたくさんいる気配を察したのか、ツノウサギもいつもより数が多い気がする。確かに見た目だけはかわいいよねとサラはうんざりと灰色のツノウサギを眺めた。


「ツノウサギは王都のそばにも道中にもいただろう」

「王都のそばではたまに遠くから見かけるくらいだったんだ。それにローザへは馬車で来たけど、途中でもそんなには見なかった気がする」

「やはり増えているのはこのあたりだけのようだな」


 ヴィンスが困ったもんだというように腕を組んだ。


「魔の山、つまり北ダンジョンまでの一番の問題がこいつらなんだ。かわいいなんて言ってると角でやられて終わりだぞ」

「平気平気。こいつら懐かないかなあ」


 夢を見るのは自由だよねとサラは高い空を見上げた。


「おーい、ウサギー」

「おい待て! 何のために順番を決めた!」


 ウサギに惹かれたハルトは、ヴィンスが怒鳴った時には既に町の結界から一歩踏み出していた。サラも慌ててバリアを張ろうとしたが間に合わなかった。


「ダンッ」

「ダンッ」


「ほら、見ろよ!」


 ハルトはにこにこしてもがくウサギを抱いてこちらを向いた。よく見ると身体強化は腕だけで、体のほうはサラと同じようなバリアを張っている。身体強化をしていても、衝撃があれば体は揺らぐこともある。しかしバリアなら衝撃を跳ね返すので、体には影響はないのだ。


「サラ、アレン、さわってみるか? モッフモフだぞ?」

「いやいや、よく見て。腕を嚙んでるし、思いっきり蹴られてるでしょ。そもそも肉食なんだからね」

「よーし、怖くない、怖くないぞー」

「いや、ウサギ怖がってないから。むしろめちゃくちゃ怒ってるから。放してあげて」


 結局暴れるツノウサギに嫌気がさして、ハルトはウサギを放したが、その間サラ以外の皆は呆気に取られて何もできずにいた。もちろん、危険だったら有無を言わせず手を出しただろうが、ハルトがあまりに楽しそうだったからどうしていいかわからなかったのだろう。


「招かれ人、めちゃくちゃだな」


 あきれるヴィンスにギルド長がボソッと答えた。


「序の口だぞ」

「本当か……」


 しかしさすがギルドのトップ二人。気を取り直してハルトに言い聞かせている。


「いいか、順番を守れ。俺たちの言うことを聞けないのなら、魔の山への許可は出さないぞ」

「わかった」

「街道は、結界に守られていない。ツノウサギがあちこちから襲ってくると思え」

「了解」


 本当にわかったのかという疑いの目をハルトに向けたヴィンスだが、その目はすぐ後ろのサラとネリーに向いた。


「最初は俺たちの最速で歩く。まずそれに付いてこられるかどうかを見る。サラもいいか」

「嫌だと言っても聞いてくれないんですよね」

「まあ、そうだ」


 にやりとしたヴィンスはギルド長の隣に立ち、一番後ろに着いたクリスに合図をすると、町の結界から出て歩き始めた。


 ハルトは案外素直に頷くと、アレンと並んで歩き始めた。


「ダンッ」

「ダンッ」


 さっそくツノウサギが飛びかかってくる。今は狩りではないので、アレンは自分に当たりそうなツノウサギだけ叩き落しているが、ハルトのほうは手も出さず、ウサギをはじいている。もちろん、サラもだ。ヴィンスたちの歩くスピードは確かに速いが、サラにも十分ついて行ける速さだった。アレンもハルトも平気そうに歩いている。


「ハルトのそれ、バリアか」

「バリア? そう、そういえばそうだな。でもバリアなんて、かっこ悪い名前だよな」

「おい、そういう言い方はやめろ」


 アレンが慌てて止めているが、既に口から出たものは元に戻せない。


「じゃあお前はなんて言ってるんだよ」

「俺?」


 ハルトは無駄に右手を前に伸ばして宣言した。


障壁(しょうへき)

