魔の山に行けるか行けないか
「あー、サラ。確かお前、一人で魔の山からローザまで来たことがあるよな」
ヴィンスがなぜか言いにくそうに聞いてきた。
「はい。一番最初ですけど」
「あの時はその、すまなかったな」
どうやらネリーのことを誤解していたことを申し訳なく思っているらしい。
「いえ、私の説明も悪かったし、あの時はどうしようもなかったと思うので、それに」
私はアレンのほうを見た。
「何とかなったしね」
「そうだな」
アレンとニコニコしていると、ほっとしたのかヴィンスが話を続けてきた。
「あの時は何日かけて町まで来た?」
「五日でした」
「サラ、お前、もご」
サラは何か言いかけたアレンの口を急いでふさいだ。「今回二日で来れたんだろ」なんて言われたら、また注目を集めてしまうではないか。
「やっぱりリア充」
「違うから。友達だから」
今度はハルトの口をふさいでやろうか。
ネリーを含めて、うかつに発言する人ばかりで、サラは気が休まらない思いだった。
ヴィンスがサラの五日という返事を聞いて、ぶつぶつ言い始めた。
「魔の山までハンターの足で一日だ。しかも、魔の山までの街道では結界があまりきいていないと聞く」
「魔の山も含めて、全くきいてなかったぞ」
「だったら町長に頼んで何とかしろよ、ジェイ」
「それがなかなかなあ」
いつの間にかギルド長も来て話に参加していた。どうやら結界が張り直されないのは、ローザの町が許可を出さないからのようだ。
「そんな厳しい状況の中、お前は一人で歩きとおせる自信があるのか、ハルト」
「ある。だって、そこのその、その、女子だって行けたんだろ」
「俺だって行けるさ」
なんでそこでアレンが対抗意識を出しているのだ。
「アレンは行ったことがあるのかよ」
「ないけど、ハルトと一緒に結界なんてないダンジョンに潜っても平気なの知ってるだろ」
「た、確かに」
ハルトもなんでそこでアレンに言い負かされているのだ。
サラはちょっとイライラしながらそれを見つつ、イライラするのは自分らしくないぞと深呼吸した。
そもそも、なんでイライラしているのか。
魔の山にアレンやハルトが来ることだろうか。
いや、それは嫌ではない。多少ご飯の支度が大変になるかもしれないが、一緒にオオカミの群れを見たり、ゴールデントラウトを獲りに行ったりするのも楽しい気がする。
ハルトという人は、なんだか話が通じなそうな人だが、そういう人とは特に親しく話さなければいいのであって、話すのはネリーとアレンに任せればよいのだ。
そう考えると、少しわくわくするような気もする。
だったら何も問題はないのではないか。
「ヴィンスもギルド長も、そんなに俺のことが心配なら、魔の山に行けるかどうか、試してみたらいいだけじゃないか」
「そうだな。実際行ってみればいいよな。行ってみて危ないようならやめればいいんだし」
なんでハルトとアレンはこういうところだけ気が合っているのか。
しかしまあ、実際試してみるというのなら、やってみたらいいのではないかとサラは思う。十分体力のある状況なら、身体強化のしっかりしているアレンなら大丈夫だと思うしとサラは人ごとのように考えていた。
そうだ、その間に、今度こそ女の子用の服を買ってこよう。
サラは我ながらいいアイデアだと思った。明日はまず薬草を売りに行って、皆が魔の山まで行けるかどうか試している間に、町をぶらぶらして服を買う。何日か滞在してもいいぞとネリーも言ってくれていたし。
皆ががやがや話し合っている間、そんなことを考えていたサラだったが、
「で、どうなんだ?」
と声をかけられて、はっと我に返った。
「どうなんだって、何がですか? ヴィンス」
「聞いてなかったのか? ダンジョンだよ」
「ダンジョン?」
はてな印が頭の中を飛び交う。今、魔の山まで行けるかどうかの話をしていたのではなかったか。
「だーかーらーさー」
ハルトが間延びした言い方をしてまたイラっとした。
「魔の山のふもとまで行って帰ってくるつもりなら、二日はかかるって言うからさ」
まあ、途中の広場での泊まりくらいは覚悟しなくてはならないだろう。
「要は、魔の山まで行けるってことを証明すればいいわけで」
それがどうしたというのだ。
「つまり、あんたが、ええと、さ、サラがさ」
「さ」が多すぎるんですけど。サラの目が冷たくなった。
「私がどうしたの?」
「俺たちと年の近いサラが魔の山まで行ける。ってことは、サラが俺たちと一緒に中央ダンジョンに潜ってみて、俺たちが魔の山まで行けるかどうか判断してくれればいいんじゃないかってことになってさ」
「は?」
どうしてそうなる。
サラは助けを求めてアレンのほうを見て、見なければよかったと思った。
アレンはキラキラした目をしてサラを見ている。
「サラはダンジョンには入らないって言ったけど、いつか一緒に入ってみたかったんだ、俺」
そんな希望を持っていたとは知らなかった。
サラはあきらめてネリーのほうを見た。
ネリーはさっと顔を横に向けた。
「ネリー?」
「わ、私は別に賛成はしていないぞ。ただ、魔の山で鍛えたサラの力がどこまで通用するかは興味があってだな」
「やだなー、ネリー、私、鍛えてなんかいないよ?」
サラの言葉は、ちょっと棒読みのようになっていたかもしれない。
「私、魔の山では薬草を専門に採っているだけだもの。そのついでにちょっと二、三日遠出したり、渓流で魚を獲ったりすることもあるけど、魔物を狩ったこともないんだよ」
「あ、ああ、その通りだな。うん」
「じゃあお前、なんでスライムの魔石」
サラは口をはさんできたヴィンスのほうを冷たい目で見た。
ヴィンスは思わず一歩下がって、目をそらした。
「ああ、うん。偶然獲っただけだったな。うん」
「そうです。偶然目に入ったから、シュッと」
「シュッとな。よくあるよな、魔法師ならな」
「ねえよ、そんなこと」
サラはため息をついてギルド長のほうを見た。ギルド長とも話し合いが必要だろうか。
「いや、あるかもしれないな」
話し合う必要がなくてよかった。
サラはハルトとアレンに向き直った。
二人はなぜだか姿勢を正した。
「いいですか。魔の山に行きたくて、魔の山に行く力があることを証明したいなら、私に頼らずに、自分たちで行けることを証明してね」
「はい」
「はい」
安心した次の日、結局は、アレンが心配で、魔の山に行けるかどうかのお試しにくっついていくはめになったのはなぜだろうか。
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