再びローザへ
「ほんとに二日で町に着いたよ……」
サラは呆然とローザの町の東門を眺めた。魔の山に戻ってからたった二〇日だ。正確にはローザを離れてから二十五日くらいだが。ネリーが隣で満足そうに頷いた。
「次は一日で」
「無理だから。いきなりそんなにできないから」
「そ、そうか」
そんなサラとネリーの目の前で、東門がゆっくり開いた。
「本当に開くんだ」
「いつものことだぞ」
ネリーはさっと右手を挙げて門の兵に無言で挨拶すると、すたすたと門のほうに歩き始めた。
サラは慌ててその後を追いかけたが、サラが入った途端、またゆっくりと門は閉められた。
「町のここらへんは初めて見るよ」
「そうか。私も、ここからすぐ南のギルドに向かうから、町の北半分は見たことがないな。一度町長の家には招かれたことがあるが、それはちょうど町の中央にあるしな」
確かに、たとえ住んでいたとしてもその町に詳しいということにはならないし、たまに行く町ならなおさらそうだろう。
「二層を入って、そのまままず薬師ギルドに行くか」
「ううん。できれば先にハンターギルドに行きたいの」
いつもネリーに売りに行ってもらっていた薬草を、今度はサラが自分で売る。
今までなんとなくとっていた薬草だが、これからしばらくはこれが自分の生業となる。ローザの町のそばとは違い、魔の山では採ったらなくなるかもという心配もない。町に行くまでの二〇日間を利用して存分に採集をしたのだ。
しかし、それを売りに行く以上にしたいことがサラにはあった。
お世話になったハンターギルドにお土産をもっていくのだ。
ゆっくり考えてみると、売店の手伝いも、食堂の手伝いも、別に必要なかったはずなのだ。アレンに遠回しに手助けをしていたのと同じに、サラの自立も助けてくれたのはハンターギルドだ。
それに、特に食堂の人たちにはお世話になった。
干し肉以外、サラの食べたことのあるのはコカトリスやガーゴイルなど、特殊な魔物の肉だけだった。そうじゃない肉もこの世界にはあること、そしてどういう調理があるのかを教えてもらったのがギルドの食堂なのだ。
「ゴールデントラウト、喜んでくれるかな」
「おそらく、大喜びだと思うぞ」
「ネリーも好きだもんね」
ゴールデントラウトとは、ダンジョンでとれる魔物だそうだが、サラにとっては要は魚だ。
魔物の命を狩るのは嫌だと言い続けてきたが、魚はちょっと違う。魚は食べ物だ。それがサラの言い分だった。
だから、魚なら自分で獲れる。それに、水中の生き物を取るのはネリーは苦手だという。ネリーのためにもなって一石二鳥であった。
山小屋から丸一日、西のほうに歩いたところに、ちょっとした渓流がある。ちょっとしたと言っても、ところどころに大きい淵を作り、渡る場所に苦労するほど大きい渓流であった。
初めてそこに連れて行ってもらった時、思わず泳ぎたいと言ったサラだったが、即座にネリーに止められた。
「魔物がいるぞ」
と。
「魔物、いすぎでしょ」
「仕方ない。普通の山に見えてもダンジョンだからな」
そう言ったネリーは水面をちょっと悔しそうに見た。
「ここの魔物はゴールデントラウトなんだが、さすがに水中深く潜られると、殴るわけにもいかないし、剣の届くところにも出てこないから剣も使えない。切り身を焼いてソースをかけるとすごくうまいんだが」
ネリーの言うあいまいな料理はどんなものかちょっとよくわからなかったが、要するに、ムニエルにすれば問題ないということだ。名前から言って、おそらくマスやサケの仲間だろうから、料理はできる。何より、ネリーが食べたそうだ。
「私にちょっと任せて」
サラの目が据わった。魚を食べるのは久しぶりである。これはぜひとも獲らなくてはならない。
