大きくても魚は魚
「マイズ」
「ああ、仕方ねえな」
ヴィンスとマイズが頷きあっている。なんだろう。サラは首を傾げた。
「サラ、裏にこい」
体育館ではない。魔物の量が多い場合や、あまり公開したくない時など、ギルドの裏の部屋で査定するのである。
「魚をさばいて食べるだけなのに」
「ただの魚じゃない。ゴールデントラウトだ」
魚は魚でしょと言いたいサラだったが、
「私の査定もある。まあ、一緒に済ませてしまおう」
とネリーに言われたらそれはもう仕方がない。
しぶしぶヴィンスについて裏に向かうと、ヴィンスは迷わずギルド長の部屋に向かった。
「ジェイ」
「仕事中だぞ」
どう見ても椅子にそっくり返って休んでいたギルド長が、サラを見て目を見開いた。
「よう、サラ。ネフェルタリも」
ギルド長はネリーにも挨拶すると、感心したように口を開いた。
「魔の山からか。お前、ほんとに町まで来られたんだなあ」
たとえネリーが強くても、道中あれだけ魔物に襲われる中では、二人を守って町まで来るのはかなり無理がある。つまり、ネリーと一緒であっても、魔の山から町に来たからには、サラは自分で自分の身を守る力があるということなのだ。
「ジェイ、査定だ」
「ここじゃなくてもいいだろ」
「魚の魔物だからな。ここなら汚れてもいい」
「よくないよね。ここギルド長室なんだけど。客人も来ますけど」
ギルド長のぼやきは無視された。
「さ、出してみろ」
サラはしぶしぶゴールデントラウトを床の上に出した。一度だけ主のような大物が獲れたことがあるが、あとは大抵一メートルくらいのサイズだ。サラとネリーなら一匹で何日ももつ。
今回はお土産ということで、これを五匹ほど捕まえてきた。
「ご、ゴールデントラウト。魔の山でか」
ギルド長が腰を半分浮かせている。
「渓流の淵ごとに一匹ずついて、獲ってもしばらくするとまた棲みつくから、いなくなったりはしないよ?」
ちゃんと獲りすぎないようにしているとサラは主張しておいた。
「いや、魔物だからいくら獲ってもまあいいんだが。これをサラが獲って売りにきたのか?」
「違います」
サラは首を横に振った。
「お世話になったから、これはギルドの食堂にお土産に。ギルドの皆で食べられるよう、余分に獲ってきたから」
「待て待て待て。一匹じゃなく?」
「五匹ほど」
ヴィンスの目がうつろになった。
「五匹ほどね。うん。王都でもめったに手に入らないゴールデントラウトが五匹。ハハハ」
それから真顔になると、サラのほうを向いた。
「サラ、ギルドの分は、一匹で全員に余裕で行き渡る。残りの四匹はギルドに納めないか」
「ええ? 一匹で足りるかなあ」
サラは皆におなか一杯食べてほしかった。
「これ一匹で余裕で二〇人前はあるぞ。食堂に、受付に、アレンも足しても十分足りる」
ヴィンスはちゃんとアレンも数に入れてくれた。
もっとも、アレンにはお弁当をいくつか作って持ってきているから、その中にゴールデントラウトのフライもあるので大丈夫だ。
「二匹はこの町のお偉いさんが買うだろうが、残り二匹は王都だな。一匹、五〇万ギルで、四匹で二〇〇万。どうだ」
「どうだって言われても」
サラは困ってネリーを見た。
「なに、ワイバーンに比べれば大した金額でもない。売ったらどうだ?」
「ワイバーンか。そういえばそうだね」
一頭当たり一〇〇〇万のワイバーンと比べるのが間違っているのだが、サラはあっさり納得してしまった。
「じゃあ、売ります」
「ふう。ありがたい。希少な食材だから、ギルド職員だけが食べてるとなると、職権乱用とかなんとかな、うるさい奴もいるし」
そういうことなら仕方ない。サラは、ギルド長のうめき声を聞きながら、残り三匹を収納リュックから出すと、ネリーに頷いて、厨房に飛び出していった。
次の日から何日か、ギルド職員の昼は豪華だったという。
「ギルドに登録できないって言うから、てっきり貧乏だと思ってたよ」
ゴールデントラウトを渡した後、なぜだか厨房で芋剥きを手伝っているサラは、同僚にはそうあきれられたが、
「あの時はたまたまお金がなくて。でも、魔の山にはお店とかないからね。食べるのには困らないけど、貧乏でも金持ちでもない感じ」
と答えるしかない。
「確かに店はないよなあ」
「でしょ。景色はいいよ」
その景色には、必ずオオカミとかオオカミとかワイバーンとかはいるけどね、という一言は呑み込んだ。
「ところで、アレンは?」
ギルドについたのが午後の半ば過ぎだ。そろそろ、ダンジョン帰りのハンターが戻ってくるころでもある。
「アレンか」
「アレンなあ」
なぜか厨房の皆が微妙な顔をしている。
「そういえば、ギルド長が俺が面倒を見るって言ってたような気がする」
「見てたぞ。あれで忙しい人だから、毎日とはいかなかったが、アレンもギルド長も同じ身体強化型で、性格も似てるからこの三週間ですごく伸びたらしいぞ」
今聞き捨てならないことを聞いたような気がする。性格も似ているって、そうだろうか。
「でも、ギルド長、裏にいましたよ」
「ああ、それね」
なぜかみんな目をそらせた。
「アレンな、今パーティを組んでるというか、組まされてるというか」
「パーティを?」
アレンはまだ少年だが、魔力量が多いから同じくらいの年頃で一緒にいられる人はローザにはいなかったと、サラは記憶している。
「親切な先輩がいたのかな」
「いや、まあ、同年代と言えば同年代だな」
同僚は少し遠い目をした。
その時、ギルドのほうがにぎやかになって、大きな声でサラを呼ぶ声がした。
「サラ!」
「アレン! 久しぶり!」
厨房にぴょこりと顔を出したアレンは、すぐにサラを見つけて満面の笑顔になった。
「行っていいぞ。あー、土産、ありがとうな」
「はい!」
サラは厨房から駆け出した。
話したいことがたくさんあるのだ。
9月25日(金)「転生少女はまず一歩からはじめたい~魔物がいるとか聞いてない~」と改題して、MFブックスさんから発売されます。駆け足で進めた「なろう」での連載を、大幅にふくらませて読み応えのある内容になっています。イラストで一番かっこいいのはアレンかな! 書影は活動報告へ
更新は、次は土曜日を予定しています。「転生幼女」は今まで通り月曜日更新です。