頭の悪い旅
薬師ギルドは第二層の門をくぐって東側に行ったところにある。サラにとっては苦い思い出の場所で、正直いい印象はない。それに、あそこに行けばあのテッドが待っているのだ。サラは薬師ギルドの前で気合を入れた。
「こんにちは!」
ハンターギルドと違って入ってすぐにカウンターがあるので、サラは挨拶をして奥の作業場から薬師を呼びだした。
「はーい。おや、君は」
出て来たのはテッドではなかった。たしか副ギルド長かなにかだったはずだ。その人はサラが一人なのを見て取ると、こう確認した。
「君がいるということは、ネフェルタリもいるね」
「はい、外に」
「じゃあ、ちょっと待っててくれるかい。ここでクリスを呼ばないと、後から仕事にならないんでね」
副ギルド長が作業場に引っ込むと、すぐに薬師ギルドの長のクリスが出てきてサラに見向きもせず外に飛び出していった。
「すまないね。今日は薬草かい?」
「はい。これ」
腰の収納ポーチから薬草かごを取り出したサラは、そのまま薬師に手渡した。魔の山で採ったたっぷりの薬草だ。
「本当に助かるよ。最近はローザでも薬草を採るようになったから、一時ほどひっ迫はしていないんだけどね。数えるから少し待っていてくれ」
「はい」
特にトラブルにもならなくてほっとしたサラは、そっと工房の入口をのぞき込んだ。
「テッドかい」
薬師の人は丁寧に薬草を数えながらそう口にした。
「違います」
返事が早すぎただろうか。
「テッドは今ね、薬草を採りに第三層の壁の外に出ているよ」
「あのテッドが?」
サラは正直に驚いた。
「テッド一人だけじゃなくてね。若い薬師見習いや、時間を持て余したご老人などを引き連れて行ってる。薬草を見分けるのはなかなか難しいから、まだたくさんは採取できないが、季節も春だし、案外希望者もいるようでね」
「自分は働かず、人を働かせようとしてばかりいたテッドが?」
思わず口に出してしまった。それにテッドが一番下っ端の薬師だと思っていたからそれにも驚いた。
「そうだね。やっとテッドにも対等に話してくれる相手ができたからかな」
「そんな奇特な人がいたなんて驚きです」
サラは真顔でそう言った。
「ははは、自覚はないのか、君は。ええと」
「サラです」
「サラと、アレンもそうだよね。テッドに対してなんの遠慮もない」
「そもそもテッド自身が遠慮がなさすぎだと思うんです」
テッドに関しては特に褒めるところはないのだから、サラの口調も厳しいものにならざるを得ない。薬師が話を続けようとしたとき、ギルドの入口からヴィンスの声がかかった。
「サラ、急げよ」
「もう。代金は後で取りに来ることにします」
「量が多いからね。そうしてくれると助かる。かごは先に返しておくよ」
サラは急いで走り出た。ローザの町はだいぶ好きになったが、この町に来るとなぜかマイペースで暮らせないのが難点だ。
「量が多いから、後で取りに来ることにしました」
とりあえず報告である。情報の共有は大事だと身をもって知ったのだから。
「ああ、サラか。ということは、ネフ、君もまたすぐに来るということだな」
「さあな」
「また来るのなら今別れる必要もあるまい。おい、ジェイ」
「なんだよ」
クリスがギルド長をジェイと名前で呼ぶのを初めて聞いたが、よく考えたら二人ともギルド長でややこしいのは確かなのだった。名前で呼ぶのは何の不思議もない。
「私も行こう。子どもたちが心配だからな」
「お、おう。まあ、いいんじゃねえか、理由はどうあれ、薬師がいれば役に立つしな。一応泊まりだぞ」
「問題ない」
子どもたちになんて何の興味もなくて、ネリーに付いていきたいだけだろうと誰もが思ったに違いない。サラとしては手がかからなければ誰が来ても同じである。だとしたら、面倒でもハルトとは仲良くなっていたほうがいいかと考えながら歩き始める。とはいえ、同じ招かれ人として懐かしい日本の話なんてしたら、アレンが仲間に入れない。無難な話題とは何だろう。
