なに、簡単なことだ
「だが、あの少年の容姿、なんとなく記憶に引っ掛かるんだが」
ネリーは何かを思い出そうとして頭をひねっている。
「アレンの、砂色の髪に灰色がかった青の目?」
「そう。サラは細かいところまでよく見ているな」
そんな普通のことを感心されても別に嬉しくない。
「色合いもだが、あの顔立ち。あの少年はきりっとしていたが、私の記憶ではそうではなくて」
「叔父さんは魔法師だったって言ってたよ」
「魔法師……ああ!」
ネリーが何か思い出したようだ。
「あれほどさわやかな少年ではなかったから思い出せなかったが、私がハンターの駆け出しだったころ、パーティを組んでいた魔法師と似ている」
「ええ? アレンの叔父さんと知り合いだったかもしれないの? もうちょっと早く思い出せばよかったね」
「ううむ。だいぶ前のことだしな。ちょっと変わった魔法師だったくらいしか覚えていないが、そうか、ローザのダンジョンで亡くなっていたか」
ネリーはまるで黙とうしているかのように目を閉じた。
「うん。なんだか騙されて借金を背負わされたって」
「ありえるな。ある意味とても素直だったから。魔法師なのに、身体強化の訓練法とかを熱心に学んでいたな」
「へえ。え?」
今何か聞き捨てならないことを聞いたような気がする。
「まさか……」
「まさか?」
ネリーが怪訝そうに聞き返した。
「身体強化ができた。ならあとは実践だ! とか教えたりした?」
「ああ。身体強化に他にどんな方法があるというんだ」
それだよ、アレンが殴れば済むみたいな考え方になった原因は!
サラは天を仰いだ。
「あのね、アレンの身体強化の感じがネリーにそっくりでね、何でかなあと思っていたら」
「私のおかげか」
「違います」
サラはすかさず否定した。むしろネリーのせいというほうが正しい。
「いや、そうなんだけど、ネリーのおかげで強くなったんだろうけど、でもネリーの教えは一歩間違えたら命の危機だからね」
「そんなときには」
「ポーションは万能じゃありません」
相変わらずのサラとネリーである。
東門では、中央門から出るなんて珍しいなとネリーが声をかけられていた。
「サラと一緒にいると、やたら声を掛けられる」
「そうなの?」
「東門の連中なんて、私の顔を見たら無言で門を開けて無言で閉めるだけだったからな」
それは急いでやってくるネリーの気迫に押されてしまっていたのではないか。
「さて、それではサラ。門の兵に気を取られていたが、ここから訓練を始めないか」
「訓練?」
「そうだ」
ネリーはサラが自主的にやることをサポートはしてくれるが、自分からこのように言い出すことはあまりなかった。サラはそのことを不思議に思った。
「サラは、一応身体強化をかけながら結界を張ることはできるな」
「うん。それは山で練習したもの。でも、それをやったら、次の日は疲れ果てて動けなくなっちゃうから、あまり好きじゃないし、長くもできない」
サラの答えにネリーはかすかに頷くと、
「それだ」
と言った。それってどれだ。
「サラは今までは、なんとかローザの町に出ることだけを目標にしてきた。だが、これからは違うだろう」
「確かにローザの町に来られることは証明できたけど、これからって?」
サラはどういうことかぴんと来なかった。
そしてそもそも、ネリーと一緒に魔の山に帰るということに浮かれて、そこで何をするとか全く考えていなかったことに気づいた。
「これから、私どうしよう……」
「今まで通り、薬草を採って暮らしていればいいのではないか。それ専門で生活しようと思えばできるほどには薬草は取れる気がするが」
確かに、サラはネリーにした借金を返すために一生懸命に薬草を採っていたが、その借金はとっくに返し終えたし、本気で採取に向き合えばたぶんちゃんと稼げると思う。
「山小屋の家賃とか払ったほうがいい?」
「馬鹿を言うな。私たちはその、家族みたいなものだろう」