それに、サラには考えがあった。
水。イメージ通りに使える魔法。魚を気絶させる。
「電撃、よね」
正直、電撃を起こす理論はさっぱりわからないが、電撃なら子供の頃散々見たアニメやゲームでイメージはばっちりだ。
「ネリー、後ろに下がって」
「わ、わかった」
サラは透明度は高いが、深くて底が見えない淵に、迷わず電撃を落とした。
ピカピシャン。そんなイメージだ。
一瞬のまぶしい光と、漂う不思議な匂い。
「さ、サラ? 大丈夫か」
「しっ。待ってね」
サラは心配そうなネリーに静かにしてもらった。が、よく考えたら静かにする必要はどこにもなかったのだが。
「来た」
しばらくすると、大小の魚が次々と水面に浮かんできた。正直、魚ではないと思われるものもいたが、それは見ないふりをした。
最後に浮かんできたのは、鱗が黒と金色に輝く一抱えもある大きな魚だ。
「ご、ゴールデントラウト……」
「あれがそうなの? やった!」
水面から回収するために、結界を広げて向こう岸に押し付けた。食欲は工夫の原点である。食料を確保できたサラは大満足だ。
ちなみに、切り身をムニエルにしたものはとてもおいしかったし、フライもよかった。大量の切り身をせっせとさばいて料理にして収納袋に保存したサラなのである。
次に出かけた時にはその淵には少し小さめのゴールデントラウトがいたし、なんなら渓流沿いに下っていくと、淵ごとに必ずゴールデントラウトがいたので、採りすぎて困るということはなかった。
それを五匹くらいお土産に持ってきたのである。
「五匹あれば、ギルドの皆に余裕で行き渡るでしょ」
「余裕すぎると思うが、まあ、サラがそうしたいのならそれで」
なぜネリーが苦笑しているのかわからないが、二人は町中をギルドに急いだ。
「こんにちは!」
サラはギルドの両開きのドアを勢いよく開けると、元気に挨拶した。
「よう、サラ! 久しぶり。元気そうだなあ、おい」
ヴィンスが思わずといったように受付で立ちあがって、にやりと笑った。
残りの受付の人も、にこやかに手を振ったり挨拶したりしてくれる。
「うん。毎日薬草を採ったり、ネリーについて行ったりしてるの」
「ネリーとか。そ、そうか」
ヴィンスはなぜか口ごもったが、
「よう、ネフェルタリ。二十日と言わず、もっと頻繁に来てくれていいんだぜ」
「できなくはないが、サラを連れてくることを考えると、二十日のほうが何かと都合がよくてな」
「まあなあ。行き帰りにかかる時間のことを考えるとなあ」
カウンターで親しそうに話しているネリーを置いて、サラは食堂に向かった。が、声を聴いたのかマイズを始めとして厨房の人たちがぞろぞろ出てきていた。
「マイズ! お土産があるの! ゴールデントラウトだよ!」
「ご、ゴールデントラウトだあ?」
大声を上げたのはマイズではなくて、ヴィンスだった。
サラはきょとんと振り返った。
「そう。魔の山の渓流に、結構いるから」
「あー、いるよな、渓流にさあ、結構たくさん」
ヴィンスが顔を引きつらせている。このパターンは覚えがあるぞ。サラはちょっと身を固くした。
「でも、そいつ、深いとこにいるからめったに獲れないんだがな」
「そう言えばネリーが、剣士には獲りにくいって言っていたような」
「魔法師でも獲りにくいんだよ、まったくお前は」
ため息をつかれたが、サラは別に悪くないと思う。
9月25日(金)「転生少女はまず一歩からはじめたい~魔物がいるとか聞いてない~」と改題して、MFブックスさんから発売されます。駆け足で進めた「なろう」での連載を、大幅にふくらませて読み応えのある内容になっています。挿絵も表紙も素敵ですよ! 書影は活動報告へ
更新は、次は水曜日を予定しています。「転生幼女」は今まで通り月曜日更新です。