「バリアじゃん」


 サラは思わず突っ込んだ。


「障壁のほうがかっこいいだろ」

「バリアのほうが短くて言いやすいでしょ」

「どっちでもいいだろ。そもそもいちいち口に出さなくても使えるだろ」


 アレンに仲裁に入られてしまった。


 そんな多少のイライラもありながら、最初の一時間ほどは順調に進み、ちょうど結界の残っている広場を見つけ、休憩することにした。1時間歩き続けることくらい、サラにとってはどうということもない。何しろ二年以上鍛え続けてきたのだから。


「このくらい、全然平気だ」


 座り込むハルトの息は少し上がっていたが。サラは後ろからそんなハルトを見ていて、少し気になることがあった。


 ハルトはサラと同じ招かれ人だから、どんなに身体強化を使ってもバリアを使っても魔力がなくなることはない。だが、サラが初めての遠出をした時のように、そもそも体が動くことに慣れていないと、靴擦れを起こしたり、足そのものが疲れたりする。もちろん、筋肉痛にもなる。


 だからサラが町まで出るのに丸二年かかったのだ。


 だが、ハルトの歩き方はサラから見ても少しバランスが悪いものだった。上半身が前のめりになっており、腿が全然上がっていない。つまり、そもそも長く歩くという訓練をしたことがないのではないか。


「ハルト、ちゃんと聞いたことなかったけど、王都ではどんなふうにハンターやってたんだ?」


 サラと同じ疑問を持ったのか、アレンが聞いてくれた。


「うん、だいたい毎日、仲間と一緒にダンジョンに潜ってた。そこでいろいろ魔法を試すのが面白くてさ。で、渡り竜の季節だけ、手伝いに駆り出されるほかは好きにさせてもらってた、と思う」

「ほう、渡り竜の討伐に参加していたか」


 ヴィンスが感心したように声を上げた。


「うん、そこで姉さんと知り合った」

「知り合ってはいない。たまたま一緒にいただけだ」


 ネリーは相変わらず塩対応である。


「王都のダンジョンか。じゃあ、町からすぐ出たところか」

「違うよ、あんな初心者ダンジョンじゃない。王都の南ダンジョンだ」

「だってあそこは町からは遠いだろう」


 アレンも王都にいたことがあるから地理は把握しているようだ。


「屋敷から馬車で行ってたからな」

「馬車か。それでか……。で、何時間くらい潜ってたんだ?」

「昼頃行って、夕方には戻ってきてた。大きい魔法を使うとそれなりに疲れるんだよ」

「うーん」


 確かに疲れるかもしれない。でもこの話で、ハルト以外の全員が理解した。


 確かにハルトは招かれ人で、魔力量も多く、ハンターとして活躍していたのかもしれない。でもそれはあくまで貴族のやり方で、泥臭く修業したものではない。


 つまり、ハルトには体力がないのだ。体力お化けのようなアレンでさえ、ギルド長に体力をつける訓練をやらされているというのに。


「にしても、すげえな、ツノウサギ。話には聞いていたが、これほどいるとは思わなかったぜ」

「俺、ちゃんと報告書に書いたからね」


 東門から魔の山に向かうほどツノウサギが増える。休憩所の広場の周りは、集まって来たツノウサギで草原が灰色に見えるほどだ。


「俺がまとめてなんとかするよ」


 ハルトがふっと立ち上がった。


「いや、何とかしなくても今日は歩くだけだから、別にいい」

「じゃあ、いくよ」

「いや待てお前、ほんとに話を聞かないな?」


 あきれるヴィンスの話も聞かず、ハルトは生き生きと両手を天に伸ばした。皆のんびり見学しているが、サラは気が気ではなかった。いったい何をするつもりなのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 流石に招かれ人だからフツーに強いのか でも体力ないなら魔の森行けないね、安心
[一言] もっふもふと肉にしゃぶりつく肉食ネリーの姿が思い浮かびました(笑)
[一言] 休憩所の結界、壊しそうで怖いなあ。 何かやらかしそうな予感がしますなあ!!
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