そう簡単には行かせない
そんなにすぐできる訳はない。だいたい、大人である騎士団でも魔の山まで片道三日くらいはかかっていたはずだ。だがサラはそのことはすっかり忘れ、訓練をやる気になっていた。
「とりあえず、このツノウサギだらけの草原は面倒だ。途中で疲れて一日休んでもいいから、魔の山のふもとまで突っ走らないか」
「ツノウサギは本当に面倒だよね。よし、行こう」
「うむ」
そうして歩いてみると、自分だけで結界も張って草原を歩いてみた時とずいぶん感じが違った。
もちろん、いつも慎重に、無理せずに訓練していた山の時とも違う。
ネリーがまるでサラを引っ張るかのようにスピードを上げ、それにつられるようにサラもスピードを上げる。平地でもあり、跳ぶように先に進む二人に、ツノウサギの攻撃の軌跡もずれるらしく、ほとんど当たってこない。
ツノウサギを拾いながらネリーがどうやってスピードを維持するのかと思っていたが、そもそもツノウサギが当たらないからその必要がなかったのだ。
「休憩に入るか」
ネリーのその一言で立ち止まった時、サラはふと顔をあげて目の前の景色に目を見開いた。
「魔の山がすぐ近くに見える。もうここまで来たの?」
「同じだけのペースを維持できれば、今日中に魔の山に入れるかもな」
ローザへ向かう時、果てしなく続くように思われた草原は、身体強化をして移動するとこんなにも短いものだった。
実際、サラは行きでは東門まで一日近くかかり、その日は町の外に泊まって次の日ようやっと中央門から町に入れたのだから。今日は中央門からスタートしたのに、もう魔の山のそばまで来ている。
「だからネリーは一日でローザに行けたんだね……」
「まあ、面倒なのでさっさと行って帰ろうと思ったら、自然にそうなっただけだが」
ネリーらしい理由である。
「しかしサラ、しばらく会わないうちに体力がついたのではないか?」
「うん。私もそう思った。ギルドのお手伝いの他に、町の外でアレンと薬草採りをしていたからかなあ」
薬草の生えているところから中央門まではけっこう距離がある。そこからお手伝いに間に合うように急いで移動していたので、体力がついていたのかもしれない。
「あの少年はいかにも体力バカという感じだったしな。それに合わせていたら、鍛えられたかもしれん」
「ネリーにだけは体力バカとか言われたくないと思うよ」
いや、素直なアレンのことだから喜ぶかもしれない。
ローザの町が結界に守られているように、多くの人が行き来する街道も基本的には結界で守られているらしい。しかし、やはり、と言っては何だが、ツノウサギが襲ってくるこの魔の山までの草原は、結界はないように思われた。
「町や街道の結界も、原理は結界箱と同じなんだ。等距離に結界箱を置いていくんだが、魔石の効果は永遠ではないからな。定期的な管理を怠ると、こんなふうに駄目になっていくんだろうな。結界がきかないことは、一応何回も報告はしてるよ」
「ネリーが困らなくても、他の人が困るものね」
「ああ。今までほとんど人が来たことがなかったが、今回のことで少しは実感したのではないか」
魔の山に騎士隊が来たが、結界のない街道で負傷して戻された事情はネリーも聞いていた。
唯一というか、確実に結界がきいていると思ったのは、ところどころにある広場だけだ。
「さすがに休憩するところは、そもそも強い結界が張られているから、手入れを怠っても長く効果があるんだろうな」
ネリーもサラも困りはしない。だが、何かの理由で人が魔の山まで来るようなことがあったら困ってしまうというだけのことだ。
しかし、サラは別のことが気になった。
「ほとんどって、誰か来たことがあるの?」
「ああ」
ネリーは特に変わったことでもないというように頷いた。
「まず、最初に管理小屋に案内されたときに、ギルド長とヴィンスが一緒だった。あとは最初の頃にはよくクリスが来ていたが。薬草を採って帰っていったぞ」
クリスのそれは口実で、きっとネリーに会いに来たのだと思う。
「そのうち薬師ギルドが忙しくなったらしく、めったに来なくなったがな」
確かにサラが山小屋にいる間、誰も訪ねてきたことはなかった。
「まあ、一〇日に一回町に顔を出して、必要な物を買っていれば、小屋を見に来る必要もなかろうということだ」
まあ、これからもほとんど誰も来ることはないだろうとネリーは笑った。
軽く昼を済ませて、その日の午後の半ばには魔の山の入口まで来ていた。
「早いよ……」
「疲れ具合はどうだ」
「疲れてるけど、明日動けないほどではない気がする」
サラは自分の体をあちこち確認してみたが、普通に疲れているだけだ。
「ふうむ。もしかして、ローザでいろいろな人に会ったおかげで、魔力の使い方が少し上手になったのかもしれないな」
そんなにいろいろな人に会ったとも思わないが、よく考えたら、受付のヴィンスを始めとして、魔力の多い人のそばで働いていたのだ。無意識に何か学んでいたのかもしれない。
「だったら、ローザに行って本当によかった」
「そうだな。結果的によかったな」
そう言って二人は魔の山の前の広場で、頷きあった。さあ、いよいよ魔の山だ。
「ちょ、ちょっと待って」
「なんだ、疲れたか」
「そうじゃなくて」
周りを見たら、緑のはずの草原がなんとなく灰色っぽい。サラはため息をついた。
「ツノウサギ、多すぎ問題」
「ほう。私たちが魔の山に逃げると思って集まって来たか。あいつらはあれで草原の上位種だからな。なんとしても私たちを狩りたいのだろうよ」
ネリーは無駄なことだと肩をすくめた。
「じゃあ急いで魔の山に行けば、ええ?」
魔の山の入口のあたりに目をやると、行くときは高山オオカミに追いやられていた森オオカミが、鈴なりになって待ち構えていた。
ネリーが感心したように顎に手を当てた。
「サラは本当に魔物に人気があるな」
「そんな人気、いらないよ」
そんなにおいしそうなんだろうか。サラはがっくりとした。
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更新は、次は水曜日を予定しています。「転生幼女」は今まで通り月曜日更新です。