ネリーはそっぽを向いてそう言ったが、耳元が赤いような気がする。
「家族なら、保護者が払うべきだ。しかし、よく考えたら山小屋には家賃などないがな」
「そうか。お仕事で滞在しているんだもんね」
「うむ」
じゃあもう少し大きくなるまで甘えてもいいだろうか。
「話は戻るが、薬草を採取したとして、それをどう売るかだ」
ネリーはそっぽを向いていた顔をサラに向け直した。
「そうか。今まではネリーに頼んでいたけど、自分でも売りに行けるんだ」
そう言ってアレンとも別れたではないか。
もし自分で売るとなったらどういう生活になるのだろう。サラはわくわくした気持ちでその生活を描いてみた。
「一〇日間薬草を採って、ローザの町まで五日。ローザの町で一泊してアレンと会って、それからまた五日かけて帰ってくる。あれ?」
働いている時間と移動している時間が同じではないか。なんなら一泊している分だけ、移動している日のほうが長いくらいだ。
「まあ、サラの場合、収納ポーチが魔物でいっぱいになるわけでもないから、私のポーチの容量に合わせて二〇日働くとして、それでも移動にそのくらいかかっていてはさすがに効率が悪いだろう」
「うん。キャンプは好きだけど、それが義務になったり時間がかかりすぎたりしたら、きっと嫌になっちゃう」
そうか。ネリーの言っているのはそういうことかと、ここでやっとサラは気が付いた。
「つまり、身体強化をかけたまま歩き続ける訓練をしようかってことなんだね。ネリーと同じように、三日で往復できるように」
「ああ。三日が無理でも、せめて五日ならどうだ」
そこは一一日から逆に減らしていって、九日とか七日とかにするものじゃないかなとサラはちらっと思った。一一日から五日は減らしすぎでしょ。
「でもねえ。一日身体強化すると、次の日は疲れてその日キャンプした場所から動かずに薬草を採るくらいしかできないもの。それを二日、三日と増やしていくのは、できるかなあ」
やると決めたことには割と真面目に取り組むサラではあったが、ちょっと弱音が顔をのぞかせてしまった。
「とりあえず、歩く日数は増やさなくてもいいんだ」
ネリーは何も問題ないというように話し続ける。
「ダンッ」
「ダンッ」
草原に出たころから、相も変わらず襲ってくるツノウサギのぶつかる音がBGMだ。
時々、ネリーに殴り飛ばされているものもいる。それを二人で丁寧に拾っているし、おしゃべりしているしで一向に先に進まないのだが。
それはそれとして、日数は増やさなくていいとはどういうことか。
「私は一日でローザにたどり着くからな。つまり、サラも要はスピードをあげることだけを考えればいいのだ」
「無理でしょ。五日を一日に短縮しようとするとか」
「うむ。さすがに体力をかさ上げするポーションはないからな」
ネリーの無茶ぶりも今回は発動しなかったようだ。
「しかしな」
ネリーの弾む声に、サラはちょっと警戒した。
「サラの一日は、身体強化すれば二日分を歩けるはずだ」
「うん。そうだけど」
「つまり、二日分歩けるのを五日分に増やせばいいだけだ。ほら、たったの二・五倍ではないか」
「ん?」
サラは首を傾げた。確かに、五倍の速さで行こうと言われたら無理だよと思うが、二・五倍ならなんとかなりそうな気がしないでもない。
「いや、待って。身体強化して結界も張って歩いたら、次の日疲れて歩けないよ」
話は最初に戻る。でもネリーは当たり前のように続けた。
「ふむ。次の日疲れても町にいれば大丈夫だろう。一日で歩ききればよい」
「そうなのかな?」
なんとなくそんな気もしてきたサラである。
「しかも訓練の最初のうちは、ローザまで二日かけていいんだぞ」
「うーん、できそうな気がしてきた」
たぶん、錯覚である。
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更新は、次は土曜日を予定しています。「転生幼女」は今まで通り月曜日更新です。