「ねえ、ハルト」
「お、俺?」
ハルトは驚いたようにサラのほうに振り返ったので、むしろサラが驚いた。
「うん。ハルトって王都から来たんだよね」
「そうだ。王都の外の町に来たのは初めてなんだ」
案外素直な返事が戻ってきてほっとした。
「王都の暮らしってどうなの?」
「どうって言われても、普通?」
なぜ疑問形なのか。
「うーん、例えばローザと比べて物価はどうなの? パンは一ついくらくらい?」
「パンは食事に普通に出てくるものだろ? 知らないよ」
「え、じゃあ宿は一泊いくらくらい? ギルドの宿は五〇〇〇ギルだけど」
「そもそも俺、屋敷があるからわからない」
強敵である。しかしそういえば、ネリーもお金など使ったことないと言っていたではないか。
「もしかして、十万ギル硬貨を出せば何とかなると思ってる?」
「何とかなるだろ」
「あー、ハルトは貴族かあ」
サラは苦笑した。ネリーが最初にそう言っていたなと思い出しながら。
「普通そうだろ。王都の招かれ人は自動的にどこかの貴族に割り振られて、そこで暮らしてるぞ。俺が知っている限りでは二人しかいないけど」
「二人? 窮屈じゃない?」
「窮屈って言えば窮屈だけど、自由に動ける体に比べたらそんなことなんでもないよ」
本当にそうだなとサラは空を見上げた。いくらでも鍛えられるから、試験に付き合わされる羽目になったわけだが、疲れて動けないより何倍もましだ。それに驚いたことに普通に会話が成り立っているではないか。王都に二人しか招かれ人がいないなど、気になることはあるが、それはまた後で聞いてみようと思う。
「ハルトは何歳なの?」
「一四。お前俺にばっかり聞いてるけど、その、お前、名前、は」
皆がサラと呼んでいるからわかっているはずなのだが、ちゃんと自己紹介したいのだろう。それにしても、一四歳にしてはアレンと同じくらいの背だし、なんとなく細い。もともと骨が細いタイプなのかなとサラは思ったが、とりあえず自己紹介しておく。
「サラ。アレンと同じ、一二歳だよ」
「お、おう。年下か。まあ、俺に任せとけ、サラ」
胸を張ったハルトは、一四歳よりはやはり少し幼く見えた。そんなハルトをアレンが肘でつついている。
「何言ってんだよ。俺たちにサラより体力があるかどうかって話なんだぞ」
「あるに決まってるだろ」
「俺はある。だが、ハルトはない」
「いーや、あるね」
そうこうしているうちに、東門までやって来た。
「まだツノウサギが多いな」
「最近いつもこのくらいだぞ」
ギルド長の言葉にネリーが普通だぞと答えている。
「じゃあ、久し振りに俺が前に出るか。サラを前に出したい気もするが」
ヴィンスが首をコキコキと鳴らしているが、サラは前に出るなんてことはまっぴらごめんである。
「俺とヴィンスが露払いだな。俺たちの後に、ハルトとアレン。ネリーとサラはその後。クリスは」
「私は最後だな。面倒だから怪我はしないように」
順当な並びであると思う。
「あれ、あそこにいるのは?」
アレンが指さした先にいたのは、東門から少し離れたところにいる人たちだ。
「へえ、薬草採取してるのか。それにあれ! テッドだ!」
あの特徴的な金髪とシルエットはテッドである。しかも監督をするのではなく地面にしゃがみこみ、熱心に薬草を採取しているではないか。よく見ると楽しそうでさえある。
「声をかけるべき?」
「そっとしとこうぜ」
では、今日行けるところまで行くというだけの、頭の悪い一泊の旅に出発である。
「転生少女はまず一歩からはじめたい」2巻、2月25日発売です!
「転生幼女はあきらめない」5巻が2月15日発売。
発売時期がまとまってしまいましたが、面白い仕掛けがありますのでお楽しみに!




